episode1.2
瓦礫の隙間から草花が芽を覗かせる。その側から生えた木によって自然の天井が出来ていた。
もう道とはいえない道跡を二人と一匹が歩いていく。それぞれが小枝や草花を踏みしめる音、鳥たちの鳴き声、木々の揺れる音だけが辺りに響いていた。
タウリーとルミナ、そしてホープが歩いている音である。言ってしまえば、現在周辺には、彼ら以外の人間はいない。
そもそもルミナやホープは人間ではない。ホープにいたっては犬であるし、ルミナは人間によく似た"人工生命体アンドロイドMETSIS"である。
実質、この場でタウリーだけがこの世界に生きる人間であることは間違いない。もちろん、他にもこの世界には生きている人間はいるのだが。
昔に街だったであろう廃墟群が続く。廃墟には自然が巻きつき、既に建物としての役目を終えているようだ。
そんな場所が続く中、二人と一匹は歩いていく。元々目的地を決めていたタウリーに、ルミナがついていく。ついていくと言っても、隣で歩いているだけだ。
最初は何も話していなかったが、やがてタウリーが耐えきれなくなったかのように、少し唸ってからルミナに話しかける。
「うぅぅ~ん……えっと、ルミナはこの旅でどうしたい?」
「……?どうしたい、とは?」
「えっとね、僕はこの旅で立派な大人になるんだ!そのために大陸を一周するの。こんな風に、どんな感じになりたいから、これをしたい!っていうやつ、ない?」
「……私は、私がよく分かっていません。ですが、感情が上手く表せていないことは知ってます。だから、タウリーと旅をしながら、自分を知りたいのです。なので……これから改めて、よろしくお願いします」
「……なんか、急に改まって言われると……恥ずかしいから、やめて」
タウリーは照れながら言う。
同じような道をただ歩いていく。しかし、全てが同じわけではない。
彼らが歩く先に、小さな川があった。真っ先に飛び出したのはホープだ。
「ワン!ワン!」
「わあぁ……川だ!」
「……かわ?」
「そうだよ。……まさか川も知らないの?」
「いえ、川は知っていますが……実際に見るのは初めてで」
「へ~めずらしい。じゃあせっかくだし、ちょっとここで休憩しようか」
「ワンッ」
そういうとタウリーは、湯沸かし用の鍋とインスタント食品、魚の干物を背負っていた大型のバックパックから取り出した。
近くにある廃墟側に生えた木々の小枝を集め、持っていた着火用の火打ち石と打ち金を取り出し、火をつけようとしている。
その側で、火がつくのを待ちきれないホープはすぐ近くで飛んでいた虫と戯れている。
一方ルミナは川を見つめ、ただじっとしていた。が、何かを決めたかのように頷くと、川へと歩き出し、指先を水の中へ入れた。
「ひゃ!?」
「え!?どうしたの?何かあった?」
「い、いえ……あまりに……なんと言えばいいんでしょう、この肌をスーッと刺すような感覚は……」
「うひゃ!"冷たい"!きっと雪解け水だよ」
「"冷たい"……」
何かを納得するように何度も何度も口に出して"冷たい"と言う。ホープも二人が川に近づいたのを見て、冷たい川の水を飲んでいた。
「そろそろお湯も沸くと思うし、行こうルミナ!」
ルミナが川との沈黙の格闘をしている間に、タウリーは火をつけ、焚き火が完成していた。火の上ではスタンドの上に乗せられた鍋から湯気が出ている。
タウリーは満足気にすると、その鍋の中にインスタントの乾麺を入れた。そこにかやくと味噌を入れる。
「今日は特別に、インスタント麺を食べるぞ。ホープはこっちの干物な」
「ワン」
「……その、なんで特別なのですか?」
「もう今じゃインスタント麺を作る技術が残ってないんだって。昔は作れたみたい」
「昔はどんな世界だったのですか?」
「よく分からない……なんでも、戦争で国家群が壊滅してからもう何百年も経ってるらしいよ。集落のおばさんから聞いた」
「……」
「よし、そろそろかな」
タウリーはそう言うと、鍋の方を見て茹で具合を確認した。
その間、ルミナは"自身の記憶に前の世界"があることを知覚していた。しかし、その内容は思い出せないようだ。
タウリーはバックパックからお椀と箸を取り出し、ルミナに渡した。
タウリーは鍋から麺を掴み、それぞれのお椀へと麺を入れていく。
全ての麺を入れ終え、次に汁を入れていく。特にトッピング等はないが、薄めの香りと心地よい湯気が宙を揺蕩う。
タウリーは手を合わせ、いただきます、と言って食べ始めた。それを真似してルミナも、いただきます、と言って食べ始めた。
麺を啜る音と、ホープが干物を食べる音、焚き火がパチパチと弾ける音だけが聞こえていた。昼下がりにも関わらず、既に動物たちは息を潜めているようだった。
「ん~美味しい!」
「これが、麺……"美味しい"、"嬉しい"……"幸せ"……?」
「美味しいって凄いね」
「……はい」
それぞれが美味しいに浸っている頃、干物を食べ終えたホープは寝息を立てていた。それにつられてタウリーも欠伸をする。
「ふあぁ~……ねえルミナ。寝てもいいかな?眠くなっちゃった」
「私は構いません。しかし、どうやってここで寝るのですか?」
「え?いや、そこにいい感じの草原があるからそこで寝ようかなって」
「虫がいるのでは?」
「え?ルミナ、気にするの?」
ルミナの突然の発言に驚いたタウリー。それはルミナも同じだったようで、何故その発言をしたのか分からないようだった。
結局タウリーは近くの草原で昼寝をし始めた。特に寒く感じる気温ではないが、タウリーはバックパックに入れていたブランケットをお腹に掛けている。
タウリーが昼寝をしている間、ルミナは焚き火や周りの自然、側で寝ているホープを見ながら、自分から無意識に出た言葉や虫への嫌悪感を考えていた。
◎◎◎
「ん……くあぁ~。よく寝た!……うわっもうまっくらじゃ——」
起きると既に夜になっていた。ただ、真っ暗ではなくルミナがずっと焚き火を燃やしていたようだ。そこだけ明るい。
ルミナは座ったまま目を閉じていた。いや、眠っている。ホープもその横で座って寝息を立てている。
「……今日はここで一夜を越そう」
そういうとタウリーはテントを張る。テントといっても簡易的なものなので、すぐに立て終えた。
川の水で洗った鍋とスタンドを取り出し、また湯を沸かす。ただの白湯を飲むだけでも、気持ちは落ち着く。
しばらくすると、ルミナが起きた。タウリーの方に視線を移し、自分の側にいるホープにも目を向けた。特に何も話すことはなく、焚き火を見つめていた。
「ルミナ、白湯飲む?」
「……いただいても、良いですか?」
「もちろん」
もう一つマグカップをバックパックから取り出し、白湯を注いでルミナに渡す。
一口目を、少しだけ躊躇いながら飲む。喉を通った後、ふぅ、と白くなった吐息をした。タウリーもそれにつられて吐息する。
昼間から気温は下がり、少し寒いと感じる気温となっていた。
「今日は良く星が見えるね。ほら、ルミナも見なよ」
目を輝かせてタウリーがそう勧め、ルミナは静かに空を見上げる。
明かりが焚き火以外にないからだろう、宙に浮かぶドームには星々が貼り付けられていた。それにルミナは"感動"しながら呟く。
「……本当に、良く見えますね」
「でしょ!この星と星を繋いで、星座って言うものが昔はあったんだって。僕は全然分からないけど」
「"面白いですね"、星」
「そうだよね——、ふあぁ……また眠くなってきた。そろそろ寝よっか」
タウリーはそう言ってホープを抱き抱えながら言うと、ルミナは空を見上げながら答える。
「もう少しだけ、見ていても良いですか?」
眠そうに目をこすりながらも、少しだけ嬉しそうにタウリーは答える。
「うん、いいよ。……風邪引かないようにね」
そう言うとタウリーと、抱き抱えられたホープは近くに張っていたテントへと入っていった。
星空を見ながら、ルミナはただ一人焚き火の前で座っていた。
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