死んだ日の朝に戻りました ⋯⋯ら、溺愛生活がリスタート?

ピコっぴ

Ⅰ.諦めた私

第1話 生きる、望みと価値は  

     🌿


 もう、生きているのが辛くて、私はこの世から消えることにした。



 自殺の名所という不名誉な冠名をいただいた景勝地。

 切り立った崖の下は、100m以上の落差がありゴツゴツとした大岩が波間から覗く。

 そんな景色が長く1㎞ほど続く海岸線の中程に立ち、白波が砕ける海面を見下ろす。


 ゴクリ


 喉が鳴るけど、ドキドキと早鐘を打つ胸がキュッと縮むような痛みを感じるけれど、もう、決めたのだ。


 一歩。砂利を踏む音は、頭に響く動悸の音にかき消される。


 海から吹き上げる潮風が、植物の育生を制限して、数種の草と針葉樹しか育たない。

 崖の上の荒涼感と、荒々しい岩肌を見せる切り立った崖に波が砕ける岩場の色調のコントラストが、景勝地としての美しさを魅せる一方、限られた植物しか育たず生き物も波間の魚や岩場の小動物を捕る猛禽類しか見ることはなく、その甲高い鳴き声しか生命を感じさせず、波の崖を打ち付け砕ける荒々しい音、濃い海の色が呼び起こす寂寥感から、そのつもりがなくても、ふと自殺してしまう人が後を絶たないという。


 私は、その噂から、敢えて死に場所としてここを選んだ。


 ──この高さから落ちれば、ひとたまりもないはず


 確実に死ねそうな場所を選んだ。


 私は、生きている価値を見出だせなくなっていた。


 婚約者に裏切られ、家族に見限られ、居場所がない。


 でも、私は簡単には死ねない。精神的な事や、環境の話ではない。物理的に、死なないのだ。


 別に何も不死者アンデッドだとか強靭な肉体を持っている人種だとかって意味ではない。


 私の家は、代々精霊術に長けた血系魔法士の一族で、生まれた時から守護精霊が憑き、成長とともにその数は増えていく。


 一族の中でも我が家は特に力が強く、例えば散歩中に突然の大雨に見舞われても、水の精霊や風の精霊が、私を濡らすことなく無事に帰宅させてくれる。

 我がアァルトネン家の邸宅に火事はあり得ない。火の精霊が領地内の火の気の管理をしているし、誰かの魔法による火付けがあっても、火の精霊と水の精霊が、家を家族を護る。


 だから、精霊の守護が強い領地ではなく外で、この高さから落ちれば、着水の瞬間の海面は岩の如き硬さで、私は瞬時に絶命できるに違いない。


 一度、発作的に自殺を試みた時は、屋敷中の精霊が寄ってたかって私を助け、家族に知られる事もなく命は守られた。


 だから。私を、家人を守護する事を義務付けられた精霊のいないここに来たのだ。


 生まれた時から共に育った守護精霊は離れなかったが、成長とともに増えていった子達は、家に置いて来た。

 守護精霊の子は、文字通り私が死ぬまで守護し続けるのだから仕方がない。


 持って来た魔蔓草で手足を縛る。簡単だ。


 手に持ち、足に掛け、魔力を注ぐだけ。あっという間に伸びて、手足に巻き付く。


 何処かの国では、覚悟の自殺には、靴を揃えて脱ぐという作法があるらしいけれど、この近隣諸国では聞かない話だ。

 それに、布地の多いドレスはもちろん、靴を履いたままの方が、より溺れやすいと思った。


 遺書はない。書くとしたら、私を裏切った婚約者や、私の存在価値を認められず見限った家族への恨みや自分を蔑む暗い文を、自己嫌悪と言い訳と悲観とを延々と書き連ねそうで、みっともない事この上ない死になりそうだったから。


 この世を儚んで、悲観に暮れて自ら断つ命に格好良さなどある訳はないけれど、態々わざわざ公表することもないだろう。


 それに、あてつけで死ぬのでも、私の死を以て誰かに後悔して欲しい訳でもない。


 ただ、自分に価値を、生きる意味を見いだせなくなっただけなのだ。



 ──さようなら、みんな


 自ら命を断つと言うことは、例え対象が自分であっても、不殺生破戒の罪で神からも見放されるだろう。

 冥府の王に囚えられて、永劫の責苦に合うかもしれない。


 それでもいい。

 

 もう疲れたのだ。



 私は目を閉じ、手も足も魔蔓草に絡まれて自由が利かないのを確認して、崖の下に向かってその身を傾けた。



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