12月2日、訓練と実践
荒い息を吐く朱音とは対照的に、璃香と光は涼しい顔をしていた。
「ひとまず、これで動きながらでも的には当てられるようになったな」
開発班が作ってくれたクナイには、力が弱い朱音でも遠くに投げられるように魔法がかけられていた。とは言え、遠くに飛ばせるだけでは無意味。素早く動く的に当てられるようになるまで、朱音はひたすら魔力を込めてクナイを投げ続けることになった。いくら対象に刺さるようになっているとは言え、クナイより速く動かれてしまえば止められてしまう。そこで、指導役の2人が加減しながら動きつつ、朱音の特訓に付き合ってくれた。
今日でその訓練も1週間。その間の仕事でも、朱音は璃香たちにサポートされながら戦った。ようやく、魔法を使いながら戦うことに慣れてきたと思う。
「頑張った」
璃香が頭を撫でながら褒めてくれる。水の入ったペットボトルを差し出してくれるので、ありがたく受け取った。
「じゃあ、休憩……」
そう光が言いかけたとき。直からの伝言の魔法が飛んできた。光にだけ聞こえるように設定してあるのか、朱音には聞こえない。
「……仕事だ」
「魔法狩り?」
「ああ」
頷くと、璃香は朱音を抱えた。体力を消耗しないようにという気遣いかもしれないが、急にそんなことをされて驚く。どこにそんな力があるのか。
「行くぞ」
光が瞬間移動の魔法を使う。澄んだ青空のような色の魔力に包まれて、朱音たちは現場へと向かった。
1秒にも満たないような、僅かな時間で辿り着く。眩しさに目を閉じていた朱音は、そっと目を開いた。
そこはまるで地震か竜巻でも起こったように荒れていた。あちこちに人が倒れている。恰好からして、一般市民ではない。魔法狩りだ。
「光ちゃん!」
めったに現場に出ない直が、焦った声を出している。彼が示す先には、2頭のドラゴンがいた。片方は深い緑色をしているので、雷斗だ。
「状況は!」
「魔法狩りがドラゴンを狙ったの! 攻撃されて、我を忘れて暴れまわってるわ!」
雷斗が相手をしているが、明らかに体格が違う。暴れているドラゴンは黒い鱗を持ち、10メートルはありそうだ。だが、雷斗はその半分程度の大きさしかない。
「千波!」
人魚の彼女なら、歌が聞こえれば眠らせることもできる。璃香はそう言いたいようだ。
「ドラゴンの尻尾で叩きつけられて気絶しちゃったのよお! 太陽光すごいからアタシも力が入らないし!」
泣きそうになっている直は、あちこち傷だらけだった。人間よりも優れた治癒力を持つ吸血鬼だが、太陽光の下ではその力さえ十分に働かない。
「わたし、行く」
璃香の手元に大鎌が現れた。それを片手に走り出す。瞬く間にドラゴンのもとに辿り着き、その刃を振るった。
「……硬い」
力強い璃香の一撃を喰らっても、ドラゴンの鱗には傷一つつかない。それどころか気がついてもいないようで、目の前の雷斗に噛みついている。
「ぐっ……」
「雷斗、待ってて」
大鎌が効かないとわかって、璃香は魔法を使った。得意の氷の魔法がドラゴンの足元を凍らせる。しかし、一瞬で砕かれてしまった。ドラゴンの尾が璃香の腕を掠める。
「……流石に、傷つく」
まったく効果がなかったせいか、璃香が小さく呟いた。棘のついた尾が掠めたせいで、腕からは血が流れていた。
「……ど、どうしよう」
光は負傷者の手当てに忙しい。支部に残るメンツは、柚子以外非戦闘員だ。直は力が入らない。千波はしばらく目覚めないだろう。
残されたのは、自分しかいない。
震える手でクナイを構えたとき、直がそっとその手を握った。
「訓練と実践は違うわ。無理しないで」
「でも!」
「アタシが戦う。その代わり、ちょっとだけ助けてちょうだい」
「はい! あ。でも何を……」
直は屈むと、朱音の耳元で囁いた。
信じられない作戦だったが、それしかないと頷く。
「はっ!」
まず、朱音がドラゴンの周りにクナイを投げる。ぐるりとドラゴンを囲むように投げられたクナイには、拘束の魔法が込められていた。瞬間、発動し、ドラゴンだけを囲むようにロープが現れる。とは言え、朱音が出したのはただのロープだ。ドラゴンが動けば、簡単にちぎれてしまう。朱音が作れたのは、たった一瞬。
だが、その一瞬が、皆にとっては最大のチャンスだった。
「ごめんなさいね」
直が朱音の首元に噛みつく。血を吸われているはずなのに、痛みは感じなかった。傷跡すら残さず、2本の鋭い牙は離れていく。
直の作戦。それは、朱音の血を吸って、吸血鬼本来の力を取り戻すことだった。素早い動きと信じられないほどの怪力で暴れるドラゴンを取り押さえる。そして、その間に、璃香がドラゴンに攻撃し、光が麻酔の魔法をかけた。ようやくドラゴンの体から力が抜け、人の姿に戻っていく。雷斗もそれにあわせて、普段の姿に変わった。噛みつかれてはいたが、硬い鱗のおかげであまり怪我はしていないようで安心する。
「ど、どうにかなった……」
「あとは魔法警備課に任せましょ。ごめんなさいね、痛くなかった? ヒトの血を吸うの、久しぶりだから……」
「だ、大丈夫です。びっくりはしましたけど……」
整った顔立ちのイケメンが首元まで近づいてきたので、戦闘とは別のドキドキもあったが、されているのは栄養補給だと気づくとそれもなくなった。
「今日は奏介ちゃんも体調よさそうだったし、怪我した人は皆医務室行きましょ」
医者の体調を気遣う患者とは、これいかに。
思わず笑ってしまったが、第5支部の日常が戻ってきたようで、ほっとしてしまった。
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