第21話 到着

 夜の帳が下り、夜鳥の鳴き声が世界に木霊する、午後八時。

 皇来から車を走らせて目的地である山城小学校前に到着し、私は車の停止と同時にドアを開けて外へ出た。

 道中は予想通り。皇来を抜けて山道に差し掛かったところで舗装された道路は終わりを告げ、そこから先は荒れた道を進む羽目になった。ガタガタと進むたびに車は揺れ、車体は伸び放題の木や草で傷がつく寸前。そんな中を史輝は運転しづらそうにしつつも何とかハンドルを操り、ここまで来てくれた。かかった時間も予想通りの三時間。長い時間を運転してくれた彼には感謝しかなかった。

 運転席で車を離れる準備を整えている史輝から視線を外し、私は頭上に広がる夜空を見上げた。ここは標高が高く、皇来よりも気温が低い。また周辺に光源がほとんど存在しない上に空気が澄んでいるので、星がとても綺麗に見ることができた。明るい満月があるというのに、それでも満天と言える光景だ。都会では、こんな星空を見ることはできない。

 暇があれば近くにテントを張り、時間が許す限り、この美しい景色を目に焼き付けて居たい。そう思ったけれど、残念ながら今は暇な時ではない。その願望を叶えるのは、音葉でもわからないほど時間が経過した頃になりそうだ。

 星々が放つ瞬きに目を奪われていると、車の扉を閉める音が聞こえた。そこを見ると丁度、史輝が車から降りてこちらへ近づいてくるところ。どうやら、準備は終わったらしい。

 彼は軽く頭を下げつつ、私に近寄った。


「お待たせしました」

「待ってないよ。ここまでありがと。帰りもよろしくね」

「わかっています。しかし……本当に人の気配がありませんね」


 私の労いに返事をし、次いで史輝は周囲を見回した。

 今、この場所には私と史輝以外の人間は存在しない。ここは元々田舎で人口が少ない場所であったが、戦争によってさらに人口の流出が加速したらしい。それ以前から、首都である皇来が比較的近くにできたことで、そちらへの移住者が増えたとか。十年もしないうちに、ここは廃村のようになるのではないかと言われている。

 人がいなければ光もない。だからこそ、これだけ見事な星空を見ることができるのだろう。人間がいなければ自然は美しくなるとは、何という皮肉か。


「今日が満月の日で助かりましたね。月の光がなければ、何も見えないところでした」

「そうだね。流石に星が綺麗でも、真っ暗な学校近くを歩くのは御免だなぁ」


 月明かりに恵まれた幸運に感謝しつつ、二人は丈の短い雑草が生い茂った奥へと足を進めた。

 進む感覚もまた、夢と全く同じだ。砂利を踏みしめる時に伝わる感触、靴と擦れる音、雑草が放つ植物の香り。夢の中では現実のように思えたけれど、今はその逆、夢の中にいるのではないかと思えてしまう。

 違う。今、自分は現実にいる。

 自分自身に言い聞かせ、私は周囲を見て呟いた。


「何も、片づけられてないんだね」


 私の視線の先にあったのは、古びた木造の校舎。窓は幾つも割られており、下にはその破片が散乱している。当然、明かりは一切ついておらず、付近には──帝国軍の紋章が入る、折れた旗が落ちていた。旗は煤汚れ、銃弾によって穴が穿たれ、誇りも名誉もない状態で雑草の上に捨てられている。

 戦争の残骸とも呼べるそれを眺めると、同じものを見ていた史輝が言った。


「あの旗を見ていると、戦争の名残を感じられますね」

「そうだね。最近まで大きな戦いがあって……大勢が命を散らしたことを、実感するよ」


 打ち捨てられた旗の中には、赤い血痕が付着しているものもあった。飛び散ったのか、それとも拭ったのか。詳細はわからないけれど、見ていて気分の良いものではない。


「……嫌だね。家族が帰りを待つ人が、無駄に命を散らしてしまうのは」


 その独り言に、史輝は何処か悟りを開いたような、淡々とした声で言った。


「それが、戦争ですから」

「……そうだね」


 それ以上、私は何も言わなかった。

 戦争自体は嫌だと思う。やめてほしいとも、今後、起きないでほしいとも。

 だが、それは叶うはずのない願望だ。人間という生物が地上にいる以上、戦争は必ず起きる。全ての人間が同じ考えや、願望や、欲望や、宗教を持っているわけではない。それら全てが争いの火種になり、大きな戦いへと昇華するきっかけになる。戦争はいけない。争いはなくさなくてはならない。そんな言葉は歴史の中で幾度なりともあげられてきた。しかし、どれだけ声を上げても、人は同じ歴史を繰り返す。その本質は石器時代どころか、原始の時代から何も変わっていないのだ。

 虚しさを心に抱きながら考え、私は用のない校舎から少し離れた川沿いを歩く──と。


「──あった」


 前方に探していたものを発見し、私はそこに向けて指をさした。

 川沿いに立つ、一本の桜。春を象徴するそれは満月の白い光を受けて輝き、美しさを際立てていた。夢と同じく枝を覆う花は満開。一足先に寿命を迎えて散った花びらは、根元の地面を同色に染め上げている。全てが散るころには、土の色が見えなくなるだろう。

 行こう。言って、私は史輝を伴って桜の木へと歩み寄った。


「さて、ここからどうしたものかな」


 枝の真下で立ち止まり、私は両腕を組んだ。

 夢の景色はここまでだ。ここから先は、私の考えに従って行動しなくてはならない。本音を言えば、ここに来れば自ずと何かわかるだろうと思っていたのだが……現状、何か得るようなものは見つけられていない。史輝にお願いして連れてきてもらった以上、何の成果もなく帰宅するという結果は避けたい。

 次の行動に、選択に行き詰まり、私は何となしに桜の幹に手を当てた。


「……何を伝えたいんだろうね」

「それは、魔骨のことですか?」


 私の独り言に史輝が尋ねる。声に出ていたか、と意図せずに零れた言葉に苦笑しつつ、私は頷いた。


「あの魔骨は間違いなく私を、私たちをここに導いた。何の意味もなく導くものなんてないから、きっと、ここで何かをしてほしいんだと思う。でも、それは今の私にはわからない。流石に、何のヒントもなしに宝を見つけることはできないよ」


 時間が無限にあるのだとすれば、もしくは大人数の人手があれば、発見することもできるかもしれない。その二つとも、この場にはないけれど。


「せめて宝の地図みたいに、手がかりになるものがあれば話は別なんだけど……」


 言ってみるものの、当然そんなものは存在しない。

 一先ず、周囲の散策から始めようかな。

 桜の木から手を放した私は水面に月を映した川を一瞥し、史輝にやることを伝えようと振り返る。と、そこで気が付いた。


「史輝?」


 史輝が自分ではなく、近くに転がる大きな石を見つめていることに。表面に桜の花びらを纏ったそれは楕円の形をしており、やや重そうに見える。

 自然と同化しているそれは、その場所に存在していることに違和感を持つようなものではない。だが、私には史輝が何の変哲もない石を見ている理由がわかった。目を離さずにはいられない理由が、はっきりと。


「……先生」

「わかってる……来てたんだね」


 私は子供に声をかけるような声音で言い、石の傍で膝を折った。

 石の上に、魔骨が乗っていた。透花様の元に突然現れた、あの鳥の形状をした魔骨が。どうしてここにいるのか、どうやってついてきたのか。移動手段は全く見当がつかない代わりに、どうしてそこにいるのかはわかった。

 この石の下に何かがある。理由を説明することは難しいけれど、何となく、私には魔骨が自分にそう訴えていることがわかった。直感という他ないが、それに間違いはないことは断言できた。


「史輝。この石、どかすことってできる? 結構重いかもしれないけど」

「お安い御用です」


 私の頼みに応じ、史輝はすぐに石へ近づく。上に乗っていた魔骨を地面に下ろした後、ちゃぶ台返しをするように、石を持ち上げ転がした。

 露わになった石の下には、植物が一切生えていない土の地面。

 ありがとう、と史輝に礼を告げた私は、手が汚れることも厭わずにそこを掘り始めた。土を掘ることになるとは思っていなかったので、スコップなどは持ってきていない。だが掘るだけならば両手があればできる。近くに綺麗な川があるのだから、汚れた手はそこで洗えばいい。


「……先生らしいと言いますか」


 そんな私の考えを全てわかっているように史輝は苦笑しつつ、私と同じように両手で地面を掘り始めた。

 一体、何が出てくるのだろう。ここに埋まっているものは十中八九、あの魔骨が透花の元に現れた理由を示すものである。残念ながら、今の私には見当もつかなかった。

 でも、予想なんてしなくていい。見つければ、答えがわかるのだから。

 その一心で地面を掘り、土を掻き出す作業を続けること、数分。


「先生、もしかしてこれが……」

「うん。どうやら、これみたいだね。魔骨が示していた物は」


 土を掘る手を一度止め、私たちは地中から全体の一部を露出させた物体を注視した。

 出てきたのは、刀の頭と思しき部分だ。土を被り汚れてはいるが、何処かの家のものと思しき家紋が彫られている。史輝はそれに手を伸ばして引き抜こうとするものの、びくともしない。全体がまだ、地中に埋まっているのだろう。ならば、しっかりとそれを掘り起こさなければ。


「目標は見えた。あと少し、頑張ろう」

「えぇ」


 今一度気合を入れ直した私たちは刀を地上へ出すために、土を掻き出す作業を再開した。

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