第3話 深夜のファミレス②
「おまえ、市村とつきあい始めた頃、俺に自慢していたじゃないか」
「そうだったかな?」
「ほら、映画・・何ていう題名だったか忘れたけど、向こうから手を握ってきたって、お前、言っていたぞ。俺は、そんな話は聞きたくもなかったがな」
そうだったのか・・
だが、近藤が憶えているのに、当事者の俺がよく憶えていない。当然、芙美子と見に行った映画の題名など、全く憶えていない。映画に行ったのは、一回だけだったのか、それとも何度も行ったのかもわからない。
俺は、この年で健忘症なのか? まだ30代だぞ。
いや、頭は正常そのものだし、体に悪いところなど一つもない。
市村芙美子・・どうしても彼女の思い出だけが引っ張り出せない。
そんな女と、どうして、そんなに長く、二年間もつき合うことが出来たのか?
その原因を手繰り寄せていくと、あることに気づいた。
それは、芙美子がいつでも俺の要望に応えてくれていたからではないだろうか?
確か、あれは、授業が休講になり、大学のラウンジで、芙美子とお茶を飲んでいた時だ。
彼女と話すことにも飽き、暇を持て余した俺は、ラックの週刊誌を手に取り、パラパラと捲っていた。
何となく、その中のアイドルのグラビアを眺めていた。
そんな光景がまざまざと浮かんできた。
「ねえ、中谷くん」
「何?」
「中谷くんは、痩せている女の子が好きなの?」
「どうして、そんなことを訊くんだ?」
俺の問いに、芙美子はすっと俺の手から週刊誌を取り上げ、
「だって、この子、すごく痩せているじゃない!」と開いたページを目の前に見せて言った。
確かに、そこには水着のアイドルが、世の男どもに媚びるような肢体を見せていた。
特に痩せているわけでもないが、その辺の女子大生よりは痩せているような気がした。
「別に、こんな子、好みじゃないよ」
俺がそう言うと、
「だって、中谷くん、ずっと見てたじゃない!」と芙美子は断固抗議するように言った。
そんなにムキになるのなら、週刊誌など手に取るのではなかった、と思ったほどの権幕だった。
芙美子の様子に怯んだ俺は、週刊誌を元あった場所に戻した。
だが、それだけでは済まなかった。
次の日のランチから様子が変わった。芙美子はいつもの定食は頼まず、コーヒーとプリンを注文しただけだった。
「お腹、空かないのか?」と訊くと、
「プリンが好きなの」そう言って芙美子は笑った。
そこまで、記憶を遡った時、
俺の座っているファミレスのシートが、ずんと揺れた。後ろに誰かが座ったのだ。
ふわりと雨の匂いがし、微かな香水の匂いもあとを追うように漂ってきた。
体に降りかかった雨と香水が混ざったような匂い。
若い女性だ。他の一人客と同じように雨宿りなのだろう。
近藤がチラリと俺の後ろの席を見た。昔から近藤は女には目がない。だが、そんな近藤でも俺の真後ろに座った女性の顔を見ることはできない。
近藤は、「うっかり、顔を見損ねた」と笑った。
俺は、「近藤らしくないな。ちゃんと見ておけよ」と冗談交じりに言った。
・・俺は、ちらっと見ただけだが、特に興味も沸かなかった。
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