幕間:美咲と鈴宮



……何か。

何か大事な事を忘れている気がします。

聞かなければいけないこと――





朝日君と別れて。

電車の中。座って、参考書を膝において。

揺られながら、今日の事を思い出します。



《――「……ごめん。何でもない」――》



……どことなく、苦しそうな表情でした。

そんな彼から出てきたのはそんな言葉。


私と違って、誰に対しても臆せず話せる凄い人。

愛花ちゃんの言葉を借りるなら――陽キャの方。


そんな人が言い淀むなんて。

……言いにくい事。もしかして、私ずっと変な寝癖付いてました……?

と思いましたが、窓に映る自分を見てもいつも通りの癖毛です(泣)。



「……はぁ」



まあ考えても仕方ない。

……ずっと隣に居たからか、彼の香りが無くなって寂しい。

心地良い、蜜柑の様なそれ。



「っ」



試しに、制服に鼻を近付けたらほんの少し残っていました。


ただ、流石に変態が過ぎるので一瞬で戻しました。

ここが電車じゃなかったら良かったですけど(変態)。



「……」



この金曜日の夜は、本当に現実だったんでしょうか。


一緒に自習室で勉強して、夜の街を歩いて、初めての喫茶店に行って。

よく考えたらおかしいですよね(不安)。


でも……プリン美味しかったなぁ……。

夢は記憶の整理とかいうのをどこかで見ました。

私の生涯で、あんなものは味わったことがないので現実(Q.E.D.証明完了)。



人が少なくなっていく車両の中、彼の声が脳裏に流れていきます。




《――「そっか。じゃあ俺とは逆だね、残念」――》




……電車、嘘付いてでも彼と同じのに乗れば良かったです。

なんて。そんな事したらすぐバレてしまいそうです、朝日君には。



《――「今日の事は、全部俺の為にしたことだから」――》



というか、良く考えたら良くわかりません(?)。

ああ言ってましたけど、今日彼の為になるような事ってありましたっけ……?


ひたすら朝日君にご奉仕されまくってただけだと思うんですけど。


……。

いやいや、ご奉仕って言い方がもう――



「――あの、ちょっと良いっ?」

「ひゃ!?」



電車の中、空いてきた車内。

酷い思考をやめて、参考書でも開こうかなと思った時。


掛かる声。


途端に、制汗剤の独特な香り。

私の苦手な——“運動部”の。



「わ。ごめん、びっくりさせちゃったかな」

「……あ、えっと……」



この人、カラオケで見た方です。

というか教室でも朝日君と居たような。微かな記憶ですけど。



「本道だよ。ごめんねっ、急に話しかけちゃって」

「い、いえいえ……」

「たまたま見かけたからつい!」



……朝日君の時も思いましたけど、どうしてほぼ初めての相手にそんな話せるんでしょう。

やっぱりDNAから違うんでしょうか?


日光に当たって育ったとか? 

私はブラックライトにでも照らされて育ったんですかね(暗黒微笑)。



「——で、駅前で陽君と話してたよね」

「!!」

「大分遅い時間まで一緒に居たんだね」

「え、あ……」

「どこか行ってたんだ?」



……何か。

大事な事を、忘れていました。


そして今——それを思い出しました。



「ご、ごめんなさい!」

「わっなに!?」



頭を下げる。

そうだ。あの朝日君が、“居ない”わけないのに。


カラオケ、思い出せば結構朝日君と彼女は親密そうでした。

あのハゲと大河原さん、化粧の濃い人は全然ですけど。


だから——もう、そういうことですよね。

よりにもよってそんな方と夜の密会(?)を。

私はなんて事を……!



「ほ、ほんとに。ちょっと夜を一緒に過ごしただけで……」



……い、いや言い方駄目でしょうこれでは!



「気の迷いというか、ほんと私が悪くてですね……プリン食べただけで……」



いやいやそれはそれで怪しい。

〜しただけって完全にそれ以外もやっちゃって——



「何か勘違いしてない?」

「え」


「私陽君と付き合ってないよ」

「え、あっ。そ、そうなんですか……?」


「うん」

「そ、そうですか」



でもこれ、根本的な解決にはなってませんよね。

もし彼に――



「ちなみに陽君も、今は彼女いないと思うから安心して」

「!」


「あはは。もし居たら夜に女の子とご飯なんて無いと思う」

「……そ、そうですよね」


「まあ今の世の中じゃ分かんないけど」



笑って言う彼女。しかし目が笑っていません(恐怖)。

ただなんというか、彼が大量の女の子を侍らせてるのは想像出来ませんね。



「は、はい」

「うん。でも、彼あんまり恋愛とかに興味なさそうだよね」


「……そうでしょうか」

「えっ?」


「あ、その、なんでもないです……」



合コンとか。合コンとか行ってるみたいですから。

ただそれは隠しておくことにします。


そんな言いふらすような事じゃないですし。



「なんか怪しいなぁ。やっぱり」

「へっ」


「でも……羨ましい。私なんて、そういうの誘ってくれた事すらないのに。仲良いんだね」

「え——」


「特別なんだ、鈴宮さんは」

「そ、そんな」



《——まもなく△○駅です。ご降車の方は——》



「あはは……わ。もう着いちゃった」



終始ビクビクしながら話していると、彼女の最寄り駅に着いたみたいです。

……た、助かりました—―



「あのさ」

「!? は、はい」


「えっと、その。陽君、なんか私達のことで話してたかなって思って」

「へ? いえ。特には」


「……あはっそりゃそうだよね。ごめん、ありがと」



と思ったらそんな質問。

び、びっくりしました……。



「お、お疲れさまです」

「うん。ごめんね急に話しかけちゃって」

「いえいえ……」

「それじゃ!」



慌ただしく降りていく本道さん。

その背中を眺めながら——考えてしまいます。



「……」



朝日君は、なぜか分からないけれど。

私の事を気に入ってくれてるみたいで。

それが、私も嬉しくて。


……もちろん、好きとかそういう話じゃないですけど。

私なんかが彼に相応しいわけないですし。

仲良くなれる可能性なんて、ビッグバンが起こるより低いですし。


まず恋愛なんて学業の邪魔……ですし!

邪魔というか、そもそも自分が出来るわけないんでしないですけど(戒め)。



「…………」



ただ頭の中は、今日の事でいっぱいで。

ふわふわしていて、勉強どころじゃなくて。




《――「特別なんだ、鈴宮さんは」――》



「……とく、べつ……」




結局電車に居る間――参考書の内容は、一切入ってきませんでした。








▲作者あとがき


幕間!

なので、本編を明日の朝に一話投稿します。



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