第51話 花火3・特別

 体が熱い。それは夏の熱気にやられた訳ではなく、風華と手を繋いでいるからだ。


 遠くから聞こえる祭り囃子ばやしよりも心臓が早く鼓動している気がする。手汗が凄い。風華は不快じゃないだろうか?


 凄く不安で、心配で、まるで子供になったような気分だ。


 なんでこんなに意識してしまうんだ。ただの恋人ごっこ遊びじゃないか。意識するな意識するな。ただちょっと肌が触れ合っているだけだろ。


 ……そう思いたいのに、風華が少し強く手を握ってくるだけで顔が熱くなる。あぁ情けない。


 感情がまとまらない中で、俺は風華に手を引かれるままに人混みをかき分けていく。


 気づくと少し開けた場所に出ていた。


「何か食べますか?」


 ふん、屋台のぼったくり価格の食いもんなんてくわねぇよ。金ないしな!


おごりますよ?」


「チョコバナナとトルネードポテトとリンゴ飴とたこ焼きとベビーカステラとイカ焼きと綿菓子と焼きとうもろこし食べたい!」


「お子ちゃまですねぇ」


 なんとでも言うがいい。俺は人の金で食べる飯が好きなんだ。


 さすがに全部は食べられないし、わずかに残っていた良心が痛んだので、たこ焼きだけ買って貰った。


 ベンチに座ってたこ焼きを頬張る。祭りの雰囲気と、人の金で食べるというスパイスのお陰で一層おいしく感じる。


「風華は食べないのか?」


「私は飲み物だけでいいです」


 そう言って缶ジュースを飲んでいる。なんだろうダイエット中か? 別に太ってないし、それどころかスタイル抜群なんだが。む、胸もあるし。


「もうすぐ花火の時間ですよ。もう少し見やすいところに行きましょうか」


 再び手を握る。またドキリとする。全然慣れない。周りを見る余裕もない。風華の手と辛うじてヒマワリ柄の浴衣の袖が目に入るだけ。


 その時、腹の底に響くような爆音が鳴った。いつの間にか打ち上げ時間になっていたようで、花火が上がっていた。


「あちゃあ、もう始まってしまいましたねぇ」


「別にここでもいいんじゃないか? 結構見やすいし」


「そうですね。人も少ないですしね」


 手を握ったまま、上を見上げる。色とりどりに咲いては散る花火。美しくて幻想的だけど、俺は風華の手に意識を持っていかれて集中できないでいた。


 ふと、風華の方を見てみた。横顔が花火の光に彩られて綺麗に見える。


 風華が視線に気づき、こちらと目を合わせた。


「キス、しますか?」


「……えっ?」


 ききききキスぅ!? 今確かにそう言ったよな!?


 そ、それはさすがにライン越えじゃないか? 確かに付き合っているけど、それはおままごとのようなものだし、口づけはやり過ぎだよな?


 それとも最近の女は簡単にキスするものなのか? 欧米みたいに挨拶がわりにやっちゃうのか?


 戸惑っていると、風華が俺の手を離して自分の口の前でバツ印を作った。


「ぶっぶー、時間切れです。残念でしたー!」


 舌を出して悪戯いたずらに笑う風華。


 その行動にホッとした気持ちと、ガッカリした気持ちが同時に沸き起こった。


 もし俺が即答してたらどうしてたんだよ。


 ……まぁ俺がするわけないと見越しての言葉だよな。そうだ、そうに決まっている。


「お、おう、そうか」


 とだけ言って花火に視線を戻した。どんな大きな音も、綺麗に咲く花火も頭に入って来ない。ただ流れる景色を目に収めるだけ。


 風華の唇の残像が脳を過ぎる。キスってどんな感じなんだろ。そういやさっきたこ焼き食べちゃったの良くなかったかな。もしかして風華がジュースしか飲んでなかったのって……バカ、何も考えるな。すべて偶然に決まっている!


 そのあと結局、花火が終わるまで風華の顔をまともに見ることができなかった。

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