第8話 弱男の仕事
ひとまず食レポの練習が終わり、乃和木風華がおごってくれると言うので、俺の分の昼食をとるべく外食することになった。ファミレスがいいと言うので今向かっている途中だ。
「おっとっと」
乃和木がふらついている。足元を見ると、かかとの高いヒールを履いていた。
「今日はヒールなんすね」
「そうなんです。やっぱり他のキャスターを威圧するには高さって大事だと思って。普段履かないヒールを買ってみたんです」
物理的に抜いてどうすんだよ。フォロワー数抜けよ。
「まぁ外見から入るって大事っすよね」
精一杯のフォロー。俺っていいやつ。
「そう、高さこそ正義です!」
バカと煙は高いところが好きというしな。
乃和木が産まれたての子鹿みたいに足をガクガクさせながら歩いていく。
コケそうになりながらも無事にファミレスに着いた。ヒヤヒヤしたわ。ムダにストレス溜めさせんじゃねぇぞ。
「いらっしゃいませー。二名様でよろしいでしょうか?」
「はい」
案内されて席に着いた。店内は昼のピークを過ぎているせいか割と空いている。
「空雄さんはタバコって吸いますか?」
「いや。親父が酒とタバコでポックリいっちまったっすからね。反面教師的にやらないようにしてるんす」
ま、金がないってのが一番の理由だけど。俺って意志が弱いから一度ハマると抜け出せなくなるしな。
「偉いですね」
なんだまともなこと言えたのか。ちょっと怪しいけどな。
「別に、普通っすよ」
「話してくれて嬉しいです」
は、はぁ? 俺はただ隙あらば自分語りしたかっただけなんですけどー?
「い、いいからメニュー見ようっす」
「私、ファミレスってあんまり来ないから新鮮です」
上級国民めぇ。
「俺もあんまり来ないっす」
お前と違って金がないという理由でな!
「好きなもの頼んでいいですよ」
じゃあメニューにある一番高いものを、と言いたいが小心者の俺ではそんながめついことは言えない。ああ俺のマイリトルハートよ、もっと嫌な奴になれよ。
「じゃあ唐揚げ——」
「楽しみです空雄さんの食レポ」
げ、そういうことか。俺にやらせて参考にする気だな。コイツ意外と考えてやがる。
「んじゃあラーメンにするっす」
食レポにラーメンがあるからな。俺って優しー。
「私はお腹いっぱいなのでデザートだけにします」
そして店員に注文し終わる。
さて、料理が出てくるまでの時間どうすっか。女と会話しないから何話していいか分かんねぇよ。男とすら続かねぇ俺には難易度が高過ぎる。
早くラーメン来てくれぇ、と思っていると乃和木が話しかけてきた。
「空雄さんって働いてるんですか?」
誰がニート顔だよ。
「一応、工場で働いてるっすよ」
「へぇ、どんなことをするんですか?」
「コンベアーに流れてくる謎の部品と謎の部品を組み立てる仕事っす」
「……え? 謎のって……あ、企業秘密的なやつですか?」
「いや、本当に分からないっす」
「え、怖いです怖いです。それ法に触れたりしてないんですか?」
「大丈夫大丈夫。いざとなったら夜逃げするから」
「厄介事に巻き込まないでくださいよ」
巻き込んでるやつが言うんじゃねぇよ。
そうこうしているとデザートが先に運ばれてきた。洒落たガラスの器に入ったパフェだ。
甘いものいいなぁ。外で甘いもの食うなんて五年くらい前にクレープ食べて以来ないなぁ。それというのも、クレープを買った時、プリンみたいな髪色の知らない女子高生に『オッサンが甘いクレープ食ってんじゃねぇぞ』と言われて心が折れたせいだ。
オッサンが甘いクレープ食ったらダメなのかよ。おかずクレープならいいんですかぁ? てかその時まだ二十前半だぞ! 誰がオッサンだよ!
……パフェひとつでクソエピソード思い出せる俺ってすげぇよな。すごくねぇよ。
「どうしたんですか、そんなジロジロみて。……ハッ、まさかこのピカピカのガラスの器が欲しいんですか!?」
俺はカラスかよ! パフェ本体を見てるに決まってんだろ!
くっそー、腹が減ってイライラする。早くラーメン来てくれぇ。
「ところで空雄さん、副業に興味ないですか?」
あっ……。遂にネズミ構の勧誘が来たか!? それとも怪しい新興宗教に入信して信者集めたらインセンティブあげますとかか!? やっぱりそういう人間だったか! クズめ!
俺が身構えていると、店員がラーメンを運んできた。
「お待たせしました。こちらラーメンセットになります」
「続きは食レポの後、ということで」
クソ、生殺しかよ。集中できねぇよ。とか考えていたが結局腹の虫が“オナカヘッタヨー”と鳴き始めたので食べることにした。
対面からじっと見つめられている。よく考えたら若い女と食事するなんて小学校の給食以来だな。やべ、緊張する。
「まずはスープから。……うん、コクがあって美味しいっすね」
コクってなんなのか知らないけど。
「コクってなんですか?」
おいやめろ掘り下げるな。
「えっと、ほらあれだよ、深み的なやつ」
「…………」
無言で
気を取り直して麺を食べる。
「こ、このラメーンはツルツルして美味しいっすねー」
やべっ、ラーメンと言うべきか麺と言うべきか迷った末に噛んだ。
「ラメーンってなんですか? ツタンカーメンの親戚ですか?」
ニヤニヤしている。コイツ……当事者じゃなくなった途端に偉そうにしやがって。
「このチャーシューは柔らかくて口の中で溶けるっす」
「私は歯応えのある方が好きですけどね」
お前の宗派は聞いてねぇんだよ!
「メンマはコリコリで味が濃くて美味いっす」
「メンマって実は割り箸を食用に加工したものなんですよ」
はいはい、よくオッサンが言ってくる嘘ね。
「知ってる。割り箸よくオカズにしてるっすから」
「え?」
「先っぽを焼き肉のタレに漬けておくといい感じに味が染みてくるんすよ」
「……やめてください。聞きたくないです」
「それでごはん一杯は食えるんでタレの節約になるんすよ。あ、もちろん二度漬けはしないんで衛生面の対策もバッチリっす」
「聞きたくない聞きたくない。私が悪かったです。ごめんなさい」
貧乏なめんじゃねぇぞ、上級国民め。
「んじゃ気を取り直して次はネギ食べるっす。……うん、シャキシャキで風味があっていいっすね」
「私のようにシャキっとしてますね」
お前と対極にある言葉だよ。
「この海苔はスープがいい感じに染み込んで美味いっす」
「ノリを食べるタイミング遅いですね。スープが染み込む前のパリパリのうちに食べないと」
だからお前の宗派は聞いてねぇんだよ! 好きに食わせろ! 戦争っすっか? おおん?
難癖クソ女に邪魔されながらもなんとか食べ終わる。
「ふぅ。まぁこんな感じで困ったら擬音使っとけばいいっすよ」
「なるほど。マスターしました。これで食通を名乗ってもよさそうですね」
真の食通に三枚に下ろされてしまえ。
「さて、空雄さん。食べましたね? それじゃあ折り入ってお願いがあるんです」
なんだなんだ。さっきの副業の続きか?
「私の出ている放送の切り抜きをして欲しいんです」
食ってから言うとは策士、いや腹黒だな。
「あー、人気になるには必要っすもんね」
人妻の鳴神響ことビッキーやフォロワートップのキャスターも動画の切り抜きによって人気が爆発したと言ってもいい。ひいては、天天天気という会社自体、それで知名度を上げたのだ。
「それで得た収益は全部空雄さんのものにしていいですよ」
「んー、そう簡単じゃないっすよ。総再生数だったり、チャンネル登録数だったりが結構必要っすから」
ネットでもコミュ障な俺がまともに宣伝できるとは思えないし、俺が切り抜き上げたところで効果はなさそうだよな。しかも不人気なコイツの動画とか誰が得するんだよって話だし。
「それに俺のオンボロパソコンじゃ動画編集なんてハイスペックなことできないっすよ」
今や起動するだけで音痴のセイレーンみたいな声で鳴くんだぞ。
「なら買ってあげます」
「じゃあやるっす!」
「はやっ」
そりゃそうよ。
「空雄さん五月三日の誤算の日が誕生日でしたよね」
うんうん、俺が生まれたことが誤算だったね。やかましいわ! そんな嫌な日じゃねぇよ! 憲法記念日だよ!
「もうすぐその日ですし、誕生日プレゼントということで」
マジか。身内以外から誕プレなんて貰ったことねぇぞ。ましてやパソコンなんて高級品貰って大丈夫なのか?
去年なんて
俺のクソエピソードはともかく、なんか怖くなってきたな。パソコンにウイルスでも仕込まれて犯罪に使われたりするのか?
「えっと、ホントにいいんすか? そんな高級なもの……」
「やだなぁ、そんな安物いくらでも買ってあげますよぉ!」
上級国民の金銭感覚滅びろ!
で。
モヤモヤしつつも、会計を済ませて外に出た。
「じゃあ私はタクシーで帰るので」
たたたたタクシー!? 上級国民だなぁ!?
「あ、カレーごちそうさまでした」
あんなゴミでよければいつでも作るよ。にっこり。
「いやこっちこそラーメン助かったっす」
「お陰で凄いことに気付かされました……お肉って重要なんですね」
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