2-4 やりますか?

「さかきッるかこォォッ!!」


 進行方向から。

 ふたりで振り向けば、車一台分ほどの距離をあけて、歩道の真ん中に女の子たちが立っていた。


 雀夜たちとは制服の違う三人組。四角い前襟まええりが特徴的な深緑色ふかみどりいろのセーラーワンピースで、うちひとりだけ厚手のショールを巻いている。背格好からして高校生。


「あら、いらしたのですね?」琉鹿子が声をかけた。「これから向かうところでしたのに」

「でしたのに、じゃねーわっ!」


 琉鹿子の返事を聞いて、三人のうち真ん中にいる少女の眉が跳ねた。


 長い髪を紫色に染め、眼鏡も紫のアンダーリムをかけた少女だ。ツーサイドアップにうしろ髪は三つ編み二本。さらに目立つ大きなちょうの髪飾り。思い思いにメイクやアクセを身に着けた三人の中でもやたらに頭部が忙しい。人懐ひとなつこそうで目もパッチリとしているが、いまは頬を真っ赤にして口もゆがめきっていた。


「もう一時間も過ぎとるやろうがッ。カラオケ延長しちまったやないかッ!」

「あら本当。楽しい時間が過ぎるのは早いですわ。ね、間鋼さん?」

「はい、楽しかったです」

「ふざっけんなッ!! テメエから場所も時間も指定しよったくせに! 怖じ気づいて逃げたんやないかってヒヤヒヤしちょりましたよコラァ!」

「逃げる?」


 がなりつづける紫眼鏡。人目も意に介さないほど怒り心頭の彼女を、琉鹿子はあくまで適当にあしらうつもりに見えていた。が、ここに来てその表情が消える。


「誰に向かってほざくんですの?」


 小さな体にもかかわらず、その声は巨大な金管楽器のように低く重く響いた。

 冷えた目でにらまれ、三人組が一様にひるむ。しかし紫眼鏡は生唾なまつばを飲んだあと、すぐに奥歯を噛みしめた顔でにらみ返してきた。


「テメエじゃ、琉鹿子ォ。今日こそねんの納めどきってやつを教えちゃるけぇの。ぜってー泣かし、て……え?」


 奇妙に勢いが落ちる。

 視界から琉鹿子が消え、視線をふさぐようにひとまわり大きな体が立っていた。


 琉鹿子と同じ制服で、色違いのスクールセーターを着たポニーテールの少女。スチールフレームの眼鏡の奥から冷めた視線を三人に送り返している。表情はなぎに等しく、熱くも冷たくもないが、そろって精々せいぜい中の下程度の背丈しかない三人組からしてみれば、得体の知れない雰囲気で見おろしてくる雀夜の長身は青ざめるに足りた。


「……間鋼さん? なにをしておいでですの?」

「え?」


 同じく視界をふさがれた琉鹿子が半目でたずねる。雀夜はきょを突かれた顔で振り返る。


「カツアゲではないのですか?」

「ちゃ、ちゃうわー!」と、反論できたのは紫眼鏡。


「いまの会話でそんな感じ一切しとらんかったやないか!」

「ギャルの口から『年貢』と」

「その言いまわしで金銭要求するほうがなんかキモいわ! 国語が得意で悪いかコラァ!」

さかきさん、その子だれ?」

「番犬ですわ」

「がおー」

「えぇぇ……」


 おずおずとたずねたのは、街路樹に寄りかかっていた黒髪に肌も黒く焼けた少女だ。さらりとした長い髪を少しだけ取って、右サイドでむすんでいる。前髪も長めで両目がほとんど隠れていたが、適当に答えた琉鹿子と調子に乗って手刀を構えた雀夜を見て途方に暮れているのは誰の目にも明らかだった。


「魔法少女……よね? 見ない顔だけど」


 ショールを巻いていたひとりもこんわくがおで首をかしげる。くり色の巻き毛にベレー帽をかぶった少女。三人の中では一番背が高く見えるが、それでも雀夜とはふたけたセンチ違いそうだ。


 実質三人とも、持ち直したようでどこかきょせいじみている紫髪も含め、雀夜の横入りに気勢をがれたようだった。


「琉鹿子さん、あちらの方々は?」その雀夜がいまになって問う。


「お隣りの地区エリアの方々ですわ」と琉鹿子。「間鋼さんのコミューンとは別方向の……あら? でもあなたたち、ひとり減っておりませんこと?」


 琉鹿子が水を向け直したとき、三人組をむすぶ空間がピリと張りつめたように見えた。


 その中でただひとり、紫髪の紫眼鏡だけが、うつむかずに琉鹿子を見る。さっきまでのせいのいい敵意とは違う、どんよりとした熱気をこめて。


「……辞めたわ、あいつは」

「まあっ」


 琉鹿子は口をおおって悲鳴じみた声をあげた。思ってもみなかったとなげくように。


「それはお気の毒に。向いてなかったんですのね。まぁ、あなたがた緑制服はご実家勢ですから、無理に欲をかいて続ける必要はないと思ってましたけど」

「いまのそっくりそのまま同じ台詞でトドメ刺したんやろうが、ドクソの琉鹿子がッ! 先に吹っかけたのがこっちでもなぁ、あそこまでされる筋合いはねぇンじゃッ。テメエのクビ取らんと、ウチらは気が済まんッ!」


 三人が一斉になにかを取り出す。

 水色、白、緑。色違いのリボンのようなもの。星形のチャームでおそろいのそれを、各人が首に巻く。


 契約のチョーカー。三人は魔法少女。

 雀夜は今度こそ目をみはった。


「琉鹿子さん、いったい――」

「今日は見学ですわ、間鋼さん」


 こともなげに、琉鹿子が前に出る。

 いつの間にか手に持っていた黄色いチョーカーを、指先にかけて回しながら。


「魔法少女はひとりじゃない。それも同じステージに、何人も同時に立つことだってできますの。手を取り合い、声を合わせ、より輝かしい舞台とすることも……」


 チョーカーを、首にはめる。


「でも……それだけじゃつまんない」


 甘えるようにささやいて、琉鹿子は花のチャームに指をわせた。

 それはなによりも愛しい、契約のあかし。どこよりも輝ける舞台の扉をひらく鍵。


 ルカコワールドるかこのせかいなら、にある。


「魔法少女は戦うためにつくられた。殴り、奪い、競いあうこともまた真理」


 いつくしむように、目の前の同胞どうほうたちにも手を伸ばす。


 さあ、歌おう、踊ろう。どちらかがどちらかをらいつくすまで――


「これが次のステイジ。マジカル★ユニゾン・ライブ・……とくとおたのしみを」

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