「仲良くなりたい子が居るんだ」
「あ゛あホンマ疲れたわぁ!! 納期短すぎやろボケが」
「地獄だったな、あと
夜20時。陽の家から、県を数個跨いだその場所。
くたびれたスーツを死にそうな顔で着た二人が、駅前に出てきたところ。
「娘に会いてぇ……」
「週休2日とか幻想だよな」
「結局日曜だけよな、休み」
「忙しすぎて死にそうだ」
「こりゃ来週も帰れない訳だぜ……」
「人が足りないな……」
陽の父親……敦と、同じく出張してきた同僚。
ため息が二つ。
「!?」
「なんだ?」
「娘が……男と遊んできたらしい……」
「おい落ち着け」
「……ははっ」
「ま、まあ年頃の女の子なら当然だって」
「そんな気配、これまで全く無かったのに……!」
携帯の画面を見ると、疲れた顔から一気に絶望した表情に変わる同僚。
そんな彼を苦笑いで眺める敦。
(陽には、むしろ早くそういう相手が出来てほしいな)
いざ出来たら“こんな”風になるんだろうか、そう思って不安になる。
彼にとって仕事から帰ったら、笑って迎えてくれる息子が日々の活力だ。
でもそれは、永遠ではない。
いつか成長して結婚でもすれば、当然彼は一人なわけで。
「…………」
「…………なんでお前まで……」
「はぁ……」
結果、絶望のサラリーマンが二人。
お通夜の空気の中で、とぼとぼとホテルまで足を進める。
「帰ったら久々に電話するか……それとなく男の方についても聞こ……」
「え」
「? あぁちっこい方の娘はまだ寂しがりでな。よくビデオ通話すんだよ」
「……そうなのか」
「お前んとこは高校生一人だもんなぁ、でもたまには良いんじゃね?」
「確かに……じゃあな」
「おう」
ホテル、フロント。
敦は、自室まで小走りで戻っていった。
☆
『もしもし、父さん?』
部屋。スピーカーから聞こえる息子の声。
一声で分かった。
“いつも”と違う、と。
ほんの少し声が高い。
風の音。周りは外。
『ごめんな、いきなり掛けて。遊んでる途中だったか?』
『ううん。大丈夫、一人でちょっと歩いてた』
『散歩か?』
『はは、そんな感じ』
ふわふわとした笑顔が、電話越しでも浮かぶ。
だからこそ、敦は直球で聞いた。
『なにか良い事あったか? 陽』
『……うん』
『そうか』
久々に聞く、浮いた様子の息子の声。
今居る場所が家じゃないのが、悔しくて仕方がない。
『ねぇ、父さん』
『ん?』
『……あの、その』
『?』
『仲良くなりたい子が居るんだ』
『どうやったら、もっと仲良くなれるかな』
こんな質問、されたことなど無かった。
まず何かを聞かれることもない。
そんな悩みなんて、勝手に持たない子だと思っていた。
(驚いたな……)
そもそも友達が多い息子の事。
きっとそれは、“特別”な友達。
《——「娘が男と遊んできたらしい」——》
さっきの言葉を思い出してしまう。
(……もしかすると、もしかするか?)
スピーカーから少し離れ、考える。
そんな経験などあまり無い敦は、今が電話で良かったと思う。
「うーーん……」
『……父さん?』
こんな風に唸りながら悩む父の姿など、見ていられないだろうから。
それでも——その甲斐あって答えは出た。
『陽は……ありのままで、その子と居れば良いんじゃないか』
『!』
『変に作ったりせず、陽は陽のままで』
『……分かった。ありがとう父さん』
『フワっとした答えでごめんな』
『ううん、スッキリしたよ』
『そうか』
束の間の沈黙。
そろそろ切るか、そう敦が言い出そうとした時だった。
『……ね、父さん』
『なんだ?』
『また休みになったら、どこか遊びに行きたいな』
『! あ、あぁ。良いぞもちろん』
『ありがとう、楽しみにしてる——それじゃ切るね』
通話終了。
残る静寂の中で、彼は窓から広がる夜景を眺めた。
(……いつからだ? 陽がわがままじゃなくなったのは)
一人で大体何でも出来た。
家事全般なんて敦より上手いし、遅くなっても嫌な顔一つもしない。
何でもないように振る舞う息子に、甘えてしまっていた。
彼を大人にしてしまったのは、紛れもなく自分自身だ。
(息子に甘える父親なんて、世界一カッコ悪いってのに)
《——「ウチはもう俺と父さんだけだから、仕事優先してよ」——》
いつもそう言っていた陽が。
ああやってねだってきたのは、いつ以来かと。
「仲良くなりたい子がいる、か」
息子を変えてくれたのは——きっとその子だろう。
そこまで鈍くないつもりだと、笑ってスーツを脱ぐ。
「何処行こっかな、と!」
出張期間はまだまだ終わらないが、スマホを取り出して検索を掛ける。
来たるべき時の為。
疲れ果てたはずの身体は、そんなことが無かったように覚めていた。
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