第8話 猫ですから。

 

 異世界に勇者として召喚されたけれど、なぜか子猫の姿で顕現して、しかも魔王に拐われて現在、魔王城でぬくぬくと暮らしております。


 はい、前回までのあらすじです。

 何を言っているか分からない? 

 申し訳ないけれど、実のところ私もよく分かっていません。なにせ、気が付いたら既に子猫の姿だったのだから。


 もう少し詳しく説明すると、日本で大学生として生きてきた私──羽柴美夜はしばみやが行き倒れ中の子猫を拾った瞬間に、足元に魔法陣が現れて異世界に転移したのだ。


 どうも、その異世界の人族の王が魔族の国に戦を仕掛けようと、別の世界から勇者を召喚したらしい。

 都合の良い説明で洗脳し、操ろうとしていた人族の王の手から、魔王が勇者を浚い、魔王城に連れ帰ってきたのだと、エルフのメイド長から丁寧に説明してもらった。


 その召喚された勇者が、子猫の姿をした、この私──羽柴美夜だった。


 異世界へ転移している最中に、抱き締めていた瀕死の子猫と混じってしまったのではないか、と考えているのだけど、正解は神のみぞ知る。


(……いるのかな、この世界に神さまは)


 真っ白の毛皮とキトンブルーな瞳の可愛らしい子猫に変化した私は、てっきり魔王に殺されるのだと怯えていたのだけど。


 誰もが恐れ慄く歴代最強と誉れ高い魔王は、どうやら小さくてふわふわな可愛らしい生き物にとても弱かったようで。


 パニックになってパンパンに尻尾を膨らませ、「やんのか」ポーズで威嚇する子猫の姿にメロメロになり、勇者を倒すどころか、己が床に転がりながら猫じゃらしを振る始末。


(んん? この魔王、意外とチョロい?)


 己の可愛らしさを知ってしまった子猫は、かくして魔国で美貌の魔王アーダルベルトと美人のメイドさん達にちやほやされながら、楽しく暮らすことになったのだ──



◆◇◆



「魔王様、東のドワーフ国より貢ぎ物です。山羊ミルクとブラックブル肉。どちらも最高品質の物ですわね」

「南の人魚族からは新鮮なマグロとカツオが届いておりますわ。生でも美味しく頂けるそうですよ」


 エルフのメイドさん達が執務に励む魔王に報告している横で、美夜ミヤはうとうとと微睡んでいた。

 なにせ、生後1か月ほどの子猫。食べて寝てを繰り返す、無力で可愛い生き物なのだ。

 先程までは、ふかふかのソファの上で眠っていたはずだが、どうやら猫ベッドに寝かせられて、魔王のデスクに移動させられた模様。


 くあっと欠伸をする子猫姿の美夜を凝視しながら、魔王アーダルベルトはうむ、とか何とか頷いている。

 書類が溜まっていたのか、物凄いスピードで目を通した書類にサインをしていた。

 使っているペンはとても高価そうな羽根ペンだ。

 真っ黒で艶々な羽根が忙しなく動く様子に、美夜はむずっとした。目が離せない。

 無意識に尻をふりふりさせて、獲物を狙うポーズを取ってしまう。


 きっと今、鏡を見たらキトンブルーを爛々と輝かせて目を丸くさせている子猫が拝めることだろう。

 そんな子猫の様子に気付いた魔王アーダルベルトが、ふと端正な口許を綻ばせた。

 手にした羽根ペンをゆっくりと左右に揺らす。つられて美夜の頭もゆらゆら揺れた。


「どうした勇者。その程度か?」

「みゃ(魔王ムーブもういいから)」


 上下左右、ふらりと舞う羽根ペンの動きがゆっくりになった瞬間。

 今だ! パッと飛び上がって羽根を捕まえる。

 ふわふわの前脚で押さえつけ、ころんと転がりながら、あぐあぐと噛み付いた。

 小さな牙では傷ひとつ付かないけれど、ちょうど口の中が痒かったので問題ない。


「なかなかやるな、勇者よ」

「ミャミャッ」


 仰向け状態で羽根部分に噛みつき、後ろ脚で蹴りつける行為がとても楽しい。

 興奮して、かみかみけりけりしている美夜を立派な黒壇の執務机に向かう魔王アーダルベルトが瞳を細めて見詰めている。


 何だこれ。

 美夜の中の理性的な人としての意識が突っ込むが、ふわふわの毛皮を纏った子猫の意識は夢中で羽根ペンにじゃれついている。

 時折、魔王が楽しそうに羽根ペンを取り返し、目の前で振るものだから、性質たちが悪い。


「ふはは。どうした、勇者。これがそれほどに欲しいのか、ん……?」

「ふみゃああ!」


 本能には逆らえないのだ。

 卑怯だよ、魔王……!

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