035:親友とサムズアップ

「おっ、隼兎。宣伝お疲れさん」

「純平!」


 着替えスペースに入ると純平が衣装を選んでいるところだった。

 そういえば純平は小熊さんと同じ第2班だった。

 他にも第2班の男子もいる。準備の時間になってたのか。


「ナイスタイミングだ隼兎」

「ん?」


 どういうことだろう。


「どれ着ていいかわかんないから、隼兎が選んでくれ」


 あっ、そういうことか。

 親友が困ってるんだ。助けてあげないとね。


「えーっと……純平は消防隊員とか似合いそうだよ」

「――ダメ!!!!」

「へ!? こ、小熊さん!?」


 吃驚した。小熊さんの大きな声が突然隣の女子の着替えスペースから。

 この声量……僕たちに向かって言ってるよね?


「純平くんは執事服にして!」


 やっぱりこっちに向かって声をかけてきてる。

 小熊さんの意見は絶対だ。


「だってよ」

「なんで小熊に決められなきゃいけないだよ。隼兎の意見を聞いてんだよ」

「僕も執事服がいい。消防隊員なんて論外。本当に論外。小熊さんの意見に賛成」

「お前……それでいいのか。まあいいか。そんじゃ執事服にするわ」


 純平は執事服に着替えを始めた。

 僕もこの着ぐるみをいい加減脱がないとな。

 でもなんで小熊さんは純平に執事服を選んであげたんだろう。


「お、俺……わかった気がする」

「え? 何が?」


 着替え中の純平が小刻みに震え始めている。

 緊張しているような感じに見える。

 文化祭で緊張するような性格じゃないのに。どうしたんだろうか。何がわかったのだろうか。


「きっと……れおれおが来る」

「れおれおが? あっ、昨日小熊さんが来るって言ってたもんね」

「その通りだ。そんで俺と小熊は同じ班。れおれおが小熊の文化祭に遊びに来るのに、この時間に来ないはずがない。だから小熊は俺に少しでもまともな衣装を――執事服を着るように促した」


 推しが来るのに変な格好じゃかっこつかないってことか。

 小熊さんはそれをわかってて純平に執事服を選んだんだ。

 さすが小熊さん。なんでもお見通しってわけか。全知全能の神こそくまま様だ。


「ご明察っ! れおれおにいいところ見せてあげなさいねっ」

「ありがとうよ。小熊。だけど、俺、緊張して役に立てないかもしれない」

「れおれおにかっこ悪いところ見せたいの?」

「…………お、おう。頑張るわ」


 純平の表情が少しだけ和らいだ気がする。

 仕切り越しでも力をくれる小熊さんは、まさに天使! 女神! くまま様だ!

 そんなくまま様とこのあとツーショットチェキを撮れるんだって思うと、喜びで気を失いそうだよ。

 着ぐるみのまま倒れるのも恥ずかしいから、とりあえずは制服に着替えておかないとな。


 僕も純平たち第2班と一緒に着替えを始めた。

 まあ、僕と第2班の着替えの目的は違うんだけどね。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


「第2班〜。そろそろ交代の時間だから準備ができてる人から仕事を始めて〜」

「「「はーい」」」


 第1班の人の声だ。おそらく長峰さんだろう。

 長峰さんの指示で第2班が動き出したぞ。

 僕も一緒に着替えスペースから出ることにした。

 だって、この仕切りの先、カーテンの向こうには……天使がいるんだから。


「がはッ!!!!」

「ガハッ!!!!」


 僕と純平が同時にダメージを受けた。

 純平も僕と同じ光景を見てしまったのだろう。そうじゃなきゃ僕と一緒にうずくまっていないはずだから。

 僕と純平が見た光景……それは――


「「……ダブルチャイナ天国」」


 天国そのもの。口にした『ダブルチャイナ天国』というネーミングに卑猥なものを感じてしまったが、2人で真っ先に浮かんだ言葉なのだから、このネーミングは間違ってはいないはず。

 だって本当にダブルチャイナで天国なんだもん。

 って、え? なんでれおれおもチャイナ服着てるの?

 れおれおはうちの生徒じゃないし、というかいつから着てたんだ?

 いや、それは僕が考えることじゃない。純平の役目だ。

 僕が考えなきゃいけないのは……小熊さんの方だ。

 ――くっ、可愛すぎて直視できない。

 ここまですごいのか。チャイナドレスってやつは。


「破壊力ハンパじゃねーな」

「まったくその通りだよ」


 純平の言う通り破壊力がハンパじゃない。

 これ……チェキ撮れるのだろうか。

 ダブルチャイナを前に立ち上がることができるのだろうか。


「俺は行くぜ……仕事しなきゃだからな」

「む、無理だ。そんな体で……死んじゃうかもしれないよ」

「もし、俺が死んだら……墓にれおれおとのチェキを入れてくれ」

「純平……本気なんだね」

「あぁ……本気だ」


 純平の本気は伝わったよ。

 でも純平ひとりにはさせない。だって僕たちは親友だから。死ぬときは一緒だよ。だから一緒にダブルチャイナに立ち向かおう。


「僕も一緒に行くよ」

「隼兎……」


 僕と純平は互いに支え合いながらなんとか立ち上がった。


「純平くんはれおれおの接客お願いねっ。隼兎くんはあっちの席ねっ」


 立ち上がったばかりの僕たちに小熊さんからの容赦ない指示が。

 一歩踏み出すのがやっとだと言うのにっ。


「純平くんはれおれおにかっこ悪いところ見せるの〜? 隼兎はチャイナくままとチェキ撮りたくないの〜?」

「見せたくない!」

「撮りたい!」


 小熊さんの悪魔の囁きのおかげで僕と純平の体が軽くなった。

 自由自在に動ける。体を動かすのってこんなに素晴らしいことだったっけ。

 とにかく動けるようになったんだ。また動けなくなる前にやるべきことをやろう。

 純平も頑張ってくれ。僕も頑張るから。


 僕と純平はサムズアップを交わしてそれぞれの戦場へと踏み出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る