第23話 買い物1・ドワーフ

 服装特番で紹介する乃和木風華の私服を買うことになり、俺は駅前でその女が到着するのを待っていた。


「お待たせしました!」


 乃和木は花柄のワンピースを着用していた。かわい……ふん、まぁまぁだな!


「どもっす」


「あれあれ? 今日はいつものシマウマみたいな服じゃないんですねぇ」


 どうせ俺は貧弱草食系だよ!


「悪目立ちしたくないんで無難な格好にしてみたっす」


 今日の俺は白のシャツに黒のジャケットを羽織り、下はジーパンを穿いている。俺の中で無難な格好だ。これもババアが買ってきたもので、いつもはドブ柄やゲロ柄を買ってくる中で唯一許せるものだった奇跡の一着だ。


「確かに量産型大学生みたいでいいですねぇ」


 ふん、どうせ大人の服装なんてわかんねぇよ!


「それでどこに行くんすか?」


「分かりません」


「え、じゃあどうするんすか?」


「もうすぐ助っ人が来るので大丈夫ですよ」


 マズイ! 怖いお兄さんか!? 彼氏か!? 枕の相手か!?


 身構えていると背後から声が掛かった。


「お待たせしましたわ」


「えっ」


 俺は思わぬ人物に真実の口のごとく、あんぐりと口を開けてしまった。


「響さん、おはようございます!」


 びびびびビッキー!? あの人妻三十五歳俺の最推しお天気キャスターの鳴神響ことビッキー!?


 黒髪ショート、鋭角ぎみの目尻。気品あふれるたたずまい。紛れもなく本物だった。


 服も高級そうな白のシャツと細身のジーパンをサラリと着こなしており、有名人オーラがダダ漏れだ。


「そちらの方が私的なマネージャーさん?」


「はい、まぁまぁ役立つ人です」


 私的なマネージャーってなんだよ。誤解生みそうなワードをビッキーに吹き込むのやめろ。つーかビッキー来るなら言っとけよ。そしたら顔をいつもより入念に洗ってきたのに。


「あ、九森空雄って言うっす。漢数字の九に、森林の森、青空の空、英雄の雄って書くっす!」


 我ながら完璧な紹介だぜ。


「ご丁寧にありがとうございますわ。真面目な方ですのね」


 はい! マジメだけが取り柄です!


「ただの小心者ですよ」


 黙れ! 事実を言うな!


 その後、ビッキーから小洒落た上級国民名刺を貰って自己紹介タイムは終わった。


「さて、お二人とも行きましょうか。ちなみに予算は決めてますの?」


「うーん、十万円くらいですかねぇ?」


 服に十万だぁ? 贅沢いってんじゃねぇぞ上級国民めぇ!


「そこまでお金をかける必要はないですわ。高いお洋服はファッションというものの解像度が上がってからにした方がいいと思いますの」


 さすがビッキー、庶民の金銭感覚も把握している!


「では99999円にします!」


 お前は小学生か!


「あはは……それで私が決めたお店で買うということでいいんですの?」


「はい! 空雄さんは無能なので響さんにお任せします!」


 お前も無能だろが!


 その後、駅から少し歩いて服屋に着いた。小洒落たミミズがダンスしたような筆記体で書かれた看板が掲げられている。もちろん読めない。


 二人に連れられるようにして中に入ると、女の服の迷宮が広がっていた。


 ひぇぇ、俺入っていいの? 逮捕されない?


 一日放置した風船くらい縮こまる俺をよそに平然としている女性陣は会話を始めた。


「どういう服が好みとかありますの?」


「似合うならなんでもいいですかねぇ」


「似合う似合わないより好きかどうかで選ぶべきですわ」


 ひゅー、いいこと言う! さすがですビッキーさん!


「じゃあ漢字Tシャツにします!」


 お前はとりあえずTシャツで笑いを取ろうとするおちゃらけた大学生かよ。


「どうしても好きなら止めはしませんけれど、気象キャスターとしてはあまりオススメ出来ませんわね。イメージは大事ですのよ」


「分かりました! では覆面被ります! これでキャスターだとバレません!」


 コイツには捻くれた発想しかないのかよ。


 ビッキーも苦笑いしている。かわいい。


 少し奥に入り、上の服のゾーンに来た。


「夏も近いのでノースリーブにしますかねぇ」


「いいですわね。私は二の腕が気になるのであまり着れませんけど」


 プニプニしてるのかな? かわいい。


「ただ、その前に梅雨ですわ。雨で体が冷えたり、室内はエアコンを稼働していたりしていなかったりするので服装が難しいんですの。なのでノースリーブなら何か羽織るものも用意した方がいいですわね」


 なるほどなー。


「目からドラゴンですねぇ」


 鱗を触媒しょくばいに竜を召喚してんじゃねぇぞ。


 次に下の服のゾーンに来た。


「私も響さんみたいなパンツスタイルにしようかなー」


「私は膝まわりが気になるのでパンツスタイルなのですわ。ネットでも言われているの見かけますし」


 エゴサとかするんだ。かわいい。


「風華ちゃんは足もお綺麗ですし、スカートがオススメですわね。先程言った通り梅雨なので、雨や泥が跳ねて裾が汚れてしまいますから少し短めにした方がいいかと」


「ではフンドシにします」


 スカート消失してんぞ。


 そして、気になる服をあらかた眺めた後。


「私は頼んでおいた衣装を取ってくるので少し二人で見ていてくださいな」


 と言って奥へと消えていった。乃和木と二人になる。最悪だな。


「あ、空雄さん見てください! コスプレ衣装がありますよ!」


 この服屋なんでもあるな。ファンタジー世界でなんでも作れるとおなじみのドワーフが経営してんのか? ビキニアーマーもワンチャンありそうだな。


「どんなコスプレが好きなんですか? お姉さんに教えてみてくださいよ、ほれほれー」


 肘で突いてくる。お前は下世話なことばっか聞いてくるめんどくさい親戚のオッサンかよ。


 肘を払い除けながら、とりあえずコスプレ衣装を眺めてみる。


 好きなコスプレねぇ。やっぱりチアガールかな。高校の頃、淡い恋心を抱いていた女の子がチア部だった。俺みたいな暗くてジメッとしたナメクジみたいなやつにも優しくて明るい子だった。


 出来もしないのに告白しようかなとか考えて、デートとか妄想してたなぁ。結局、サッカー部のイケメンと付き合っていることが発覚して無事脳を破壊された訳だが。クソッタレ!


「そんな真剣な顔でチア服みてどうしたんですか? まさかそれを着て私を応援したいと!?」


 着たくないし、お前を応援したくねぇよ!


「着たくないっす」


「じゃあこっちのスク水ですか?」


 もっと嫌だよ! 捕まるわ!


「どちらかというと響さんに着せたいですよね」


 おいおい、人妻のスク水姿なんて誰得なんだよ。俺得です。


「そっすね」


「うわー、変態ですぅー!」


 誘導尋問やめろ!


「ところで私はこの枝豆が気になります」


 はぁ? 枝豆?


 見ると枝豆のサヤ型コスプレ衣装があった。


「あはは、似合いそうっすね」


 皮肉。


「ですよねぇ! 私ったら何を着ても完璧に着こなせますからねぇ!」


 コイツは言葉の裏を読むことしねぇのかよ。そりゃ言葉選びも悪いわな!


「そういえばコスプレ七変化で着る服決まったんですよ」


 そうか、まだ何着るかは決まってなかったんだよな。


「へぇ、何になったんすか?」


「悪魔、巫女、メイド、猫、警察官、サンタクロース、魔法少女です」


 季節感も統一性もないクソみてぇなラインナップだな。ただ、ビッキーも着るらしいし、メイドだけはグッジョブだな。早くみたいなー。


 にやにやしていると、ビッキーが戻ってきた。おっと、顔を引き締めないと。こんなだらしない表情見られたらビッキーにドン引きされてしまう。


「お待たせしましたわ。風華ちゃん、これ着てみてくださいな」


 手に持っていた服を乃和木に渡した。


「あ、これって“お天気魔法少女ハレルヤ”のコスプレ衣装ですね!」


 お天気魔法少女ハレルヤとは、天気をモチーフにした魔法少女アニメだ。


「ええ。コスプレ七変化の最後に着る服ですわ」


 緑を基調としたセーラー服っぽい衣装だ。


「私も着てみたのですけれど、この歳になってセーラー服を着るとは思いませんでしたわ。鏡を直視できませんでしたの。仕事なので着ますけれど、今から視聴者の方々のお目汚しにならないか心配ですわ……」


 ギャハハ! たしかに人妻のセーラー服コスプレなんて誰得なんだよって話だよな! 俺得です。早くみたいです。


「お目汚しだなんてそんなことないっすよ。その、いつ見ても、どうな服着てても、き、綺麗だと思ってるっす」


 言えたぁ! 俺史上最大のファインプレー!


「またまたぁ、空雄さんってば心にもないことを言っちゃってぇ」


 あるんだよ! お前と違って!


「それじゃあ着替えてきますね。空雄さん、決して覗いてはなりませんよ?」


 鶴の恩返しみたいに言うな! 覗いたら捕まるから覗かねぇよ! ばーかばーか!


 とはいえ、目の前で待機していると通報されそうなので少し離れて、服を眺めているフリをする。ビッキーはトイレに消えていった。


 一人でどうしたらいいんだ。こういう時エレベーターがあればなぁ、ずっと流れる数字を眺めていられるのに。


 仕方なく、目の前の服の模様でゴールのないあみだくじをしていると、試着室のカーテンが開かれて着替え終わった乃和木が出てきた。


「じゃーん、どうですか?」


 セーラー服もどきに、膝より少し上くらいの短いスカート。


 綺麗な足に思わず目を逸らす。……似合っていると思う。見た目は綺麗だしな。中身は汚いけど。


「ふふ、素敵ですわ。ただ、緑なのでクロマキーに注意ですわね」


 クロマキー? 聞いたことあるな。助っ人外国人か?


「クロマキーってなんでしたっけ?」


「あれぇ? 空雄さん、そんなのも知らないんですかぁ?」


 出たな、隙あらばマウントクソ女。


「クロマキーというのはクロマキー合成のことで、映像編集技術の一つですよ。天気予報や空の映像の前で重なるようにお天気お姉さんが天気を紹介してたりするでしょう? 映像の部分に当たる背景は大体グリーンなので、緑色の服は自分も映像と合わさってしまうのでNGなんですよ」


 そういえばそんなのあったな。コイツが天気予報やらないから忘れてたわ!


「あーそれっすか」


「分かっていただけましたか? こんな博識の私が緑の服を着ていくなんてミスする訳ないですよね」


 フラグにならないといいがな!


 その後、ビッキーに乃和木風華の服を見繕ってもらい、会計を済ませて服屋から出た。


 疲れたなぁ。女と買い物って気を遣うわ。小心者の俺には向いてないな。


 俺が内心ため息をついている中、乃和木がアホヅラで服屋の看板を見上げていた。


「あ、ところでこのお店の名前ってどう読むんですか?」


「ドワーフですわ」


 ドワーフの店だった!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る