第22話 地獄

「桜の花びらが消えた。全て倒したのか」


少し前に意識を取り戻した信近は洞窟から出て、とにかくここから離れなければとおぼつかない足取りで寧々の元へ戻ろうとしていた。


「なら、もう安心だな」


妖魔がいないのなら、急いで戻る必要もないと足を止める。


先程洞窟で見たものを思い出し、頭を押さえながら「うっ」と呻き声を上げた。


誰が描いたものかわからないが途中まで見た絵はあれは間違いなく未桜だった。


神のように描かれたその絵は信近の目にも美しく見え引き込まれた。


許さない。


拳を強く握りしめ、目は血走りその絵を壊してやろうと霊力を込めたら後ろから殴られた。


意識を無くす前、信近は理解した。


誰かがまだ未桜を当主だと思っているのだと、隠れて信仰するほど未桜を信じているのだと思うと腸が煮え繰り返りそうになる。


早く未桜をこの地から追い出さなければ。未桜を殺せば力はなくなる。殺したいほど憎くても殺してはいけない。


頭がおかしくなりそうになる。これ以上未桜が近くにいては駄目だ。


何処か遠い所に追いやり惨めな生活をさせ、あの目を絶望に染め上げたいと強く思った。


自分ではなく未桜を信仰している者達も一人残らず見つけ殺してやる。


そう誓った。



「寧々」


霊力を使い空を飛んできた。


空から降りてきた信近を町の人達はまるで神のようだと思う。


「お父様」


信近が帰ってきて漸く安心する。


門下生達は妖魔を倒してすぐ戻ってきたが、いても自分より弱いので大した戦略にはならない。


信近に近づき大丈夫なのかと尋ねる。


「問題ない。寧々は大丈夫だったか」


「はい。問題ありません」


「よくやった」


寧々の頭をポンっと優しく撫でる。


「信近様」


信近の家臣の一人が遠くから信近を見つけ名を呼ぶ。


「倫太郎。無事だったか」


家臣の中でも上位の実力を持つ。着物は汚れているがどこも怪我していない。


ーー流石、倫太郎。


「信近様もご無事で何よりです」


跪き信近の無事を喜ぶ。


「他の者達はどうした?」


「わかりません。私は一人で応戦してましたので、他の者達が今どこにいるかまでは存じ上げません」


倫太郎は首を横に振る。


「そうか」


心配そうに他の者達を案じるような表情をするが、心の中では「役立たず共が」と罵声を浴びせていた。


「倫太郎」


「はっ」


「私は数人の門下生を率いて東に行く。お前も数人率いて西に行ってくれ」


「かしこまりました」


近くにいた門下生を率いて生存者や妖魔がまだ生き残っていないか捜す。


「お前達は無事か」


先程信近と妖魔と戦うため一緒に移動した六人の門下生に声をかける。


「はい。私達は無事ですが、二人は妖魔の攻撃を受けたので気を失っています」


肩と足に包帯を巻かれ横になって寝ている。


ここまでやられていると休ませるしかない。


「そうか。そのまま休ませてやれ」


「はい。ありがとうございます」


「動ける者は私について来なさい。生存者を捜しに町に行く」


四人の門下生は信近についていく。


信近達は妖魔に襲撃された町の惨状みて顔を強張らせた。


「地獄かここは」


一人の門下生がボソッと呟く。


信近も他の門下生も何も言わなかったが皆同じ事を思っていた。


地獄。


その言葉通りこの町は悲惨な光景だった。


建物は全て崩壊し、炎が町の至る所で燃えている。


血の匂いが町全体を覆うように充満している。


その匂いで一人の門下生が耐えられずその場で吐いた。


瓦礫の下敷きで死んだ者、妖魔に殺された者、動けなくなり炎で死んだ者、逃げる人々に踏まれ死んだ者。


死因は様々だが何処を見ても死体がある。


その死体をみたらどう死んだのか一目でわかる。


地獄。


誰がみてもそう思うだろう。


「信近様」


震えた声で信近の名を呼ぶ門下生は今すぐここから逃げ出したい。でもそういう訳にはいかないとガクガクと震える足で踏ん張り指示を出してくれと目で訴える。


「生存者を捜すぞ!急げ!これは時間との勝負だ!」


バッと駆け出し大声で「誰か生きている者はいるか」と叫ぶ。


門下生達は顔を見合わせ頷きバラバラに駆け出し「誰か生きている人はいますか」と生存者を捜し始める。


信近は走っても走っても何処もかしこも同じ光景で頭がおかしくなりそうだった。


「(くそッ、くそっ、くそっ!どれだけ死んだ。これじゃあ、俺が無能な当主だと言われてるもんじゃないか!あのクソ共が!妖魔の分際で至らないことしやがって。お陰でせっかく築き上げた物が一瞬で壊れたじゃないか!俺の苦労が全て水の泡じゃないか!ふざけやがって!)」


今回の襲撃は一瞬で国中に広まるだろう。この町の惨状を見た者達はきっと信近が弱いせいだと噂するだろう。


特に信近の事を嫌っている者達はこう言うだろう。


「今の当主は大したことない。桐花家はもう終わりだ」


「やっぱり当主の器ではなかった。その程度の人間だったのだ」


「大して強くもないのに勘違いするからこんなことになる」


自分を非難する者達の顔が目に浮かぶ。


「くそッ」


瓦礫を思いっきり蹴る。


どうにかして立て直さないと、このままでは桐花家は衰退していく。


自分の力はまだ健在であることを証明しなければと。


自分の地位を守る。


もうそのことしか信近の頭にはなく生存者の救助などどうでもよくなる。



すぐ近くに瓦礫の下で動けない女性が信近に助けをずっと求めているが、その声は届くことなく信近はその場を去っていく。


「行かないで。待って。お願い、助けて」


足音がどんどん遠くなっていくのが聞こえ、何とか振り絞って声を出すもその声はとても小さく誰の耳にも届くことはなかった。


暫く瓦礫の下で生きていたが体の力がどんどんなくなり、最後は眠るように息をひきとった。

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