第7話:飢餓

アバディーン王国歴100年8月24日、王都王城侯爵邸、カミラ視点


 いたい、いたい、蝗に食べられた身体中の傷跡が疼く。

 王宮の治療術師に、傷跡1つ残さないよう治させたのに、痛みが治まらない。


 王太子、父、国を見限って逃げようとしたけど、逃げられなかった。

 何かあった時の為に誘惑していた騎士たちに守らせて逃げようとしたのに……

 鼻先も見えなくなるくらいの蝗の群れに邪魔されて逃げられなかった!


 私と同じように逃げようとしていた連中も、全員蝗に身体中を喰われた。

 平民が戻っていないと言うから、全員喰われたに違いない。

 私たち貴族や騎士と違って、身体を守る防具が貧弱だから当然だ。


 王都の治療術師に治させても痛みが取れなくて、王都城門近くで休んでいた。

 そこに王家の騎士がやって来て、王宮に連れて戻された。


 正確には、逃げられずに倒れて動けなかったのだけれど、侯爵令嬢の誇りにかけて本当の事は言えない、王太子の為に公子を討ち取りに行ったのだと言い張った!


 王太子と王、父は疑わしそうに私を見ていたけれど、逃げ損ねた貴族や士族が全員同じことを言っているから、とても全員は処分できない。

 処分しようとしても、私たちの方が多いから戦いになったら勝てる。


 それに、王や父は私の裏切りを確信しているようだけれど、馬鹿な王太子は私の言い訳を簡単に信じる。


 どれほど見え見えの裏切りをしても、私の言い訳を簡単に信じる。

 でも、失敗だった、私とした事が、男を見誤ってしまった。

 馬鹿で権力がある男の方が操り易いと思っていたのに。


 王太子は馬鹿過ぎて操りようもない!

 私の意図を理解できないほど馬鹿だとは思っていなかった。


 手取り足取りすれば何とかなると思っていましたが、感情のままに暴走してしまうから、細かい失敗が積み重なって取り返しがつかない大事になってしまいます。


 こんな事なら、まだ公子の方がマシだった。

 能力も権力も王太子に劣ると思っていたのに、とんでもない力を隠していた!

 公爵家の権力が必要ないほど強いとは、思ってもいなかった。


 王都から出られさえすれば、必ずやり直せる、魅了できる。

 私の魅力に抗える者などいない!

 私がその気になれば、公子も骨抜きにできる。


 全ての罪を父、公爵、王太子、王に背負わせればいい。

 4人を殺す事ができれば、公子は絶対的な権力を手に入れられる。

 4人を殺す手引きをすれば、私は新王国建国の功労者になれる!


 私の魅力で骨抜きになった公子は、私を王妃にするに違いない。

 ふっふっふっふっ、思っていたよりも早く女王に成れるかもしれない。


 以前の計画だと、4人を殺して女王になるまで10年かかると思っていた。

 でも公子が一気に4人を殺してくれれば、後は頃合いを見て公子を殺すだけ。

 その後は良い男を囲い込んで酒池肉林を楽しむの!


「お嬢様、王太子殿下が来られました」


「『蝗に喰われた傷が痛むからお会いできない』と言ってと言っておいたでしょう!

 伝言1つまともに覚えられないの!愚か者!」


「それが、王位継承に関する重大な話があると申されまして……」


「どけ、邪魔だ、侍女の分際で俺様の邪魔をするとは何事だ、死ね!」


「キャアアアアア!」


 本当に馬鹿はどうしようもないわ!

 何かあったら直ぐに剣を抜いて殺してしまう。

 私が教えた、徐々に痛めつけて楽しむ風情を直ぐに忘れてしまう。


「あら、侍女の教育が悪くて申し訳ありません。

 王太子殿下が来られたら直ぐにお通しするように申し付けておりましたのに、役立たずにも程があります」


「そうか、そうだろう、おかしいと思っていたのだ。

 カミラが俺様の訪問を嫌がるはずがないからな」


「はい、私の心は常に殿下を思っております。

 蝗に身体を食べられる危険を冒したのも、殿下の害になる公子をこの手で殺したい一心からでございました」


「分かっている、カミラの余に対する愛は良く分かっている。

 余は分かっているのだが、耄碌した王には理解できないようだ。

 王だけでなく、カミラの父親である侯爵すら分かっていない。

 あんな惚けた連中は殺して、余が王になった方が国の為だ、手を貸せ」


 この馬鹿が!

 王と侯爵がいるから、貴族も騎士もお前の言う事を我慢して聞いているのよ!

 2人を殺してしまったら、貴族士族が自分を殺しに来る事を分かっていない。


 そうは言っても、無闇に反対したら私が先に殺されてしまう。

 この馬鹿は、自分の思い通りにならないと直ぐに切れて剣を振り回す。

 王太子だから抵抗できないだけなのに、自分は強いと思い込んでいる馬鹿!


「はい、命を懸けてお手伝いさせていただきます。

 ですが、父も国王陛下も手練れの護衛に守られております。

 確実に殺すためには、王太子殿下に忠誠を尽くす騎士が必要でございますが、残念ながら王太子近衛騎士団はまだ戻ってきておりません」


「そのような事は言われなくても分かっている!

 分かっているから、カミラの護衛を貸せと言っているのだ!」


「王太子殿下、私の護衛も父に雇われております。

 私よりも父の命令に従うのですよ?」


「役立たずが!

 お前に魅力がないから、侯爵の命令を優先するのだ!

 お前に魅力があれば、騎士たちも侯爵の命を奪う、役立たずが!」


 役立たずの魅力なしはお前だ、王太子!

 お前に魅力があれば、貴族も騎士もお前を奉じて父と王を殺しているわ!


「申し訳ございません、ここは王太子殿下の魅力で貴族と騎士を集めるのです。

 王太子殿下が兵を募られたら、直ぐに万余の兵が集まりますわ!」


 あ、いけない、余りにも腹が立ってできもしない事をやれと言ってしまった。

 本気でやってしまったら、愚王は兎も角、父が王太子を殺しかねない。

 公子に取り入る手柄を、父に与える訳にはいかない。


「ですが、高貴な王太子殿下が直々に動かれる必要などありません。

 いえ、王太子殿下から動かれると、軽々しいと言われてしまいます。

 ここは貴族や士族が頼んで来るのを待ちましょう。

 私も王太子殿下の評判が落ちないように、自ら動かないようにしたします」


「うむ、そうだな、余から動くのは軽々し過ぎるな。

 カミラが動くのも、余がやらせているように見えてしまう。

 分かった、これも人の上に立つ者の苦労だな。

 自ら動かず下の者に頼まれてから動くべきだ」


 自分に言い訳するのだけは本当に上手い。

 いえ、私が投げた命綱に捕まって近づいてきただけね。

 私が助けてやらなかったら、命じたのに誰も言う事を聞かず恥をかいていた。


 恥をかくだけなら良いけれど、下手をしたら貴族や士族に捕らわれていたわ。

 貴族も士族も、自分だけは助かりたいと思っているから、必死だわ

 誰が考えても、生き残る方法は公子に取り入るしかないもの。


「殿下、今直ぐ国王陛下の所に参りましょう。

 国王陛下の元には近衛騎士が集められています。

 彼らなら、殿下の想いを察して動いてくれるかもしれません」


「なに、そうか、近衛の連中ならまだましかもしれぬ」


 愚かな、近衛だからこそ王太子がどうにもならない馬鹿だと知っている。

 王の勅命が無い限り、絶対に王太子の命令には従わない。

 彼らだって、公子が王都に残っていたら恥も外聞もかなぐり捨てて媚びているわ。


「急げ、急いで地方に連絡しろ、このままでは王宮の食糧が尽きるぞ!」

「分かっています、王都の備蓄を集めるように命じています」

「駄目です、王都の食糧を徴発に行った者が戻って来ません?」

「どうなっている、平民を殺してでも持ってくるように命じただろう?!」


 何なの、何を慌てているの、食糧の話をしているの?

 ああ、そうだわ、私が王都を逃げようとした時も、侯爵邸の食糧を持ち出したわ!

 王宮から逃げようとした騎士や徒士も、王宮の食糧を持ち出したのね!


「王太子殿下、急に持病の腹痛が始まってしまいました。

 申し訳ありませんが、国王陛下の所には1人で行ってください」


 王太子が何か叫んでいるけれど、相手をしている余裕はないわ。

 何を置いても食糧を確保しないと、飢え死にしてしまうわ!

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