生活のシネマ・エッセイ

山原倫

序幕


 映画じたいをひとつの体験として捉えるのなら、映画は鑑賞者の生活をも包含するはずだ。映画体験とは、「日常→非日常→新たな日常」という往還の構造をもつ。映画をみるとき、僕たちは明るく照らされた日常生活から抜け出して、薄暗い映画世界の入口に立つ。そこには無数の宇宙が口をあけている。


 僕の書く文章は、けっして「批評」などと呼び表されるものではない。上述した往還構造に照らしてみれば、ちょうど「非日常」から「新たな日常」への移行作業の産物、とでも言えばいいかもしれない。「日常=秩序」「非日常=混沌」と整理してみるなら、「新たな日常」に戻るためには「新たな秩序」を作り出さねばならない。人間が社会的動物である限りにおいて、「混沌」は一時的な祭りでしかあり得ない。僕たちはどこかの段階で素面に戻る必要があるのだ。


 これらのエッセイのなかには、僕じしんの生活が色濃く反映された文章もある。もともとは日記として書いたものだ。あまりに自分自身に引きつけて作品を解釈しようとする観方は、一方で作り手の意図を無視し、作品を歪めて受け取りかねない。ここのところは自分のバランス感覚を信じるほか無いが……。むろん、誤った知識や認識があるのならその都度改めていきたい。


 便宜上、各エッセイには番号を振ってあるが、どこから読んでもらっても一向に差し支えない。気になるタイトルがあれば、そこから読んでもらえれば良い。映画のネタが割られている場合もあるので、そこだけは予めご容赦願いたい。


 さて、前口上が長すぎてもいけない。潔くここで序幕を終えることにしよう。

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