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「棚橋 じん様! 陽子ようこ様! 佳美奈かみな様! 志門しもん様! いかがですか! 棚橋家の新しい住宅は!」


 キンキンと甲高い声が脳髄に響く。意図せず眉間に皺が寄る。ハウスメーカー営業員の儀武ぎぶ君枝がロボットの足元で両手を広げていた。

 彼女は我が家を担当しているのだが、その甲高い声と芝居じみた言動がどうしても好きになれない。いや、それはともかくちょっと待て。


「儀武さん、あんた今なんて言った?」

「いかがですか! 棚橋家の新しいは!」

「住宅? どこにそんなものあるんだ?」

「見えませんか? この洗練された二足歩行の芸術品が」


 俺は儀武とロボットを交互に見た。


「ひょっとして、このロボットのことか?」

「このロボットです」

「これが住宅?」

「はい、これが新しい住宅です」


 もう一度ロボットを見る。儀武が言うにはこれが住宅らしいが、窓や屋根もおろか、玄関すら見当たらない。足があって腕があって胴があって頭があってゴテゴテとした飾り付けがある。これのどこが「住宅」なのだろうか。


 辺りを見回す。

「ドッキリ大成功!」なんて看板を持った人間やテレビカメラがあるのではと思ったが、そんな気配は一切無い。ただ、喜色満面な儀武と俺の家族がいるだけだ。


 どうしてこんなことになったのだろう。

 今日までの経緯を一旦整理してみよう。


 1ヶ月前、築30年の中古物件である我が家をリフォームしようと決めた。

 予算は1000万だ。

 業者は、知り合いからも、口コミサイトからも評価の高い、知世ちせ建設にすることにした。

 それから、家族と儀武と、綿密に打ち合わせた。俺や陽子はもちろん、子供たちの要望も取り入れた快適な住まいにするために、とことん話し合った。

 案が固まると、リフォームに取り掛かった。その間、義父母の家にお世話になった。

 リフォームは2週間で終わった。

 リフォームが完了したという旨の連絡があったので、我が家のある場所まで来た。整理終わり。


 駄目だ。


 状況を整理したところで「リフォーム」から出発した道が「ロボット」に辿り着かない。新千歳空港発の飛行機が火星に到着するまでのルートを考える方がまだ現実的だ。


「それでは中を見てみましょう!」


 儀武が右手を大きく上げて先導する。考えたところで何か解決するわけでもないので、とりあえず中を見てみることにした。

 ロボットの爪先まで向かう。近くで見ても、やはりロボットはロボットだ。


 俺は、巨大ロボットなるものが、あまり好きではない。いや、はっきりと嫌いだ。特に「スーパーロボット」と呼ばれる、大袈裟なギミックで装飾デコレーションされた機械人形が大嫌いだ。

 概ね、デザインが過剰でダサい。あんなデザインが許されるのは神輿くらいだ。それに「戦闘用」を謳うには、無駄が多すぎるのだ。だいたい二足歩行という時点で戦闘には向いていない。あんな形状は「私は的です」と宣言してるようなものだ。戦闘に特化するなら、人型にするという時点で悪手も甚だしい。


 近くに寄ると、ゴッテゴテに装飾された悪趣味な部品が、より詳細に見えてしまうので、思わずため息をついてしまう。技術力の高さは窺えるからこそ、こんな無駄なことに使うのが残念でならない。


「では仁様、こちらに触れてください」


 儀武が示した先にはマークがあった。志門が目を輝かせてる。おそらくの琴線に触れるデザインなのだろう。そのマークに手のひらを乗せる。


「おおー」


 なんの変哲も無いと思われた壁に縦の光が走り左右に開く。俺以外の3人が歓声を上げる。


「最新の生体認証システムです。棚橋家の皆様でしたら、触れるだけで扉が開きます」

「え!マジで?オレもやりたい!」

「志門、後にしなさい」


 息子の手を無理矢理引いて、扉をくぐる。中は、いかにもなロボットの内部だ。剥き出しの金属が、カラフルなライトに照らされている。バブル時代の東京かよ。


「こちらがエレベーターです!」

「おおー」


 カプセルのような形をしたエレベーターだ。壁が透けていて、このロボットの剥き出しの機械の部分が見える。また歓声が起こる。気が滅入っているのは俺だけのようだ。俺は普通の家に住みたいだけなのにどうしてこんな遊園地みたいな造りにされているのだろか。この調子だと、家の中がどんなエキセントリックな出来栄えになっているか、不安でしょうがない。

 エレベーターの扉が開く。そこにあったのは、普通の一般建築の玄関だ。ひとまず胸を撫で下ろす。

 玄関は、ロボットの中身として考えるとではあるが、住宅の入口としては、なかなか良いと思った。広々としていて収納も多く、4人家族が目一杯使っても手狭さを感じさせないだろう。タイルは大理石調であり、荘厳さすら感じさせてくれる。おまけにバリアフリーだ。足の悪い母親が来ても対応できる。俺はエレベーター内で靴の泥を丁寧に落として、玄関に入った。


「こちらがリビングです!」

「おおー!」


 今度は俺も歓声を上げた。

 まず目に入ったのは窓だ。壁一面に広がる大きな窓から、函斗市の景色が一望できた。函斗山も、赤レンガ倉庫街も、津軽海峡もよく見える。無意味に高さがある分、眺めは良い。

 リビングは、とても広々としていた。ホワイトウッドのフローリングは、清潔感を醸し出している。採光窓が至る所にあり、リビング全体が柔らかい光に満たされている。脳内で家具を配置する。思わず、口元が緩みそうになる。


「わあ!とっても広くて使いやすそう!」


 陽子が、キッチンスペースでくるくると踊っている。確かに、広い。今までの家だと、肘を縮めながら料理をしていた。陽子はあちこちを見て、コンベクションオーブンはどこに置こうか、食器棚はどこに置こうかなど、配置を考えている。

 志門と佳美奈はそれぞれの部屋ではしゃいでいた。今まで、一つの部屋を無理矢理二つに区切っていたから、気分が上向くのはとてもわかる。

 自分の部屋も確認する。とても広い。本棚とパソコンデスクとベッドを置いても、まだスペースが余りそうだ。内装だけ見たら最高のリフォームじゃないか。内装だけ見たら。


「父ちゃん! 風呂もめっちゃ広いぜ!」


 志門が大声を上げる。風呂場に行くと、息子が浴槽の中で横たわってクロールっぽい動きをしている。何をしているのだ。

 ただ、たしかに広々としていて、快適そうではある。設置されたタッチパネルを見る限り、自動のお湯張りや、追い焚き機能もついているようだ。これで体を折り曲げて浴槽にうずくまる生活からさよならできる。

 いやあ、とても良い家だ。


 ロボットであることを除けば。


「ところで儀武さん」

「はい、なんでしょう!」


 相変わらず、甲高い。


「なんで、この家は、その、ロボットに?」

ロボットです!」

「…なんでこの家はスーパーロボットに?」

「あれ?話し合いでそう決まりましたよね?」


 儀武は怪訝そうに眉を潜め、首を傾げた。

 我が棚橋家の面々は、いつ家をロボットにしたいなんて言っただろうか?


 記憶を呼び起こす。


 1ヶ月前、俺たちは知世建設のミーティングルームで、リフォームの方針について話し合っていた。

 儀武が資料をプロジェクターに映しながら、要望を聞いていた。

「皆様のご要望をおっしゃってください!まずはお父様から!」

「とにかく、隙間風と日当たりを改善して欲しい。あとは風呂が狭くて寒いのを、どうにかして欲しいかな」

「私は台所を広くして欲しいわね。カウンターキッチンにして、リビングを見えるようにしてもらって、収納も多くしてもらえると」

「オレはカッコいい家!」

「私は、志門と部屋を分けてもらえたら、あとは何でもいい」


 回想終わり。


「いや待て、今のどこにロボットになる要素がある」

「スーパーロボットです。志門様がカッコいい家とおっしゃったので」

「その要素だけ取り入れすぎだろ!」

「やめてください、あなた。こんな良い家なのに」

「そうだよ父ちゃん! この家カッケーじゃん!」

「カッコいいんだから、多少のことは多めに見なよ」


 なんだこれは。

 家族は皆、非難の目でこっちを見ている。俺に味方はいないのか。誰一人として、この状況に疑問は無いのか…ん?

 警報。突然鳴り響いた。

 部屋が暗転し、赤い光が明滅する。


「うわわわわ!?」

「敵襲です!」


 儀武が叫ぶ。


「いや敵襲て!」


 儀武が前方を指差す。遥か先、津軽海峡上空にロボットがいた。ふわふわと浮かんでいた。


 そいつも、無意味に人型二足歩行ロボットだった。

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