第9話:人喰い

アバディーン王国歴100年9月25日、王都王城王宮、国王視点


「私はこの世界を管理し、人族を導く精霊だ。

 はっきり言う、この国の人間は滅ぼさなければいけないくらい堕落した。

 本来なら、警告なしに問答無用で滅ぼすべきほど堕落している。

 ただ、その堕落に手を貸したのが、この国を管理していた最下級精霊だ。

 その点を鑑みて、最低限の慈悲を与える事にした。

 僅かでも良き心を持つ者は、蝗に喰われないようにした。

 だから急いで王都から逃げろ。

 1カ月後に王都に残っている者は救いようのない極悪人として滅ぼす」


 そんな言葉が王都中の人間の頭に響いたのは、蝗が現れた次の日だった。

 その日から丁度一カ月経ったが、王都の人間はほとんど減らなかった。

 

 王都中の人間が王都の城門から逃げようとしたが、ほぼ全員が蝗に身体中を喰われて逃げ戻って来た。


 まともな姿をした者はほとんどいなかった。

 両耳と両眼玉を喰われ、手足の指はなく、内臓が垂れ下がった無残な姿で、這いずりながら戻って来た。


 余は悪くない、悪いのは、建国王陛下の精霊が最下級だと伝えなかった先祖だ!

 最下級精霊を最上級精霊だと見栄を張った健国王だ!


 余だって、王家が契約している精霊が最下級だと知っていたら、精霊が渋っていた聖女召喚を強行したりしなかった!


 いや、建国王陛下が子孫に嘘をついていたとは思えない。

 乱世を苦労して統一された建国王陛下だ、嘘偽りが国を滅ぼす事は誰より知っていたはずだから、どこかで話が歪められたのだろう。


 四代王だった兄上は仁君だった。

 私や弟にもとても優しく接してくれていた。

 あの兄君が、私の嘘を伝えるとは思えない。


 あれほどの仁君だった兄上なのに、何故か子宝に恵まれなかった。

 流産や死産ばかり続き、失意のうちに急に亡くなられたから伝えられなかったのかもしれないが、あの兄上がこんな大切な事を伝え忘れるだろうか?


 兄上からは何も聞かされず、兄上の重臣だった者から遺言として伝えられた?

 いや、違う、余は遺言される前から知っていた。

 兄上が王位を継がれる前から、王家の精霊は最上級だと言われていた。


 そうか、父上か、三代王の父上が話を捻じ曲げたのだ!

 ……情けない事だが、父上、三代王は少し精神がおかしかったと聞いている。


 確かに父上は感情の起伏が激しかったし、幼い子供だった私が疑問に思うくらい、おかしな事を口走っていた。


 父の愚かな言動が、余やチャールズを苦しめているのだ。

 余やチャールズが悪いのではなく、父が悪いのだ!


 それに、賄賂を受け取って神々の禁忌を破ったのは契約していた精霊だ。

 あいつがやらなければ、人間に召喚魔術など使えなかったのだ。


 全て精霊が悪いのに、何故、余とチャールズが罰を受けないといけない?

 最下級精霊を管理していなかった上級精霊の方が悪いだろう!


「ギャアアアアア」


 まただ、また聞こえてくる。

 どれだけ耳を塞いでいても、他の事を考えていても、聞こえてくる。

 人が生きた人を喰らう地獄の音が!


 厳重に守られた王宮の奥深くに籠っても、その光景を見ないで済むだけで、何故が音だけは聞こえてくるのだ。


 それに……この耐えがたい飢餓感……

 食べても食べても、吐くまで食べても満腹にならない。


 王宮や王城の騎士や徒士が、王都の食糧を徴発した時が最初だった。

 抵抗する平民を、騎士や徒士が見せしめに殺したはずだった。


 身体中に剣を受け、心臓を貫かれたはずの平民が反撃してきたと言う。

 何の武器もなく、爪で引っ掻き口で噛みつくだけの反撃なのに……


 どれほど斬っても死なない相手に勝てるはずがなかった。

 最初はせせら笑って平民を斬っていた騎士や徒士も、徐々に恐怖に囚われて逃げ出そうしたようだが……


 周りを平民に囲まれて逃げられなかったそうだ。

 最後は、生きたまま飢えた平民に喰われた……喰われたのに死ねない!


 生きたまま耳を食いちぎられる。

 目玉を引きずり出されて喰われる。

 腹を食い破られ、内臓も引きずり出されて生きたまま貪り食われる。


 それなのに、ある程度喰われたら身体が再生してしまうのだ。

 再生した身体を一から喰われるのだ。


 未来永劫終わる事の無い地獄。

 これが上級精霊が言っていた異世界の地獄なのか?

 こんな地獄に落ちなければいけないくらい悪い事をしたと言うのか?!


 今も王宮の表では貴族や騎士が互いに喰らいあっている。

 余も飢餓感を我慢できなくなったら人を喰ってしまうのだろう。


 いや、その前にチャールズに喰われてしまうだろう。

 今は牢に閉じ込めているから大丈夫だが、ここに逃げ込んでいる者の誰か1人が正気を失ってしまったら、その時が最後だ。


 どうすればこの生き地獄から逃げられる?

 何をすれば許されるのだ?!

 カーツか、異世界の神々とも対等に話せると言うカーツに詫びれば良いのか?


 少なくとも上位精霊に何を言っても無駄だろう。

 連中は、自分たちが処罰されないように、人間に罪を押し付けているのだ。

 精霊たちの悪事を神々に伝えるにもカーツが必要だ。


 どうやればカーツを味方にできる?

 カーツを裏切ったカミラを差し出せば味方に取り込めるか?

 考えろ、考えるんだ、チャールズを差し出さなくていい方法を考えるのだ!


「父上、腹が減った、腹が減って死にそうだ。

 あんたの失政の所為でこんな目にあったんだ!

 喰わせろ、あんたの肉を食わせろ!」 

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