第18話 これ、追放ざまぁになりますか?
父の出した謹慎解除の条件のひとつ、進路の決定。
それだけなら何とでもなるだろう。
極端な話、でっち上げてもいいのだ。
しかし、もうひとつの条件である現金一千万円は難題そのものだ。
俺は自他共に認める超絶金持ちだが、金銭感覚は壊れていない自信がある。
【一円を笑う者は一円に泣く】
金沼家十家訓のひとつにそうあるように、お金の尊さは重々承知しているつもりだ。
それだけに、一千万円の重みもリアルに感じられるのだ。
鳥山婦長は猿飛に現在俺が置かれているのがどんだけ逆境なのかを、以下のようにわかりやすく説いた。
「百万円なら金策次第で解決し得る額なのかもしれません。しかし、一千万円ともなると話は別です。これを1から集めるにはそれなりの社会的地位が必要になるでしょう」
ちなみに、猿飛はもう回復しているのでうんうんなるほど、と何度も頷き「無理だね」と俺に憐れみの瞳を向けていた。
犬飼はすっと前へと出て、鳥山婦長の言葉に補足する。
「そうですね。謹慎処分中の総国様は、いわば【どこにでもいる高校生】に過ぎません。そんな人物にお金を工面する奇特な方は皆無でしょうし、無認可の金融業者にすら相手にされないでしょう」
ムカつく物言いだが、事実だ。
俺はもう深いため息をつく事しか出来無かった。
「親戚縁者の線もすでに父上の手が回っているだろうから消えたな。念の為確認してみたが銀行口座も証券口座も、電子マネーも全て凍結されていたよ」
自分でそう言って、俺は大いに凹んだ。
あとは肩を落としてとぼとぼと歩くのみだ。
俺と猿飛、婦長と犬飼がどうして並んで歩いて、どこへ向かっているのかといえば、金沼家の正門だ。
俺は屋敷からの強制退去を命じられ、その執行役が婦長と犬飼というわけだ。猿飛は普通に帰宅である。
「総国様、これを」
犬飼が大きめのリュックサックを手渡してきた。
「当面のお着替えと、食料でございます。簡単ではございますが、テントもお持ちください」
「野宿前提かよ」
リュックは登山用だった。重い。ぶら下げられた金属製のマグがいい音をさせていた。
「総国様。幾久しくお健やかに」
まるで今生の別れとばかりに犬飼が顔を伏せるが、若干笑ってないか? いつの間にこんなキャラになったんだコイツは。
その生意気な口にスリッパでもねじ込んでやりたいが、今の俺にそんな元気はないしスリッパも家に置いてきてしまった。
「じゃあな」
自分でも驚く程、あっさりとした別れの挨拶だった。
犬飼もツッコミを期待していたのか、一寸表情を曇らせていた。
俺はクソ重たいリュックを背負い、屋敷に背を向けた。そして当て所のない一歩を踏み出そうとした時、鳥山婦長が俺を呼び止めた。
「総国様。旦那様は条件を満たすまで帰って来るな、と仰せでした。それは裏を返せば、条件を満たして帰って来い、という事と同義です。その意味を、
「……」
俺は婦長の言葉に何も返すことができなかった。
決して無視ではない。
返す言葉が見当たらなかったのだ。
婦長もそれ以上何も言わなかったから、俺の気持ちは彼女に伝わったに違いない。俺はそのまま歩を進め、屋敷を後にした。
背後で猿飛が婦長と犬飼に挨拶をしている声が聞こえる。その中で、彼女はおやすみなさい、と言った。
時計を見やると、既に午後九時を回っていた。
「送っていくぞ」
しばらく歩き、俺は猿飛にそう申し出た。
女子がひとり歩きするには危険な時間帯だ。
しかし彼女は首を横に振った。
「ううん、いいよ」
実際、暴漢に襲われたところで猿飛なら自力で撃退するだろう。しかし、男として女子をこのまま夜道に放り出すわけにも行くまい。
「遠慮するな」
しかし、彼女は再び首を横に振り、俺の申し出を固辞した。
強情なやつだな、と思いもう一度声をかけようとしたが、今度は彼女に先手を取られてしまった。
「ホント、いいから。金沼くんの方がよっぽど大変そうだし」
俺の背負った馬鹿でかいリュックを見て彼女は言う。俺を気遣ってくれているのか。
だが、はっきり言って余計なお世話である。何せ、全て自分で蒔いた種なのだから。
「気にするな。自業自得だ」
「でも、これからどうするの?」
「どうしようかな」
そんな風に答えてみたものの、答えが出る気配は無い。
見通しすら立てられないこの状況だ。今ここであれこれ考えたところで体力と精神力を無駄に削るだけだし、正味な話、今はあまり考えたくない。俺は話題を変える事にした。
「ところで猿飛、今日は色々と済まなかったな」
突然の謝罪に、彼女は小首をかしげた。
「……何が?」
「せっかく来てくれたのに、なんのもてなしも出来なかった。それどころか、みっともない姿を見せてしまったしな」
「ううん、気にしないで。私も途中から変になってたみたいだし……でも、色々とびっくりした」
「ああ、父上か? それとも有仁子か? そりゃ驚くよな」
「うん、まぁ、色々と」
猿飛は余計な事を言わず、小さく頷くのみだった。
今時の女子であれば『ウケルー』だの『ヤベー』だのと屈折した日本語で俺を嘲るのだろうが、猿飛は違ったのだ。俺は彼女の知性の高さに感心していた。
思えば、猿飛には感心させられることが多い。ド変態が珠にキズだが、見所のある人物には違いない。
そんな事を考えながら彼女を見ていると、ふと思い出したことがあった。
「……強敵之会で闘いたいってアレだが、期待に添えそうもないな」
「やっぱダメかな……」
「強敵之会は既に俺の手を離れてしまった。次回開催も無期限延期。或いはもう二度と開催できないかも知れない。お手上げなんだよ」
自分で言って、とても悲しかった。
ものすごく大切にしていたものが一瞬にして失われたのだ。
正直、謹慎の内容でこれが一番辛かった。
お金では買えないものが、そこにはあったのだ。
「そういうわけですまんな猿飛。力になってやれなくて」
「うん……仕方ないよね」
めちゃめちゃ残念そうな猿飛の横顔を見ていると、こいつがあのリングで大暴れする姿を見たかったなと、素直に思えた。
彼女がどこまで行くのか、この目で見てみたかった。
「……せっかくのチャンスだったかもなのにね」
それにしても残念そうな顔をする。俺よりも寂しそうな顔をされると、声もかけられない。
そのまましばらく、ふたりとも黙ったままで力無く歩いた。
……が、少し先に誰かが立っている事に気がついて、まずは猿飛が足を止めた。俺もつられるように足を止める。
そして前方の人影に目を凝らし、俺は思わず声を上げてしまった。
「有仁子!」
そこにいたのはよりによって有仁子だった。今一番会いたくない奴ナンバーワン・YUNIKO。
「おやおや総国ィ、今から富士山にでも行くのかい?」
俺の背中でずっしりとした安定感を見せ付けている大荷物を見て、有仁子は邪悪な笑みを浮かべていた。
「そうだ。じゃあな」
いちいち突っかかるのも面倒なので俺はふわっと返してやったが有仁子はそれが気に入らなかったらしく、激しくメンチを切って俺を威嚇してきた。なんて面倒な奴なんだ。
「ああ? テメー負け犬の癖にスカしてんじゃねーぞ」
「うるさいな。勝ち組は家に帰ってユーチューブでも見てろ」
「んだとこのシャバ僧が、イキってんじゃ……はっ!」
傍らに猿飛がいることに気が付き、有仁子は即座にバックステップ。
十分な距離をとり、猿飛を警戒した。
側近である猫田を瞬殺されたことが色々と精神的ダメージだったのだろう。一定の距離を確保し、ジロジロと舐めるように猿飛を観察する有仁子。
猿飛はそんな有仁子を明らかに怖がっていた。
「な、な、なんですか?」
「ん、お前……」
通常モードの猿飛に対し、有仁子は不審そうに目を細めた。
「ラリってねェな……ヤクが切れてんのか?」
思ったとおり、有仁子は猿飛をそれ系の手合いだと勘違いしているらしい。
ある意味間違ってはいないが、猿飛の名誉のために訂正と確認をしておかねば。
「有仁子、言っておくが猿飛は変なクスリなんてやってないぞ。さっきは説明しそびれたが、こいつは戦うことでテンションが上がりまくってハイになってしまうちょっと変わった体質なだけだ。」
「体質ゥ? 精神異常か単なる変態の間違いじゃねーのか?」
「お前、本人の前でそういうこと言うなよな。こいつもこいつなりに悩んでるんだぞ」
俺は猿飛の方を一瞥したが、やはり困った様子でこちらを見ている。
有仁子に向かって声を上げて抗議したいところだろうが、シラフのあいつではビビってしまってダメだろう。
「ふん、そーかよわかったよ。まぁいいぜそんなことはどーでもよォ」
有仁子は鼻を鳴らして全っ然興味ないと言わんばかりに肩をすくめた。
そして、俺に向かって本当にイヤらしい、忌々しすぎる笑顔で言った。
「それより総国ィ。お前さぁ、一千万欲しくねぇ?」
「……なんだと?」
それは有仁子からの挑戦状だった。
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