悪魔憑きゾルバ
サンコ
第一章
プロローグ
「いたぞ! あそこだ!」
月も見えない暗い夜。
男と女と少年が、平原の一本道をひたすらに走っていた。
地面に残る真新しい馬車の轍の先には、禍々しい姿で威圧感を放つ虫型モンスター。
「まだ全然距離がありますよ!?」
「見ろ! アイツが咥えてんの、あれ護送用の馬車だろ! 顎がデカすぎて豆粒みたいだが、あの形はそうだ!」
「ま、まさか、あの中にいるんじゃ……!?」
そのあまりの巨体に遠近感が狂ってしまうほど、デカい。そして、強い。
足元で時折光る小さな赤や青の閃光は、きっと周囲の騎士が魔法を放っているからだ。だが、モンスターはまるで意に介することもなく、水浴びでもしているような気楽さで魔法を弾き、一度足を踏み出せば騎士たちは成すすべなく吹き飛ばされていく。
『ギョエエエエエ!!!』
耳をつんざくようなけたたましい声が、あの距離からでもびりびりと腹に響いてくる。
顎を振り乱してガジガジと噛んで遊んでいる。馬車は激しく揺らされ、頑丈に作られているはずの車体が次第に歪んでいく。
「リリア様!」
「おいおい不味いぞ、このままじゃ間に合わない!」
「――悪魔」
『わかっておる』
少年が短く発すると、足元の影がみるみる膨らんで少年の体に巻き付いていく。
真っ黒な瞳の中心に青白い炎が灯り、身体から揺らめいて見えるほどの高密度な魔力が少年の肉体を覆う。
『男。懐の財布を出せ。全部だ』
「はぁ!? 急になんだ!?」
『銀貨が要るのだ。金貨でも良いが。銅貨ならば尚のこと良い』
「なんで俺の金をお前にくれてやる必要があるんだ!」
「ハロルドさん、今は言い合っている時間が惜しいです」
「……ハロルドさん」
「うっ……」
じっと目で訴えられた男はすぐさま財布を取り出すと、少年に手渡す。
少年は受け取るなりすぐさま財布の口を開け、ばっ、と前方へばらまいた。
「ああっ!?」
『少ないのぅ。少ないうえに金貨ばかりとは、見栄っ張りめ』
「足りるか?」
『ま、十分じゃろう』
バチィッ! と火花が飛び散り、少年の手から青白い電流が貨幣の一枚一枚を線で結ぶように繋いでいく。やがてそれは渦のように螺旋を描き、少年の前方でトンネルのように形を成す。
「ああ……俺の全財産が……」
「……同情しますが、今は一刻も早くリリア様を」
「ああ。ベアトリーチェ、悪いけど先に行く」
「頼みます!」
二人を後に残し、少年は一人回転する螺旋の渦へ飛び込むと、全身を包むオーラが青白い雷となって迸り、すさまじい勢いでトンネルをぐんぐん進んでいく。
『抜けるぞ、姿勢を崩すな!』
「おい、まだ離れてるぞ!」
『ここからさらに加速する! あの雲を掴め!』
人間大砲のようにトンネルの出口から上空へ飛び出した少年は、ぐるりと視線を巡らせ、一番近くて大きい雲へと手を伸ばす。
すると、雲の方から引っ張られているみたいに体が吸い寄せられ、雲の中に沈んでいく。
「う、お……!」
『姿勢を崩すなと言うに! 方向を見失うぞ!』
「うるせー、わかってる!」
『魔力の放出を止めるなよ! このまま雷雲を手中に収める!』
バチィッ、と再び少年から電流が放出され、視界を埋め尽くす白色が瞬く間に黒く染まり、たちまち轟音が周囲に鳴り響き始める。
魔力により創られた雷が空気に乗って雲の中に巡り雷を自然発生させ、自然発生した雷が悪魔によって魔力に同化され、少年を覆う力が急激に高められていく。
『征け!』
ガァン! と雷鳴とともに雲から雲へと突き抜ける。
地上を走る男と女が突然のことに目を見張ると、さながら稲妻のように少年が光を纏い、目にも止まらぬ速さで空中を駆けていくのが見える。
しかし次の瞬間には音が消え去ったかと思えば、もう少年の姿ははるか遠くのモンスターのもとへと辿り着いていた。
「いっけぇぇ!」
稲妻を纏った強烈な蹴撃が、モンスターの無防備な背に炸裂する。
インパクトの瞬間、ついでとばかりに引っ張ってきた自然の雷をも食らわせる。
『ギョエエエエエ!!!!!』
衝撃とともに、モンスターの口から馬車が放り出された。
すかさず、少年はモンスターの巨体の上を走り、思い切り蹴りつけて馬車へと飛び移る。
ほとんど体当たりするような形で馬車ごと距離を取り、騎士たちが固まって陣取っているあたりへと急いで逃れた。
受け身を取る余裕もなく、強引に魔力でカバーしつつ不時着する。
中にいた人間がはねたような感覚がして、さっと少年の血の気が引く。
「無事か!?」
慌てて中を覗き込もうとしたそのとき、背後から強烈な音圧が少年を襲う。
『ギョエエエエエ!!!!!!』
「くっ……!?」
『そちらは後にせよ。どの道あれを倒さねば終わらんぞ』
十分に離れたつもりなのに、まるで息が吹きかかるくらいに迫られているようなプレッシャーを浴びせられる。
モンスターは完全にこちらを見定め、真っ先に狙うべき標的にされたようだ。
ガチガチと顎の牙が打ち鳴らされ、巨体から無数に生えている棘がうぞうぞと蠢いている。
『わかっておるな?』
「ああ。命を懸けてもリリーを守ってみせる」
『くはは! なぁに、お前はもう一度死んだのだからな。今さら怖いものなどあるまいて』
少年の瞳に宿る炎が輝きを増していく。
あるいはさらに深く、見るもの全て呑み込んでいくような妖しげな白さをたたえて。
『では再びの契約といこう。今度は上下関係のない、対等な契約じゃ』
「そりゃ気前のいいこって」
『そうじゃろう、そうじゃろう! 実に良い気分よなぁ!』
くはは! という高笑いとともに、少年の影から徐々に悪魔がその姿を現していく。
ヒトと変わらぬ背丈ながら、その威風堂々たる姿に、モンスターも思わず気圧される。
「覚悟しろよ、虫けら野郎。塵一つだって残してやらねぇからな」
これは大切な人を守るために悪魔と契約した少年・ゾルバの物語――。
~・~・~・~・~・~
はじめまして、サンコと申します。
カクヨム初投稿になります。
しばらくは毎日更新していきたいと思っておりますので、
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