幕間:美咲と鈴宮
……何か。
何か大事な事を忘れている気がします。
聞かなければいけないこと――
☆
朝日君と別れて。
電車の中。座って、参考書を膝において。
揺られながら、今日の事を思い出します。
《――「……ごめん。何でもない」――》
……どことなく、苦しそうな表情でした。
そんな彼から出てきたのはそんな言葉。
私と違って、誰に対しても臆せず話せる凄い人。
愛花ちゃんの言葉を借りるなら――陽キャの方。
そんな人が言い淀むなんて。
……言いにくい事。もしかして、私ずっと変な寝癖付いてました……?
と思いましたが、窓に映る自分を見てもいつも通りの癖毛です(泣)。
「……はぁ」
まあ考えても仕方ない。
……ずっと隣に居たからか、彼の香りが無くなって寂しい。
心地良い、蜜柑の様なそれ。
「っ」
試しに、制服に鼻を近付けたらほんの少し残っていました。
ただ、流石に変態が過ぎるので一瞬で戻しました。
ここが電車じゃなかったら良かったですけど(変態)。
「……」
この金曜日の夜は、本当に現実だったんでしょうか。
一緒に自習室で勉強して、夜の街を歩いて、初めての喫茶店に行って。
よく考えたらおかしいですよね(不安)。
でも……プリン美味しかったなぁ……。
夢は記憶の整理とかいうのをどこかで見ました。
私の生涯で、あんなものは味わったことがないので現実(Q.E.D.証明完了)。
人が少なくなっていく車両の中、彼の声が脳裏に流れていきます。
《――「そっか。じゃあ俺とは逆だね、残念」――》
……電車、嘘付いてでも彼と同じのに乗れば良かったです。
なんて。そんな事したらすぐバレてしまいそうです、朝日君には。
《――「今日の事は、全部俺の為にしたことだから」――》
というか、良く考えたら良くわかりません(?)。
ああ言ってましたけど、今日彼の為になるような事ってありましたっけ……?
ひたすら朝日君にご奉仕されまくってただけだと思うんですけど。
……。
いやいや、ご奉仕って言い方がもう――
「――あの、ちょっと良いっ?」
「ひゃ!?」
電車の中、空いてきた車内。
酷い思考をやめて、参考書でも開こうかなと思った時。
掛かる声。
途端に、制汗剤の独特な香り。
私の苦手な——“運動部”の。
「わ。ごめん、びっくりさせちゃったかな」
「……あ、えっと……」
この人、カラオケで見た方です。
というか教室でも朝日君と居たような。微かな記憶ですけど。
「本道だよ。ごめんねっ、急に話しかけちゃって」
「い、いえいえ……」
「たまたま見かけたからつい!」
……朝日君の時も思いましたけど、どうしてほぼ初めての相手にそんな話せるんでしょう。
やっぱりDNAから違うんでしょうか?
日光に当たって育ったとか?
私はブラックライトにでも照らされて育ったんですかね(暗黒微笑)。
「——で、駅前で陽君と話してたよね」
「!!」
「大分遅い時間まで一緒に居たんだね」
「え、あ……」
「どこか行ってたんだ?」
……何か。
大事な事を、忘れていました。
そして今——それを思い出しました。
「ご、ごめんなさい!」
「わっなに!?」
頭を下げる。
そうだ。あの朝日君が、“居ない”わけないのに。
カラオケ、思い出せば結構朝日君と彼女は親密そうでした。
あのハゲと大河原さん、化粧の濃い人は全然ですけど。
だから——もう、そういうことですよね。
よりにもよってそんな方と夜の密会(?)を。
私はなんて事を……!
「ほ、ほんとに。ちょっと夜を一緒に過ごしただけで……」
……い、いや言い方駄目でしょうこれでは!
「気の迷いというか、ほんと私が悪くてですね……プリン食べただけで……」
いやいやそれはそれで怪しい。
〜しただけって完全にそれ以外もやっちゃって——
「何か勘違いしてない?」
「え」
「私陽君と付き合ってないよ」
「え、あっ。そ、そうなんですか……?」
「うん」
「そ、そうですか」
でもこれ、根本的な解決にはなってませんよね。
もし彼に――
「ちなみに陽君も、今は彼女いないと思うから安心して」
「!」
「あはは。もし居たら夜に女の子とご飯なんて無いと思う」
「……そ、そうですよね」
「まあ今の世の中じゃ分かんないけど」
笑って言う彼女。しかし目が笑っていません(恐怖)。
ただなんというか、彼が大量の女の子を侍らせてるのは想像出来ませんね。
「は、はい」
「うん。でも、彼あんまり恋愛とかに興味なさそうだよね」
「……そうでしょうか」
「えっ?」
「あ、その、なんでもないです……」
合コンとか。合コンとか行ってるみたいですから。
ただそれは隠しておくことにします。
そんな言いふらすような事じゃないですし。
「なんか怪しいなぁ。やっぱり」
「へっ」
「でも……羨ましい。私なんて、そういうの誘ってくれた事すらないのに。仲良いんだね」
「え——」
「特別なんだ、鈴宮さんは」
「そ、そんな」
《——まもなく△○駅です。ご降車の方は——》
「あはは……わ。もう着いちゃった」
終始ビクビクしながら話していると、彼女の最寄り駅に着いたみたいです。
……た、助かりました—―
「あのさ」
「!? は、はい」
「えっと、その。陽君、なんか私達のことで話してたかなって思って」
「へ? いえ。特には」
「……あはっそりゃそうだよね。ごめん、ありがと」
と思ったらそんな質問。
び、びっくりしました……。
「お、お疲れさまです」
「うん。ごめんね急に話しかけちゃって」
「いえいえ……」
「それじゃ!」
慌ただしく降りていく本道さん。
その背中を眺めながら——考えてしまいます。
「……」
朝日君は、なぜか分からないけれど。
私の事を気に入ってくれてるみたいで。
それが、私も嬉しくて。
……もちろん、好きとかそういう話じゃないですけど。
私なんかが彼に相応しいわけないですし。
仲良くなれる可能性なんて、ビッグバンが起こるより低いですし。
まず恋愛なんて学業の邪魔……ですし!
邪魔というか、そもそも自分が出来るわけないんでしないですけど(戒め)。
「…………」
ただ頭の中は、今日の事でいっぱいで。
ふわふわしていて、勉強どころじゃなくて。
《――「特別なんだ、鈴宮さんは」――》
「……とく、べつ……」
結局電車に居る間――参考書の内容は、一切入ってきませんでした。
▲作者あとがき
幕間!
なので、本編を明日の朝に一話投稿します。
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