第38話 カメラを止めろ②

「あの魔族は……カメラをとおして、俺たちの世界に存在しているのか?」


 俺が今見ている配信映像が甲冑騎士の実像だとして、攻略者が見ている光景は一歩遅れた虚像なんじゃないか。


 だから、アシュリーたちはワンテンポズレたような戦闘になっている。

 カメラでとらえた光景が画面に映されるのにタイムラグがあるように、俺たちの世界に甲冑騎士の像が映しだされるまでに時間がかかっているのだとしたら。


「イズミ、俺は行くぞ」

「エダさま、待ってください」


 立ちあがった俺に、イズミが制止した。


「だが!」

「日に日に魔性へ大きく傾いているのでございましょう? 今、衆人環視のもとで活躍でもすれば、人類殺しが機能するのでは?」


 きっちりと見抜かれていたのか。

 俺がそれでも向かおうとすると、イズミは冷静に代案を告げた。


「神魔隊を向かわます。奴を滅ぼせるかはわかりませんが、負傷者の救助はできましょう」

「……わかった」


 俺は頭をかきながらアシュリーたちのスマホに連絡をとるが、当然つながらない。そのまま配信アプリに繋げて、ジャスティスお嬢さまチャンネルからチャットに書きこんだ。


〈あの甲冑騎士。カメラをとおして、俺たちの世界に存在しているんじゃ?〉

〈はあ???〉

〈緊急時になに言ってんだコイツ???〉


 いくらなんでも突飛すぎたか。

 このまま俺のコメントが流されると思われたか。


〈いやでもそれっぽくね???〉

〈騎士とズレがあるよね???〉

〈未確認異種生命体ってチートスキルみたいなのが使えるんだろ?〉

〈アシュリーちゃん反応遅れているみたいだな。理屈とかさっぱりわからんが〉


 俺が違和感を言語化したことで、賛同するものが増えてきた。

 彼女たちに近づくようなコメントが流れる。


〈カメラ! アシュリーちゃんに近づいて!〉

〈アシュリーちゃんは戦闘中だからダメ! プレアちゃん!〉

〈プレアちゃんチャット見て見て!〉


 配信ドローンが移動しはじめる。チャットの書きこみをAIが判定して、最適な位置に自動移動する機能が組みこまれていた。


 配信ドローンはD系アサルトライフルで隙間なく援護している羽曳野に近づく。


〈プレアちゃん! カメラ!〉

〈あの騎士、カメラをとおしてこっちの世界に存在しているっぽい!〉


 羽曳野は眉をひそめたが、自分の概念術が似たようなものだからかすぐに察したような表情になる。


 銃で援護しながら、彼女は叫んだ。


『アシュリーちゃん! カメラと現実で、騎士がズレて見えているみたい! 現実があと! カメラが先!』

『そういうこと……っ!』


 アシュリーは要領を掴んだといったように唇を結んだ。


 すると、少女は配信映像の騎士に合わせるように大剣をふるいはじめた。ガキンガキンッとかち合う音が先より正確に、鋭くなりはじめている。防戦一方になってはいなかった。


 映像の騎士が見えているわけじゃない。

 動きを察して、合わせているのだ。


 これが退魔の剣士アシュリー・ハーネットだと、俺は拳をにぎる。


〈相手の動きにあってきた!〉

〈動きを読んでいるってこと????〉

〈アシュリーちゃんホント何者???〉

〈すっげー‼‼‼〉


 そうであろう! そうであろう!

 俺の推し推し主人公なのだ!

 まだまだ未熟だし、爪が甘いところはある。だが、その成長性は俺でも測りきれない主人公なのだ‼‼‼


 アシュリーはさらに大剣を鋭くふるった。


『完全にズレているわけじゃないなっ? どこかで重なるタイミングある!』

『そこまで気づくか! 素晴らしいな娘!』

『魔族に褒められても! たあっ!』


 アシュリーがついにガモンを捉えはじめる。


 ガモンの暴風のような連撃にまったく臆することなく、アシュリーはさらに苛烈な斬撃ではじき返していき、そうして極大メイスをかちあげた。


 ガモンは踏んばりフレイルを手放さなかったが、それでも腹がガラ空きになる。


『せいああああああああああああっ!』


 アシュリーは胴体を切り裂いた。


 配信映像で真っ二つに斬られたガオンが映っていた。現実では一歩遅れているので斬られたように見えないのだろうが、これで打ち倒した。


 はずだった。


『見事‼‼‼ だから潰す‼‼‼』


 赤銅色の甲冑騎士は、胴体を裂かれたはずなのに動いた。


 極大メイスを横になぎ払う。虚を突かれたアシュリーは寸前で横に飛んだが、ゴキゴキッと骨が砕ける音がして、少女は弾丸のようにふっ飛んで行く。


『アシュリーちゃん⁉⁉⁉』


 羽曳野が正面から受け止め、クッション代わりになる。

 勢いそのままに二人は数十メートル地面を転がっていった。


 苦しそうに咽ているアシュリーに、ガオンは極大メイスを構えたまま叫んだ。


『見事見事見事見事見事! 映像のオレはたしかにオレだ‼ だが現実のオレもたしかにオレなのだ‼ 虚実入り乱れたオレではない! どちらもがオレである! !』


 ガモンは褒めたたえるように声をはりあげる。


『見事だぞアシュリーよ‼‼ 今すぐ潰してやろうぞ‼‼‼』


 どっちも本物だと???


 そんな無茶苦茶な……いや、トンボ翅の女も羽曳野の概念術も、世界の法則に働きかける代物だ。世界の法則をまるっきり書き換えていると考えていいのか。両方同時じゃなきゃダメージなしって、本物のチートじゃないか!


 アシュリーはじっと耐えて、万象グランスレイブの自然治療に身を任せている。

 良かった。冷静だ!


『オレを卑怯だと罵れ! 臆病者だとあざ笑え! お前にはその権利がある! そしてオレに潰されろ‼‼‼』


 ガモンは極大メイスを肩にかつぎ、錆びついた音を奏でながら大きく一歩踏みこんだ。アシュリーたちを潰しに行くかと思いきや、はたと別方向に視線をやる。


 そこでは、四谷が地面に倒れていたセバスを必死に介抱していた。


『セバス! 死ぬんじゃないですわ! 死んでも息をしなさい!』

『……無茶言わないでくださいよ、お嬢さま』


 四谷が安堵の表情を見せる。


『生きているなら返事をしなさいっ! 貴方もわたくしの糧になるのですから、許可なく死ぬなんて許しません!』

『……私もリストに入っているんですか?』

『もちろんです! わたくしをキャンプ生活なんかに追いはらったのですから、きっちりと無様にひざますかせてあげますわ!』

『…………私は見る目がなかったようですね。申し訳ありません』


 セバスに追いはらわれていたことは、四谷もちゃんとわかっていたらしい。

 そんな二人のやり取りを見て、ガモンは甲冑ごと全身をギギギとふるわした。


『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』


 まるで失われたものを見つけたかのように、ガモンは釘付けになっている。

 一歩、一歩、また一歩、闇から光へ手を伸ばすように赤銅色の甲冑騎士は四谷たちに近づいて行った。


『素晴らしい‼‼‼』

『な、なんですの⁉』

『主従かくにありきや‼ 素晴らしい素晴らしいぞ、お前たち‼』

『ひぃっ……⁉』

『オレに潰されろおおおおおおおおお‼‼‼』


 ガモンが獣のように駆けだした。

 四谷は恐怖に足をふるわせながらも懸命に立ちあがる。


『こ、ここは、わ、わたくしが……』

『お嬢さまにげ……』

『きゃっ‼‼‼』


 ガモンが四谷の首を掴み、高々と持ちあげる。

 2メートルをゆうに超える騎士だ。四谷には体感3メートルも持ち上げられたように感じただろう。彼女は手足をバタつかせながら身悶えていた。


『く、くるしぃ……』


 ガモンは四谷をどこか懐かしそうに眺めている。

 大事な、とても大切なものを思い出すかのように眺めていたが。


 狂乱が抑えきれないように、絶叫した。


『あがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼‼‼‼』


 場が完全に凍りついていた中、配信ドローンが羽曳野に近づく。


〈カメラを壊せ――田作〉


 すぐに意図を察したか、羽曳野は銃口を俺とリスナーに向ける。


 ガゴンッと鈍い音がして、配信が途絶えた。

 四谷がどうなったのかはわからないまま、俺は一目散に駆けだしていく。

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