第4話二人の部下
それよりも、と。
リアンレイヴは秘め事を伝えるかのように、自身の唇の前に人差し指を立てる。
「エベリナ様に、贈り物があるのです」
「贈り物? 花ならそこに――」
「二回、手を叩いてみてください」
「……へ?」
リアンレイヴはにこにことしながら、己の手を二回たたき合わせてみせる。
当然、音は鳴らないわけだけれど……。
「……何を企んでいるの?」
「エベリナ様に気に入ってもらう為なら、どんな手も使いますよ、俺は」
あ、怪しい。怪しすぎる。
けれどこうして身体を……命を私に委ねている状況なのだから、妙な真似はしないはず。
私は開いた両手をじっと見つめた後、リアンレイヴの笑みに促されるようにして二度、鳴らした。刹那。
「はあーい! しっつれーしまーす!」
「!?」
バーン! ととても皇帝の私室を尋ねてくる者の態度とは思えないような勢いで、青年が現れた。
短く動きのある銀の髪。リアンレイヴよりも若く見える面持ちには、はつらつとした緑の瞳が好奇心に輝いている。
従者や使用人、といった風ではなく、リアンレイヴのように騎士と魔導士を掛け合わせたような服装をしているけれど……。
「もー、なかなか合図をくれないもんだから、退屈で溶けるとこでしたよ。まあでも? 予定通り合図が来たってことは、今その身体にいるのはエベリナ様ってことっすね!」
「! それってつまり、身体を私に受け渡すのをあなたは知って――」
「あー! ほら、やっぱり!」
彼は嬉し気に私ことリアンレイヴの両手を掴むと、ぶんぶんと上下に振り、
「ししょーの戸惑った顔とかめっちゃレア中のレアだし! 初めまして、偉大なる大魔導師エベリナ・カッセル様。俺はアッシュ・バージェンっす」
「え、ええと」
「ししょーと同じく俺も魔塔にいたんすよー! 今はししょーと一緒にこっちに来て、従者兼騎士みたいな? まあ、要するに一番の雑用ってことっすね!」
「そ、そうなの」
(勢いが凄すぎて口を挟む隙がないのだけれど!?)
どういうこと? 合図と言っていたから、彼が来たのは間違いではなのよね?
だとしたら彼が贈り物? やっぱり全く意味が――。
「アッシュウウウウウーーーー!!!! エベリナ様がお困りでしょう! 早くその手をお放しなさい!」
「えぶっ!」
バシィッ! と跳ね上げられたアッシュの手が、そのまま華麗に彼の顔を潰した。
その原因となった少女はふん、と腰に手をあて、くるりと私に向き直ると、
「ああ……本当にエベリナ様ですのね……! 生きているうちに直接お会いしお仕えできるとは……このマーティ、夢のような心地ですわ!」
「あ、えと、あなたは……」
「失礼、申し遅れました。わたくし、エベリナ様がより快適に! より幸福に! お過ごしになられますよう尽力させていただきます、マーティ・フィッシャーと申します。わたくしも、魔塔におりましたの」
そういってスカートを摘まみ上げる彼女の礼は、貴族令嬢のように美しい。
けれども纏っているのは確かにメイド服……だけれども、ラシートに仕えていた子たちのそれとはデザインが違う。
大ぶりなフリルや編み込まれた紐など、装飾が増えていて……彼女の二つに結われた赤い髪と合わさると、メイドというよりもちょっとしたドレスワンピースにも見える。
アッシュと言った彼よりも、少しばかり年下かしら。
彼女は愛らしいピンクの瞳をほう、と緩め、
「早い所、お身体を取り戻されたエベリナ様を癒して差し上げたいものですわ……!」
「なあなあ。早いとこ準備しねーと、紅茶冷めんじゃね?」
「は! わたくしとしたことが、とんだうっかりさんですわ!! ささ、エベリナ様。こちらにお座りくださいな」
「え、あ、ちょっと」
手を引かれて連れていたかれたソファーで、肩を押されるまま腰を落とす。
(いったい何が始まるというの?)
不安な心地でリアンレイヴを振り返ると、彼は相も変わらずニコニコとしているだけで。
「あ、ししょーそこにいたんすね。すっげー、ガチで透けてんじゃないっすか! 影は? 影は出来ないんすね……あ、その状態での魔力使用って身体を持っている時とどれだけ違いが――」
「アッシュ、悪いが今はお前の探求心には付き合ってやれない。エベリナ様の一挙一動を見逃すわけにはいかないからな。いい子にしててくれ」
「相変わらずっすねえ、ししょー」
いえ、大真面目な顔で何を言っているの!?
相変わらずで流せてしまえるって、彼はこれまでどんな発言をしてきたのよ!?
(それにしてもあのアッシュって子、あの様子だと魔塔で魔道具班だったのかしら)
魔塔では新たな魔術の研究だけではなく、新たな魔道具の制作も行われている。
私が長の座についていた時は、魔道具班は好奇心旺盛で、活動的な子が多かった。
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