第16話・野狐たちの不安・野狐視点01


「……来たか」


「はい。また作ってもらってきました、長老様」


アタシは背中の荷物を地面に降ろし、そこに広げる。

すると仲間たちが方々から集まり、そこを中心に輪になった。


ここはミツ様の家から少し離れた山。そしてアタシたち野狐やこ住処すみか

とはいえ、かつてはあれだけいた仲間も30匹くらいに減っていて―――


「ではありがたく頂くとしよう。みんな、感謝するのだぞ」


すでに白髪で全身が真っ白になった長老様の言葉で、みんなが一斉に

むさぼり始める。


「油ものなど―――しかもネズミの天ぷらなぞ、一生に一度食えるか

 どうかの馳走ちそうじゃあ」


「それがこうしてちょくちょくたらふく食えるのも、お前のおかげじゃ」


みんながアタシにお礼を言いながら、美味しそうに天ぷらを平らげていく。

ミツ様と出会う前とは雲泥の差の食事だ。


「ところでお主……まだミツ様は手を出してくださらぬのか?」


「はい。お風呂に入っているところや、布団に忍び込んだりしているの

 ですが、その度に大声を出されてしまいます。


 『俺にそんな趣味はない!!』と言って―――」


アタシの報告を聞いた長老様は首を傾げる。


「うむぅ……しかし、人間の間では少し見た目の良い男の子おのこは、

 お小遣い稼ぎにそういう相手をしていたものじゃが」


「今は違うんじゃないですかね? 何か罪になるらしいですよそういうの」


「何と!? たかだか百と数十年で人の世は変わるものなんじゃなあ」


実際、アタシもネットとかで調べ、今は男女問わず幼子おさなごに手を出すのは

合意問わず犯罪という事をこの前知ったばかり。


アタシ自身は別にどっちが相手でも良かったし―――

オッサン相手はちょっとなあ、と思っていた程度だけど。


ただ手を出してもらえれば、アタシのいる群れごと養ってもらえるという

みんなの打算と希望があったからで……


「そういう事であれば無理にコトを進めるのは良くないの。

 現状でもこうして差し入れを認めてもらっておる事だし―――」


「アタシとしましては少し残念といいますか」


ふと無意識にアタシの口からそんな言葉が出て、その意味を

考えて自分でも驚く。


アタシはぶんぶんと首を左右に振ってから、


「そ、そんな事より長老様。ミツ様の兄上についてなのですが」


「……あのロクデナシか。本来なら我らが長になって頂く方の兄。

 あまり愚かな真似は止めて頂きたいのだが」


長老様が不機嫌そうな声になると、それが伝播したのか周囲の

狐たちも耳をピン! と立てる。


「話を伝え聞くに、ミツ様もそやつに相当な恨みがあろうて」


「何故ミツ様はそのような者のお相手をいまだになされるのか」


口々に仲間たちが怒りと不満を口出す。それはアタシだって同じだけど―――


「ミツ様は自分から仕掛ける事はしないんですって。

 ただ返り討ちにしているだけで……見ていてもどかしくはありますけど」


長老様はアタシの言葉に深く息を吐いて、


「恐らく根が善人なのであろう。

 他のあやかしに対してもぶっきらぼうに見えるが、このように面倒見が良い

 お方であるゆえな。


 なればこそ―――


 いざという時は長の手をわずらわせてはならん」


長老のつぶやきのような声に、アタシと他の仲間たちも無言でうなずいた。


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