【ヤクソ・クースィ-要するに第六話-】終わる世界☆彡【シニネン・ルク-青の章-03-】

「ヤーンピッキ!」

 あいさつ代わりとばかりに、マダムマンティスの足元から氷の棘を生やしてあげます。

 それをマダムマンティスは余裕をもってかわし、いや、事前に察知している? そのようですね。

 まあ、余裕をもってかわされていることは確かで、かわした後、その鎌で氷の棘を簡単に切断して見せました。

 まるで私の氷は、自分には効かないと言っているかのようですね。

「あら、ずいぶんと柔らかい氷だこと!」

 残念、そんな安い挑発に乗る私ではないのですよ。

 でも、確かに氷は温度が低ければ硬度も上がるんでしたよね。

 そのあたりも少し考えて見るのもいいかもしれませんね。新しいひらめきではあります。

 でも、今はそんなことは後回し。

「ヤトクヴァット・ヤーピイキット!」

 氷の棘がマダムマンティスに向かうように連続して生成される、この魔法ならどうでしょうか?

 根が這うように、それでいて高速で地面をマダムマンティスに向かい凍らせ、そこから連続して氷の棘を生やしていくヤトクヴァット・ヤーピイキット。

 今までの怪人であればかわせる速度の魔法ではないのですけれど、マダムマンティスはかわすこともなく、その鎌で先行する地面の氷のみをその鎌で一閃して見せました。

 それで魔法の発動自体が止まってしまう?

 今のは魔法そのものを斬って不発にした、と言うことでしょうか?

 これは想像以上に強い相手ですわね。

 どうも私の魔法の原理を理解しているようですね。魔法自体を見ることができる?

 そして、鎌で魔法を斬ることができる、ですかね?

 困りましたね、これはかなりの強敵ですね。

「どうしたの? あなた、氷の棘でしか攻撃できないの? 芸がないわね」

 マダムマンティスがさらに挑発するようなことを言って来ます。

 でも、挑発してくる割には私に近づこうともしませんね。

 魔法を斬れる、ということは魔法自体を見れる眼を持っている、と言うことは恐らく正しいですし、近寄れないのは当たり前ですか。

 私の周りには私を守るように、極寒の冷気が絶えず渦巻いているのですから。

 虫であるマダムマンティスは近づきたくても近づけないですよね。

「あなたこそ、その鎌でしか攻撃できないんじゃなくって?」

 私が言った言葉に、マダムマンティスからの確かな怒気を感じます。

 どうも地雷だったようですね。

「それはちがうわよ。私の最大の武器は、この何でも噛み砕く強靭な顎よ!!」

 そう言ってマダムマンティスはその凶悪な口を大きく開いて見せてくれるんですが、正直、見ていて楽しいものじゃないですね。

 だって、相手は人間大の蟷螂なんですよ。それが大きく口を開けているところなんて不気味でしかないでしょう?

「蟷螂は鎌、そう言うイメージが先行してか、鎌を切れ味の鋭い物に変えられて、こっちは食事をするのも一苦労なのよ!」

「それはご愁傷様」

 確かに蟷螂の鎌は本来捕獲するためのもので、切り裂くためのものではありませんしね。

 両手を鎌にされては、さぞ不便でしょうね……

 さてさて、恐らくマダムマンティスは私の先行する冷気を感じ取って攻撃を避けているわけではなく、魔法自体を見て避けていると仮定して話を進めましょうか。

 それなら私の魔法も易々とかわせるでしょうね。

 それと身体能力がかなり高いようですね。

 蟷螂は本来、待ち伏せする昆虫ですし、瞬間速度こそあるものの、持久力などはどうなのでしょうかね?

 まあ、その辺は検証する必要もないですが。

 所詮は虫の怪人ですし。

 低温を操れる魔法少女に勝てると思っているのでしょうか?

 さて、怪人とは言え、虫がどれくらいの冷気に耐えれるのか楽しみですね。

「キュルマ・パイッカ」

 私がその言葉を口にすると、辺り一帯が極低温に包まれていく。

 周囲の水分が凍り、氷の結晶となり、それが集まり雪となって地に落ちて行きます。

「冷気の範囲攻撃、なるほど。考えたわね。確かに大元が虫であり、蟷螂である私は生きて冬を越えることも出来ない。けど、そんな私を何の対策もなく送り出していると思う?」

 辺りは氷点下をかなり下回る気温になっているにもかかわらずマダムマンティスは平然としてますね。

「なるほどですね。その服、耐寒装備というわけですか」

 流石に怪人がお洒落で服を…… いえ、この蟷螂なら着てそうではありますが。

 なにせ口紅つけているくらいですし。

 まあ、お洒落だけで服を着ている訳ではない、ということですか。

 しかも、女らしくもかわいらしい服をわざわざ着ていますね、そのセンスは嫌いじゃないですよ。

「その通りよ。さあ、お遊びはここまでよ。あなたを屈服させて、あなた自身を存分に味わってあげましょうか」

 まあ、これが効かないのもある程度、想定済みですよ。

 場所を割り出してくるような相手が、恐らく初めて魔法少女を仕留めに来ているのですから。

 それぐらいの事は想定できてます。

 後、先ほどの発言、どちらの意味で言っているのでしょうか? 両方な気もしますね。ますます蟷螂に生まれたことが悔やまれる方ですね。

 それと、このマダムマンティスは、受け攻めで言ったら攻めのようですね。その点でも嫌いじゃないですよ。

 私は攻められるほうが好きですから。とはいえ私も攻めなんですけども。

 攻めと攻めの攻めぎ合い、それこそが私の真に求める物です。

 あなたが美しい人間の美少女で、マダムになる前に出会いたかったですわね。

 さて、それらはおいておいて、その耐寒装備はどの程度の性能なのでしょうかね?

 私の冷気をすべて遮断できるほどの性能のものなのでしょうか?

 それは、まあ、どうやっても私の低温を装備で防ぎきるのは無理なのですけれども。

「冷気を強めた? ああ、あなたは知らないでしょうか、この服、マイナス三十度でも平気なんですよ。人類の英知とはすばらしいものですね」

 あらあら、情報を自分から言ってしまうのですか。

 でも、マイナス三十度ごときで威張られても困るんですよね。

「たったマイナス三十度ですか? まったく瞬時に氷の棘を作るのにどれだけの低温が必要だと思っているんですか」

「なに? それは魔法の力で……」

 私の言葉に初めてうろたえましたね。

 虫の脳みそで理解できているんですかね?

 いえいえ、侮るのはよくないですよ。

 なにせ人語は理解し話しているのですから、それなりの頭脳はあるってことなんですよね。

 でも、もう私の勝ちは決まりましたね。

「確かに。水を呼び出すのも、低温を作るのも、それは魔法の力ですよ。だから、それ故に、あなたはヤトクヴァット・ヤーピイキットを斬ることができた」

「そうよ。もうあなたの魔法は見切っている。どんな魔法を繰り出そうと無駄よ」

 そうよね、あなたは低温を作る魔法自体を斬れてしまうのだから。

 どんな低温もそれが造られる前に、その大元の魔法を斬られたら、低温自体が発動しなくなってしまいますよね。

 だから、マダムマンティスは逆に私に近づけない。

 私は既に発動してしまった冷気を纏っているから。

 そして、寒さを防ぐ手段は魔法ではなく服、その時点で貴女は詰みですよ。

「わからないですか? 私は別に氷だけを操れる魔法少女というわけではないのですよ。私が氷をよく使うのは、それが美しいから。この姿に合っているから、ただそれだけです」

「氷を操る魔法少女ではない!?」

「そうです。氷をより多く操るのは私の、この魔法少女の姿にピッタリでしょう!? この姿で氷を操るなんて幻想的、まさに魔法少女じゃありませんか?」

 そうです。この青と水色、それと白を基調としたデザイン。

 これで氷を操らないとなると詐欺ですよ。

「な、なにを言って…… さっきから何を言っている! 無駄だ、お前の魔法は既に見切っている! たとえ氷じゃなくとも私には届かない!」

「ふふ、私が普段使っている魔法は水を呼び出すこと、それと低温を作り出すこと、この二種。氷の棘などは、過冷却水を創り出して棘状にしているだけ。すべては見せかけです」

 ヤーンピッキはビジュアル面は完璧なんですが、どうも威力は低めなのですよね。

 それでも戦闘員相手には十分な威力ではあるのですが。

「わけのわからないことを! もういい、今すぐ切り裂いてやる!」

 やっとこっちに向かって来ましたか。

 なら、完全に敵意ありと言うことで、こちらも容赦せず終わらせてあげましょう。

 ヴィジュアルは趣味ではない相手ですが、嫌いな相手というわけでもないので。

 あなたが人間なら友達くらいにはなれていたかもしれませんね。

「そうですか、では、さようならです。自然界では絶対零度というものがあります。そこが低温の限界であり、すべての原子が停止する到達点。理論上その低温を下回る低温は存在しない。けど魔法の力ならそれが可能となる。世界を終わらすことも可能な禁断の力を見せてあげますよ」


「ロップヴァ・マイルマ」


 静かにその言葉を口にする。

 禁断の力。

 世界を終わらせかねない力。

 この世界には本来ありえない力。

 摂氏マイナス二百七十三点一五度をはるかに下回る超低温。

 それを限定的に魔法の力で創り出して、フッと吐息をマダムマンティスに向けて吹きかけてやる。

 超低温の吐息は魔法の制御から解放され、物理の世界へと解き放たれる。

 それは、どこまでも美しい終わりの世界、そのものですよ。触れるだけで等しくすべてに終わりが訪れます。


 危険を悟ったマダムマンティスが、それを必死にかわそうとしますが、かわせるものでもありません。

 そもそも怪人とは言え、大元が虫であるマダムマンティスは低温では動きが鈍くなるのですから。

 そして、魔法で創り出され、魔法から解放された超低温はすでに物理現象となっています。

 マダムマンティスの魔法を斬ることができる鎌でも防ぎようがない。

 なにせこちらの攻撃は、すべての物体の原子を停止させてしまうのだから。

 すべての温度スケールのゼロポイントを下回った超低温、すべてが停止した世界。

 その世界では動けるものもなく、ただただすべてが停止していく終わりの世界。

 それを相手に吹きかけるだけの凶悪無比な絶対的な死の魔法なのですから。

 防ぐとしたら、やはり魔法の力に頼るしかないでしょう。

 それでもそう簡単に防げるものでもないのですけれどもね。


 でも、賞賛すべきでしょう。

 とっさに自分の鎌でその凍てついた半身を切り裂くことで、絶対的な冷気の伝播を防ぎ、見事停止した世界から生還してみせたのですから見せたのですから。

 でも流石にもう終わりですね。

 半身を失いまともに動けないようですし。

「痛いでしょう。いたぶる趣味はありませんので、今、終わらせてあげます」

「今まで…… 本気ではなかったのか…… それにしても、これほどまでとは……」

 マダムマンティスが驚いたようにそう告げてきます。

 そうです。私にとって魔法少女はただのお遊び。

 趣味。

 とはいえ、至高で嗜好の趣味なのですけれども。

「どうでしょうか。他の皆さん方が、ここまで残酷なことを思いつくとも思えませんが。私以外の魔法少女と戦っていたら恐らくあなたの勝ちだったでしょうね。なにせ魔法そのものを斬れてしまうのですから」

「白と黒の妖精…… その力量に違いはないはず、なのにこの差は一体……」

 確かに。事前の説明ではそんな話でしたが、実際は全然違います。

 あのぬいぐるみの弟だがは、魔法界の力を非合法的に利用していますが、こちらは正規の手順で合法的に魔法界の力を使っているのです。

 しかも、そちらの暴走を止めるための力を頂いているんですよ?

 その出力で負けているわけないじゃないですか。

 例えルージュのサポートがなくともです。

「マスタ・ケイジュでしたっけ? そちらの妖精さんは。確かに兄弟で同程度の力を持っていると聞いていますが、こちらは正式に魔法界からの支援を受けているんですよ。例外的に魔法の力を引き出しているそちらとは資本が違うんですよ」

「また…… わけのわからんことを……」

 虫さんには難しい話でしたか。

 しかし、すでに負けを悟っていますね。その潔さも嫌いじゃないですよ。

 おしゃべりで生きながらえさせてもかわいそうですね。

「まあ、とりあえずお眠りなさい。苦しいでしょう」

 そう言って、私は哀れな蟷螂を完全に凍らせようとしたその時、マダムマンティスの腹から、それを突き破って何かが飛び出してきました。

「ヤーセイナ!」

 これは流石に予想外です。慌てて氷の壁をつくってしまいました。

 同時にマダムマンティスの断末魔も聞こえてきます。その断末魔の内容的に彼女が意図してやった攻撃ではないようですね。

「ハリガネムシ…… ですか」

 そう言って私は、氷越しにその醜い黒い紐のようなモノを見下します。

「キキキッ、俺様こそは毒電波遮断怪人・ハリガネンジャー様よ!!」

 その醜い命知らずの怪人は私にそう名乗りました。



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