第18話 幼女バトルでK.O.


 困ったことになった。

 その原因はほかでもない。ミルフィだ。

 先日からミルフィは俺に猛アタックを仕掛けてきている。

 しかし、俺は今、ますます甘えん坊になったリリーの世話で手が離せない。


 「ゾルバ、きょうはいっしょにたべよう?」

 「ごめん、ミルフィ。リリーと一緒だから」


 「ゾルバ、きょうはおままごとしましょう?」

 「ご、ごめん、ミルフィ。リリーに呼ばれててさ……」


 「ねぇゾルバ、きょうはいいでしょ?」

 「……ごめん、ミルフィ。リリーが――」

 「もう! リリー、リリーって、さいきんいっつもリリーのことばっかり! あたしともあそんでよ!」


 とうとうバタバタ腕を振り回して、その場のものに当たり散らしている。

 俺が頭を抱えたくなる気持ち、わかっていただけただろうか。

 ようは俺との時間が取れないからと言って、ついにミルフィが癇癪を起こしたのだ。

 


 他の子たちとは食堂で少し話したり、暇を見つけてはコミュニケーションを取っていたのだが、ミルフィだけは満足してくれなかった。

 もともとこの子は孤児院の中じゃ一番俺を慕ってくれていたし、二人きり、というのが好きな子でもあったので、リリーにばかり構ってしまいがちな現状が大変に不満だったのだ。

 その気持ちはとても嬉しくはあるのだが、正直に言って本当に困ってしまった。

 元コミュ障のぼっちにはこの状況はしんどすぎる。


 「ゾルバ。おへやにいこ」

 「あ! ちょっと、いまはあたしがはなしてるの!」

 「……なに?」

 「なにじゃない!」


 そしてこれだ。

 リリーも知ってか知らずか、ミルフィに張り合うような真似をするものだから、余計にミルフィが機嫌を損ねてしまう。

 子ども同士の微笑ましい口喧嘩……かもしれないが、渦中にいる身としては居たたまれなさがヤバい。なにより二人の女の子バトルがバチバチで、怖くて仕方ない。


 先生は二人が暴力に走らない限りは俺に任せるつもりみたいだし、ベアトリーチェにいたっては、俺と二人きりの訓練のことで彼女たちから目をつけられてしまったこともあって、巻き込まれないようにこそこそと縮こまって身を隠している。

 おい、アンタお目付け役だろ。なんとかしてよ!

 こういうとき市民を守ってくれるのが騎士の仕事じゃないのか!

 ……目が合ったのに、すっと逸らされてしまった。なんて薄情者だ。

 今夜のあいつのおかず、わからないように減らしてやるからな。


 「じ、じゃあ、三人で遊ばないか? ほら、おままごととか、ミルフィ好きだろ?」

 「い・や!」

 「わたしも、ふたりがいい」

 「あたしとふたりなの!」

 「あっちいってて」

 「あんたがいきなさいよ!」

 「あーもー喧嘩すんなって!」

 「「うるさい! だまってて!」」

 「はい……」

 

 子どもはなんて理不尽……。

 恥ずかしながら、前世ではまともな友達の一人もいなかった。ましてやこんな風に素直に好意をぶつけられたことが無いから、嬉しいより先に戸惑ってしまうのだ。

 生まれ変わってから五年、子どもたちのリーダーとして仲裁に入ったことはあっても、自分が原因で仲違いしている状況はそう経験したことが無く、どうしていいかわからない。


 お手上げだ! だれかたすけてたのむ!


 二人は段々とヒートアップして手が付けられなくなってきている。

 周りの子らも次第に不穏な空気を感じ取り、おろおろし始めた。

 特にハッシュなんかは可哀想に、先生のところへ逃げていってしまった。


 ……仕方ない。こうなったら伝家の宝刀だ!


 「すぐ喧嘩する悪い子とは一緒に遊びません!」

 「「!?」」

 「仲良くできない悪い子は、俺嫌いだなー」

 「「……!?……」」


 そう言って、背を向ける俺。

 うぅ……自分でもこれは悪手だとは思うが……。他に手が思い付かない。

 

 「……ご、ごめん、なさい。いいこにするから。きらいにならないで……」

 「大丈夫、大丈夫。嫌いになんてならないよ。ちゃんとわかってるから」

 「……うん」

 「ほら、みんなのとこ行っといで。俺も後から行くから」

 「うん」


 涙目で見上げてくるリリーを優しく撫でる。

 前は何かあるとすぐ、この世の終わりみたいに泣きじゃくっていたのに、多少のことなら我慢できるようになっていた。

 ちょっとは信頼を築けたと思っていいのかな。

 リリーが先生のもとへ走っていくのを見送って、もう一人の困ったちゃんの方へ向き直る。


 「ミルフィ、機嫌直せよ。な?」

 「……なんで」

 「ミルフィ?」

 「ずるいよ。あのこばっかり。ずるい……」

 「わ、悪かったって。今度一緒に遊んでやるから。それでいいだろ?」

 「ちがう、ちがうもん。そうじゃないもん……」


 ……さめざめと泣き出す彼女を前に、言葉が出ない。

 いつも元気なミルフィが、こんな風になるなんて知らなかった。

 罪悪感が胸の奥でぐるぐるして、くらくらする。

 あたふたと慌てる俺の後ろから、先生が声をかけた。


 「ミルフィ。先生がお話聞いてあげるから、一緒にいらっしゃい」

 「せ、先生、俺」

 「ゾルバ。いい子だから、みんなと遊んでなさい」


 言われた通りにみんなのところへ向かう。

 こうなったらもう、俺に出来ることなんてない。先生に任せた方が良い。

 頭ではそう思っても、どうしても胸が痛む。


 ああ、やっぱり、こんなのは俺の柄じゃない。

 俺は一人で黙々と働いてる方が性に合っている。


 そんな風に現実逃避してしまう自分が情けなかった。


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