〜私の恋は妖精の魔法と少しのドジで始まりました〜
石田あやね
第1章【少女、妖精と出会う】
1話 妖精はおじさん
4月中旬。夜も更けた頃、彼女ーー
「月はあっちね」
ちょうど東の方向に大きな月が浮かんでいる。見事な満月だ。それを見るなり、先ほどよりも強くペダルを踏んだ。そう、葉月が向かうのはあの満月が最も綺麗に見られる場所。
何故、葉月がこんな真夜中に月を目指して自転車を走らせているのかというと、それは一週間前の友人のちょっとした提案がきっかけだった。
「いや、マジで葉月やばいって……うちらもう高校2年生だよ? 来年、受験だよ?」
今年から2年生に進級し、クラス替えで知らない顔もちらほら目立つ中、葉月の全てを知っているかのような口ぶりで話しかけてきたのは幼馴染の
昔から大人しく、本ばかり読んでいた葉月とは対照的に、柚子は活発で明るい陽キャタイプだ。ノリの良いムードメーカーでもある柚子の周りにはいつも人が集まっていて、初彼は小学校5年生の時のイケメンと有名だった同級生。葉月の記憶が正しければ、そこから高校生になるまでの間、彼氏が途切れたことは一度もない。今は一学年上の先輩と交際中だ。自分とは真逆な柚子が今でも変わらず友達と接してくれることを葉月は嬉しく思っていた。
柚子とは小学校からずっと同じクラスだったが、今回のクラス替えで初めて別々になってしまった。たかが幼馴染、クラスが離れればそんな繋がりなど無いのも当然。そう葉月は思っていたのだが、柚子はそうではなかったようだ。
「柚子、今日も可愛いね……ツインテール、すごく似合ってる」
質問の返事よりも先に、葉月は柚子を褒める言葉を投げた。一日一度は必ず自分に会いに来てくれる柚子を見ると、ついつい何かしら褒めたくなってしまうからだ。離れていても柚子のちょっとした変化も気付いているよと、自分なりに伝えたいという思いから会った時は必ず褒め言葉を言うことを心掛けている。
「え? ほんと? 今日は放課後デートなんだけど……少し巻いた方が可愛いかな?」
「そのままでも柚子は可愛いよ。けど、巻いてみてもいいかもしれないね」
「葉月は私見ても可愛いしか言わないから不安になるわー」
「ひどいな。可愛いから可愛いって言っただけだよ。誰に聞いても同じだと思うよ」
葉月は自前の小説を鞄から取り出し、栞が挟まれたページを静かに開く。
「葉月さん? 話を上手く逸らしたと思ってませんか〜?」
「あ、ごめんごめん。柚子を褒めてたら忘れてた……えっと、何の話だったっけ?」
「私のことはもうどうでも良いんだって……今は葉月! あなたの問題を話しましょうか」
「私の問題?」
葉月の前の席が不在なのをいいことに、柚子は自分の席かのように堂々と座る。そして、葉月の手にあった開きかけの小説を強制的に閉じて隅へと追いやってしまった。
「葉月、もう高校生でいる時間はあと僅か……3年生になれば進路の話ばかりになっちゃうんだよ!?」
「私は就職するつもりだから受験とかはないから安心して」
「そういう事を言ってるんじゃないの!! 葉月、恋愛をするなら今しかないんだよ!? このまま彼氏も出来ずに卒業を迎えてもいいの!?」
この世の終わりでも近付いているのかと思わされるほどの迫力と物言いに、葉月は思わず苦笑いを浮かべる。
「そうは言っても……恋愛はしたくてできるものじゃないんだよ? お互いが恋に落ちて初めて恋愛ができるの。私だけ頑張っても恋愛はできないよ?」
冷静に返すと、柚子は深い溜息をつく。
「葉月、今は女子も前に出なきゃ恋愛なんて出来ない時代だよ!? 奥手な男子もいるんだから、ちょっとでも良いなって思う人がいるなら行動しなきゃ……てか、葉月は今気になる人とか居ないの?」
「んー」
葉月は目線を斜め上に向け、しばし考える。
「いない、かな?」
「葉月のクラス、結構イケメン率高い方なんだけどな」
「別にイケメンが好きってわけではないよ」
「もしかして今も理想は王子様とか言わないよね?」
柚子の指摘に葉月は首を傾げた。
「王子様みたいな人は探せばいるんじゃない?」
真顔で即答する葉月に呆れを隠しきれず、柚子は今回2度目の溜息を盛大についた。
「それはあれだ……妖精にでも頼まないと葉月の王子様は現れないんじゃないかな」
昔から本が大好きな葉月を知っていた柚子は、半分冗談でそんな台詞を零す。だが、それは葉月には意外に刺さってしまったようだ。さっきまでとは打って変わって、目をキラキラと輝かせ始める。
「妖精か……それは考え付かなかったよ! 試してみる価値はあるね!!」
「ぇえ……マジで言ってんの?」
先程よりも呆れ顔が濃くなる柚子を気にすることもなく、葉月は妖精の呼び出し方をスマホで検索し始めた。
そして、一週間後の今日。葉月は行動に出たのだ。
自転車を走らせること30分。大きな自然公園へと辿り着く。平日でも人が多く集まる場所だが、夜ともなれば誰一人歩いている気配がない。普通であれば不気味に感じるかもしれないが、頭上に輝く満月の明るさでそれは半減された。
「準備よしっ!」
川の近くにしゃがみ、葉月は満月に向かって静かに唱える。
「妖精さん、どうか私の声をお聞きください。自然の力を秘めたあなたにお願いがあります……もしも叶うなら私の前に姿を現してください」
目を瞑り、周りの音に耳を澄ませる。穏やかな川の水音、時折吹く風の音、風に揺れる草木の音。その中に違う音が微かだが混じる。葉月は期待を込めてゆっくりと目を開いた。しかし、目の前には変わらず大きな満月が浮かんでいるだけで他には何もない。羽音のような音を聞いて、もしかしたらと思ったがどうやら虫が耳元を過っただけのようだった。
「お供物、足りなかったかな?」
妖精のために、キャンディや金平糖などお菓子を持ってきていた。ふっとそちらに目線を落とすと、ガラスの器に入れたお菓子の上に何か小さな物体が乗っている。
「やあ、ボクを呼んだのは君かな?」
背中に生えた半透明な羽根、純白の生地を身に纏った小さな人の姿をしたそれはパッと見た妖精のようだった。だが、葉月の顔は真顔になり、首を傾げる。
「あなたは……妖怪さんですか?」
月明かりを反射するほどのツルツルな頭部、綺麗に整えられた口髭、腰を縛っている紐に乗っかる贅肉。それは葉月の想像していた妖精とはまるで違った姿をしていた。
目の前にいたのはどう見てもおじさんだった。
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