2-6 音楽で決闘(デュエル)ですか?

 深海のような亜空間内ステージ・フィールドをレーザービームが飛びかっている。半透明の巨大なクリオネたちが色とりどりに照らされる。


 彼らの群がる中心、枝分かれした氷柱のてっぺんで、三人の少女が激しく跳ねる。おそろいのワンショルダーで色違いの衣装を着た、ネコ耳の魔法少女たち。


「おっしゃあぁっ、天使どもォ! こはりチャンの歌でノッてきやぁーッ!」


 センターでこぶしを突きあげるのは、紫髪に衣装が水色の少女。ダブルの三つ編みにツーサイドアップ、たくさんの蝶の髪留めにフライトゴーグルにと頭がやたら忙しい。衣装と同じパステルブルーのバイオリンを手に持ち、すでに自動で前奏ぜんそうを始めた青いグランドピアノの前に立つ。


のキレキレステップも見逃さないで!」


 サイドでこめかみにピースを乗せるのは、長い黒髪で目まで隠した色黒の少女。小柄な体でパワフルにポーズを決め、片側だけのハーフアップも鋭く揺らす。浅黒い肌には純白の衣装とバイオリンもまぶしい。そばの黒いドラムセットは楽しそうに揺れ動き、浮遊するスティック同士がカチカチとビートを刻む。


絽々ろろも見てなきゃヤなんだからねっ?」


 逆サイドには薄緑の衣装の魔法少女。肩までのくり色の巻き毛をふわりを揺らし、指をあごに当てて茶目っ気のあるポーズをとる。落ち着いた雰囲気の中、とろりとした流し目が誘うように光る。手には若草色のバイオリン。寄り添うのはすいの柱に銀の弦を張られたグランドハープ。


 三人三様のポーズを決めてすぐ、一糸乱れずバイオリンをあごに当て、ネコのしっぽで弓を持つ。三色のレーザービームとスモークが彩るステージで、華やぐ少女たちは天使の群れを出迎えた。


「マジカル★トリオ、『キャベリコ☆キトゥンズ』! ぱぁーッと収穫じゃぁーいッ!!」


 弓がすべるように動き、メロディーが始まる。ピアノが合わせ、ハープがかなでる。

 飛びだす歌声は愛くるしい。ひとりひとりはどこかあどけなさがあり、しかし三つ重なると刺激的に持ちあがる。


 ドラムの伴奏ばんそうに合わせてパステルカラーの花火まであがり始めたのをステージ外から見おろし、白いマスコット姿のヨサクは口笛くちぶえを吹く真似をした。


「ヒュー。あいかわらずにぎやかだなー、あの子らは……って、どしたサクちゃん?」

「なんですか、あれは?」


 となりで魔法少女姿の雀夜が見えない床に立っていた。その顔を見たヨサクの喉が途端にしぼむ。

 いつもひらき切らず涼しげな目をしている雀夜だが、いまは一段、ないし二段冷えきった視線を眼前のステージに向けていた。声も重く吐き捨てるようだった。いつもそばにいるユウキもどうやら聞いたことのない声だったらしい。


「えぇとっ……た、確かあの三人は、三人とも《共鳴特性》といって、人の演奏を邪魔しないで、むしろ高め合うのが得意な……」

「待て待て待てユウキ。なぁ、サクちゃん?」


 察したヨサクが制し、雀夜に陽気な声をかけた。


「まず、マジカル★ライブが歌と演奏だけのものってのは間違いだ。ダンス、大道芸、イリュージョン。魔力を乗せて天使どもに伝わりさえすれば、お芝居しばいだろうとやっちゃってかまわない」


 いったん言葉を切って雀夜の表情を確認する。いまだに寝起きのヒグマのような目でステージだけ見ているが、話を聞き流してる様子はない。少しほっとしながらヨサクもステージに目を向け直す。


「そんで、あの三人の《共鳴特性》だ。ぶっちゃけアイドルソングやアニメソングなんかとは相性がめちゃいい。まぁ趣味もあるだろうが、普通に無難な方向性ってやつさ」

「なるほど」


 雀夜は素直に相づちを打った。まだ声の低いのが気にかかるが、勉強熱心なのも含めて元々こんな子だろう。だったら教え方次第だと、ヨサクは引きつっていた口角をゆるめる。


「それにあの三人な、ただの派手頼みでもない。自地区ホームじゃ実力派で有名なランカーユニット。いまも歌って踊りながら、ひとり二台の魔楽器を高精度で操ってる。おまけにあの選曲……」

五重奏曲クインテットですね」


 ユウキが言葉を継いだ。落ち着きを取り戻したらしく、彼らしい真剣なまなざしを雀夜の視線に並べている。


「三人で四楽器4パート、先攻で重要な順に取った。残る枠はひとつだけ。あえて残して?」

「だろうな。だからパートを増やすアレンジをせず、楽器入れ替えだけ。ルカちゃんは残りモノを取るか、嫌ならほかをブンるしかない。が、どれを獲りに行っても、三人がかりで封じこめられる。三人ともおそらく魔楽器二台までは最高精度。一種類共有して補強する念の入れよう」


 曲はBメロに入っている。原曲は数年前のアニメソングだが、天才作曲家による提供で無類の変則性を持たされているとして人間の音楽界でも知る人ぞ知る。そのがくはほぼ原曲のまま、青白緑のトリオは魔楽器たちにすきのない演奏をさせている。


「デュエルの基本は椅子取りゲームだ。どの椅子でもいいわけじゃない。一番目立つところに座り、ライブの〝主導権リード〟を握るのが勝利の鍵になる。目立たない楽器パートに押しこめられたらまず、勝ち目はない。無理に目立てば全体が壊れるし、その責任も問われる。あくまでだからな」


 デュエルはユニゾン・ライブのシステムを流用しているにすぎない、魔法少女たちの自発的な遊びゲーム観客てんしたちを湧かせてこそのマジカル★ライブなのはどこまで行っても変わらない。互いのキラメキをけた競争は、華やかな舞台の水面下で。だからこそのシビア。


「こいつは、魔楽器が得意なルカちゃんをつぶすためだけのじん……あの三人、本気だ」


 ヨサクが苦笑交じりに、しかし冷えた声で告げたとき、曲がサビに入った。


 ふと、雀夜が気がつく。四つあるステージのうち、離れ小島のようだった琉鹿子のステージがゆっくりを始めていた。ステージを支える氷柱の枝が、氷柱本体の表面をゆっくりずり落ちていく。


「琉鹿子さんが……」

「なんだ、まだ様子見か?」


 ヨサクも琉鹿子を見て、しかし別のことに驚いていた。下降するステージに立つ琉鹿子は、落ち着いているどころか、いまだ魔楽器のひとつさえ召喚しょうかんしていない。


 対照的に盛りあがる三人組トリオのステージは、高度も対称的にじわじわとあがっていく。上空で旋回せんかいするキラメキ・クリスタルたちの輝きを、より多く浴びようとするかのように。


「あれがユニゾン・ステージの真骨頂しんこっちょうだ。こうけんの高い魔法少女をより目だたせるよう位置を変える。貢献度が低ければ下へ落ちる。1パート空いてて曲が完成しねえぶん、三人のステージも動きがニブいが……」

「一番終わるで、琉鹿子ォ!」


 息継ぎブレスのタイミングで、紫髪の野次が飛んだ。「ハズレ引かされてスねとるんかぁ!? けどウチら、バテてはやらんけえのぉっ!」


 降りそそぐ光と音楽。遠ざかっていくそれらを見もせず、琉鹿子はただ立っていた。


 そのひとりぶんの小さなステージに、不意の幽霊のように魔楽器が出てくる。

 松の枝のようなねじれあし鍵盤打楽器グロッケン。金色で美しいが、どこかつつましやかな小ぶりの鉄琴てっきん


「ハズレ……ですって」


 琉鹿子はその小さな楽器に話しかけていた。歩み寄り、短冊のような音板に指をわせ、


「かわいそうなグロッケンシュピール。あんな演奏も衣装も下品な人たちはほうっておいて……」


 かがんで頬を寄せると、音板の上に細い体で乗りあげ、そっとひれ伏した。

 口づけをねだるように。


「ルカコの楽団おうちにいらっしゃい?」


 背後で空間が歪む。

 見えない布を風が取り去ったように、黄金の巨大な魔楽器たちが姿を現す。


 猫足のグランドピアノ。


 球状にまとまった浮遊するドラムセット。


 金弦を放射状に張り人魚像セイレーンいただくグランドハープ。


 バイオリンの木。


「なにィッ!?」


 えたのはヨサクだ。

 目をいたあと、こらえきれずとばかりに口角をあげていく。「おいおいッ。マジかよ、お姫サマ……!?」


 ユウキも目をみはった。


 曲は楽器入れ替えのみの原曲仕様五重奏クインテット。楽器の枠が五つあるうち、四つがすでに取られている。残されていた一枠、原曲どおりの鉄琴・グロッケンシュピール以外に、四つすべてと同じものを召喚したということは――


「琉鹿子ちゃん、四つ……いや、五つぜんぶ獲りに行く気だ……ッ!」


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