【完結】弱男だけどなぜかお天気お姉さんと付き合うことになった件
一終一(にのまえしゅういち)
第1章 弱男だけどなぜかお天気お姉さんと付き合うことになった件
第1話 ちょっとだけ勇気の湧いた日
「うわ、出たよご報告」
俺こと
画面には好きな女性声優の結婚報告が表示されている。
また俺を置いていくのか。完全に自分勝手な被害妄想だが心の中でくらい言わせてくれ。
俺の好きになった女達はみんな脳を破壊していく。
人気アイドルのバスツアーに参加した時はいきなり妊娠報告され、長年追っていたアニメにはヒロインをNTRされたあげく、アニメから卒業しろ的なことを演出され、VTuberにハマるも謎の男の声が割り込んで来てその後彼氏がいます報告をされ、女はこりごりだと砂漠のLIVE映像にのめり込むもそこでも可愛い動物の交尾を見せつけられてまたも脳を破壊された。
逃げ場を失った俺は仕方なくアニメに戻って脳を破壊されまいと百合アニメに没頭していたが、ちょっと声優ラジオを覗いてハマったのが運の尽き。結果がこれだ。男に興味ない設定はどこにいったんだよ。
どこまで俺を追い詰めたら気が済むのか。俺はただ、かわいい女がかわいいことをしているのを見たいだけなのに、気付けば視界に肉棒が混ざってくる。ああ地獄。
俺は金なし、女っ気なし、夢も希望もなしの俗にいう弱者男性で、虚無な生活を送っている。だからせめて小さな楽しみくらい嫌な思いをせずに見させてくれよ。
「はぁ、死にてぇ」
スマホを片付けて汚い天井を見上げる。哀れな人生だなぁ。ま、いいや。さすがに脳破壊ばっかで慣れたわ。帰るか。
「お疲れっしたー」
若い女っ気のない職場の工場から外に出ると、しとしとと雨が降っていた。
「お、傘持って来といて正解だったな。お天気お姉さんのお陰だぜ」
脳を破壊され続けた俺はこんなこともあろうかと、次に逃げる場所を探しておいた。それがお天気を二十四時間たれ流すLIVE動画番組だ。
その番組ではお天気お姉さんがずーっと天気に関する話をするだけ。
それの何が面白いかというと、まず癒される。俺みたいな寝ても覚めても疲れ切っている男には心の清涼剤になるのだ。
また、生放送ならではのハプニングもあり、お天気お姉さんが笑ったり焦ったりする姿がかわいいし面白い。
考えてたら早く見たくなっちゃった。急いで帰ろう。
スマホを濡れないようにビニール袋へ詰めるため中学から使っている汚い、じゃなかったヴィンテージ風のカバンを漁ると見覚えのない傘が入っていた。
「あれ、折りたたみあんじゃん」
一際大きなため息を吐きつつ、折りたたみを奥に封印し、代わりにボロいビニール傘をさして帰路へと着く。
「はぁ、どうせなら土砂降りがよかったよ」
土砂降りの日なら雨に気を取られて考えないが、こういう傘を撫でるような優しい霧雨の時にはついナイーブなことを考えてしまう。
——俺の人生は今、消化試合の中にある。
これからどんなに頑張っても、無能な俺では大金持ちにはなれないし、美人や性格のいい女とも結婚できないだろう。
残るは親の介護や死、自身の病気や事故などネガティブなイベントしか残っていない。
少し前は一発逆転を狙って宝くじを買っていたけれど、それすら金がもったいなくて買わなくなった。この先、誰かに感動ポルノの逆的な憐れみポルノとして消化されるだけだろう。
いや、それもないか。俺が死んでも誰にも知られず、土の一部に成り果てるだけだよな。
「何かになりたかったなぁ」
特別な何かになりたかった。自分だけ一番になれる何かが欲しかった。いや、一番じゃなくてもいい、二番でも三番でもよかった。だけどそれすらも届かない。
ダメだダメだ。ネガティブになるな。マイナス思考になったって何もいいことないって知ってるだろ。伊達に三十年近く生きてねぇんだよ。
うん、ポジティブに行こう。そう俺は今からお天気お姉さんを見て癒されるのだ。らーらららー!
ミュージカル映画なら傘を放り投げて踊り狂うところだが、残念ながら現実でやると警察のお世話になるのでやめておく。
内心浮かれ気分で道を歩いていると、前方に白いゴミ袋のような塊を発見した。
「……ん?」
目を凝らすと、足を抱えてうずくまっている人間のようだった。
黒髪ロング、白いシャツに茶色いスカート。どうやら女のようだ。女装しているおっさんかもしれないが。
どうせドライブ中に彼氏の機嫌を損ねて置き去りにされたんだろ? このビッチが!
なんてことは言えるわけもなく、そのまま息を殺して横を通り過ぎる。触らぬ神に祟りなしだ。
無事に曲がり角を曲がる。さすが俺、ステルス性能だけは一流。が、ふと思い立って、足を止めた。
普段小心者の俺だが、数年に一回、勇気の湧く日がある。それは喜怒哀楽の感情が揺さぶられた時が多い。今日は声優に脳を破壊された怒りと悲しみ、それとこれからお天気お姉さんを見るという喜びと楽しさのフルコンボで勇気MAXだ。
「傘を渡す、だけだ」
くるりと踵を返して、角から恐る恐る覗いてみる。まだうずくまってるな。周りに怖いお兄さんは……よし、居ない。
いや待てよ。もしかしたら幽霊の可能性もあるよな。足は……あるな。結構綺麗な足してんじゃねぇか、ぐへへ。じゃなくてさっさと行けよ俺。これじゃ不審者だぞ。不審者みてぇなもんだけど。
とにかく足を速めて女の目の前に立つ。そっと深呼吸。
「あの、えっと、傘よかったら……どぞっす」
ビニール傘の方を差し出す。こっちの微生物柄の折りたたみをあげるとババアがキレるからな。にしても気持ち悪い傘。ゲームだったら毒を付与する系の武器だな。
傘に嫌悪感を抱いていると女がそっと顔を上げた。泣き腫らした目元を持ってなお綺麗な顔をしている。タイプじゃないけど。二十代前半かな。ま、女の見る目がない俺には分からないけど。
「ありがとう……ございます」
よく通る声だな、と思った。接客業の人間だろうか。ま、どうでもいいか。
「……それじゃあ、さよなら」
キザな男なら小洒落た台詞でも言ってナンパするんだろうが、コミュ力ゼロの俺にはこれが限界だ。踵を返して帰路に着く。
「待ってください!」
突然の女の声に肩が跳ねた。振り返ると綺麗な瞳が真っ直ぐに俺を見ていた。
「あ、あなたゲーム好きそうな顔してますね!」
誰がオタク顔だよ。
「はぁ……?」
「お願いがあるんです! 助けてください!」
「要領を得ないっすけど」
「漫画、アニメ、ゲームを教えてください!」
「はぁ? ……いや無理っす」
「漫画、アニメ、ゲームを教えてください!」
「いや、無理っす」
「漫画、アニメ、ゲームを教えてください!」
はいと言わないと進めないRPGかよ。
手を掴まれてブンブンされる。え、怖い怖い。新手の
クソ、ミスったな。話し掛けるべきじゃなかった。
ああ後悔よ、なぜ先に立たない。
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