第27話 手掛かりを探せ 2
最初の目撃証言から数時間。
アドラー・クラッセ率いる第二騎士団第五部隊は、デント市街の騎士駐屯所にて夜を徹しての重要任務に就いていた。
真夜中にもかかわらず煌々と明かりが灯る駐屯所の室内を、騎士たちがばたばたと慌ただしく行き交う。
そんな駐屯所入り口近くの大部屋に設けられた緊急の対策室。
大きなテーブルに街の地図を広げ、逐一上がって来る最新の情報を書き込みながら、男たちは姿の見えない敵の手掛かりを求めて意見を交わす。
そこに、肩を怒らせ不機嫌を隠そうともしない様子で、隊長のアドラーが急ぎ足で入ってきた。
「今、戻った。状況はどうなっている」
「はっ。やはり、反体制派の手のものによる犯行であると考えられます。テロリストからと思われる手紙が、スラムの子どもを通して届けられました」
「読み上げてくれ」
「はっ。――身柄は預かった。高貴なる血を失いたくなければ、要求を呑め。明朝、デント市東城門外の街道に使者を送られたし――……以上です」
「国賊め……! 奴らの好きにさせるわけにはいかない。リリア様の所在はまだ突き止められないのか!?」
「至急、東城門付近を捜索に当たらせておりますが、未だ目ぼしい情報は上がってきておりません」
「……何故だ……。スラムは既に虱潰しに探した。こんな狭い街にテロリストの潜伏場所になりそうな場所などそうはないはず……」
「となるとやはり、奴らは既に街を出たのでしょうか?」
「そうなると、厄介極まりないな。城門の封鎖は完了しているか?」
「マルス騎士からの連絡を受け、既に通達済みです。城門の管理局から本日の通行記録も届けさせましたが、不審な点は見当たらず。また、姫様が行方不明となったであろう時刻以降の通行者にも怪しい人物は見当たりません」
「……ベアトリーチェが付いていながらこの様とは。だから僕は反対だったのだ!」
「た、隊長。恐れながら、今は一刻も早くリリア様を捜し出すことに集中なさるべきでは……」
「わかっている! ……団長から何か連絡は?」
「まだありません。現在も緊急連絡を行っているのですが……」
「応答無し、か。止むを得ない。引き続き、僕が指揮を執る! 連絡要員を残し、後の者は既に出動中のデント市駐留騎士隊に合流し、市街の捜索に継続して当たれ!」
「はっ! 隊長は?」
「僕はこれからデント市長を訪ね、報告に向かう。行くぞ、ハロルド」
「……はっ」
アドラーは足早に駐屯所を後にし、市役場に急いだ。
男たちはそれを見送ると、指示通りに行動を開始する。
駐屯所の重い鋼鉄の扉が勢いよく開き、物々しい鎧に身を包んだ兵士たちがガシャガシャと街に繰り出していく。
その様子を、遠く離れた屋根の上から窺っていた一人の少年がいた。
「リリーはまだ見つかってないのか」
(らしいの。しかし、話を聴くにまだ近くには居るようじゃが?)
「タイムリミットは明朝、それまでに騎士連中より先にリリーを取り戻せなければ、すべて終わりだ」
◆◆◆
騎士団の会議を盗み聞きした俺たちは、再び孤児院へと戻ってきていた。
ベアトリーチェに声をかけるべきだと思ったからだ。
俺は人目を避けて静かに部屋の前まで来ると、短く戸をノックする。
少しあって、中から胡乱気に彼女が顔を覗かせる。
「……こんな時間に何ですか?」
「リリーを救けに行こう」
「は? 突然、何を……」
「居場所は見当がついてる。ただ俺一人じゃ難しいこともある。背中を預けられる戦力が欲しい」
「……ちょっと、中へ」
部屋に入ると、ベアトリーチェが訝しげにこちらを見てくる。
ひとまずと椅子を勧められたが、断った。
落ち着いて喋っている暇は無い。
「リリーを攫ったのは、反体制派のテロリストどもらしい。奴らはリリーを人質にして、騎士団を脅迫してきた。向こうが取引に指定してきた時間は明日の朝一番。それまでに俺たちでリリーを取り戻すんだ」
「ま、待ってください。あなた、何処でそんな話を?」
「騎士団の詰所で盗み聞きした」
「馬鹿ですかあなたは!」
ベアトリーチェが俺の肩を掴んで詰め寄る。
「なんて無茶を……! 自分が何をしているかわかっているのですか!?」
「そんな事より、リリーを救けることの方が重要だろ」
「そもそもあなたに何が出来ると! ついこのあいだ魔力の使い方を覚えたような子が――」
『案ずることは無い。こやつの面倒は儂が見よう』
「な……!?」
バチィッ!という音と共に、俺の背後から煙のように悪魔が顔を出した。
不敵な笑みを浮かべる悪魔を見て、動きが固まる。
そして、戦慄したように青褪めると、慌てて距離を取った。
ベアトリーチェにはこいつの正体が分かったらしい。
「こ、これは……」
「わかるのか? こいつのこと」
「あなた……! あなた、正気ですか!? なんてものに手を出しているの! いくらなんでも、こんな……」
『くはは! これよこれ、儂が待っていたのはまさにこの反応よ! どうだ我が友よ、儂の偉大さがお前にもようやく伝わったであろう?』
「そんなことはいい。とにかくベアトリーチェ、一緒に来てくれるよな?」
「ちょ、ちょっと、待って……。いろんなことがあり過ぎて、頭がくらくらしてきました……」
(そ、そんなこと……? 言うに事欠いて、この儂をそんなこと扱い……。)
何やらぼやいている悪魔は無視して、俺はベッドにへたり込む彼女の肩を掴み、顔を上げさせる。
揺れる視線を合わせて、真っすぐに目を見る。
「行こう、ベアトリーチェ。アンタの力が必要だ」
「……何故? 私はリリア様を守れなかった。私では力不足です、隊長たちに任せておけば……」
「それじゃ駄目だ。それじゃリリーは救えても孤児院は救えない。それにアンタだって、責任を取らされてただじゃ済まないはずだ」
「確かに、シスターや子どもたちを巻き込んでしまったことは悔やまれますが……それにしたって、私のことなんて」
「どうでもいいってか? それは違う。アンタはもう一月もあいつらと一緒にいたんだ。みんな大事な家族だと思ってる」
「家族……」
「だからむざむざ見捨てたりなんてしない。俺たちの手でリリーを取り戻せば、なんとか道が開けるはずだ。その可能性があるなら、俺は何でもする。その証拠に、俺はもうこの悪魔に魂を売っ払った」
ベアトリーチェが何か言いかけて、しかし止めた。
キュッと口を引き結んで、泣きそうな顔でこちらを見つめてくる。
「……不思議な子だとは思っていましたが。とんでもない馬鹿ですね、あなたは」
「うっせ。もういいだろ、時間が惜しい。おい悪魔、首尾はどうなんだ?」
『聞かれるまでも無い。話が付いたなら疾く向かうぞ』
「ああ」
そっと扉から廊下の様子を窺い、誰もいないのを確かめると、素早く孤児院を出る。
門を出たところで、慌ててベアトリーチェが追いかけてくる。
「ま、待ってください! いったい何処へ?」
「怪しい場所は騎士団が既に調査しているはずだ。だから俺たちは別を行く」
「そうは言っても、当てはあるのですか?」
「この街はそんなに広くない。スラムを除けば、素性の知れない連中が身を寄せられるようなところは限られてる」
「それこそ、この街の駐在騎士ならその程度のこと把握しているはず。他に知られていない場所なんて……」
「ある。普段から人の出入りが頻繁にあって、かつ騎士団の意識が向かない、潜伏するには絶好の場所が」
「それは?」
「メーテル第一教会。ちょうど今工事中で牧師は不在、今日は祭りで工事も休みだろうから、身を隠すのに最適だ」
「では……!」
「おそらくな。今、悪魔にリリーの魔力を追わせてる」
『既に感知したぞ。方角的に見て恐らく間違いない』
「でかした!」
俺はベアトリーチェと二人、メーテル第一教会のある街の北部に向かった。
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