睡魔
《安全柵の後ろ側にお下がりください》
「…………」
いつも浴びている朝の日が、刺す様に目に当たる。
眩しい。
電車が待ち遠しくて仕方なかった。
時間の流れが遅く感じる。
通学中にいつも聞いてるラジオすら、今は苦痛に感じる。
「……? 気のせいか……」
そして、今日はどこか視線を強く感じる。
しかし、気にする余裕は無い。
止まった車両の中。
椅子に座って、俺は目を閉じた。
☆
「……!」
電車、揺れる車内で目が覚める。
気が付けば学校の最寄り駅だ。
しかし未だ眠たい。
当たり前だ、朝5時までアニメ見てたんだから。
『大マジですかっ王子様!?』。
あそこまで沼るとは思ってなかった。
あの冒頭から主人公が牢屋に入れられ、そこから謎の協力者との脱獄編が始まって。
そして実はその協力者が一人の王子様で。
主人公の
「……卑怯だろ、あんなの……」
ふらふらと通学路を歩きながら呟く。
もう頭が回らない。
学校に着いても、自分の机で寝る事しか考えられなかった。
「「「……」」」
今日も相変わらず向けられる視線は全く気にならない。
なれない、というのが正しいかもしれない。
ある意味助かるな――そう心の中で呟きながら、腕を枕に目を瞑る。
☆
「はい、それじゃチャイム鳴ったし止めようかな。宿題次の授業までだからね~」
「せんせー休憩1分過ぎてるよー」
「はいはいごめんね~」
「……」
気合いで目を開きながら、一限突破。
すぐさま机に倒れ伏す。
眠たい。身体が重い。
普段は健康的に過ごしているからか、身体が悲鳴を上げている。
まだ、昼休みまで三時限あるなんて嘘だろ?
☆
「やべっお前らすまん! チャイム鳴ってるし号令は無しで!」
「せんせー休憩5分過ぎてるよ!!」
「マジすまん。ここで切ると次が面倒だから! 宿題無しにするから!」
「…………」
三限終了。
こんなにも、チャイム後の授業に嫌悪感を抱いたのは初めてだ。
「っ」
倒れ伏す。
頭痛くなってきた。
眠たい。
寝たい。寝たい。
今すぐ帰って横になりたい。
……でも無理だ。父さんに顔向け出来ない。
昼休み――ココで寝るしか無い。
「!」
いいや。
あるじゃないか、横になれる場所!
☆
「じゃあ今日はココまで~昼食い過ぎて午後寝んなよ~」
「!!」
四限終了後、俺はすぐに鞄を持って教室を出た。
校舎を駆け下りて――下駄箱を出て、グラウンドへ。
降り注ぐ日の光が、気にならないその場所へ。
「やっぱり気持ちいいな、ここ」
その大木の下は、広い影。
気温も丁度良い。
地面も芝生が生えていて、寝転んでもあまり汚れない。
今すぐにでも寝転がりたい、が――
「!」
「おはよう柳さん、ちょっと今この場所借りても良い?」
昨日と同じように、現れた彼女。
「」コクッ
「ほんと!?」
流石に彼女の場所だから、嫌そうな雰囲気をだったら止めようと思っていた。
ただ、見た感じ大丈夫そうだ!
「やった、ありがとう!」
「ッ」
「? じゃあ失礼して……」
彼女は、礼を言うと顔を背けてしまった。
必死過ぎてちょっと引かれたかも、でも今はそれどころじゃない。
アラームをセット。
鞄を枕の要領で芝生に置いて――寝転がる!
「……最高……」
寝転がれる事がこんなに気持ちいいなんて。
心地良い芝生の冷たさ。
風と緑のBGM。
たまに差し込む、暖かな日光。
目を瞑った瞬間にはもう、睡魔が身体を包み込むのを感じて――
☆
《――「陽は偉いな、ちっこいのに服まで畳んでくれて」――》
暖かい。
頭を撫でられる感覚。
遠い記憶。
甘え方なんて分からなくなってしまった。
父さんにすら本音で話せない。
きっとこの世界の中で、本当の自分が分かる者は誰も居ない。
……自分にすら、それは分からないんだから。
ただ分かるのは、今髪に当たる優しい感触が心地良いだけ。
《――「で、それは何の歌?」――》
《――「たいよーの歌!」――》
《――「ははっ陽にはピッタリだ」――》
心地良いそれを感じながら、口ずさむ小さい自分自身。
《――「♪……」――》
懐かしい響き。
暖かい日の光が、柔らかく俺を照らしている。
《――「本当に、陽は歌が上手いな」――》
頭上からの声。
そういえば、俺は子供の頃から歌うのが――
——ピリリリリリ!
「……っ」
ああ。うるさいな。
なんで邪魔するんだ。
触れていた手も消えてしまったじゃないか。
——ピリリリリリ!
……というか、さっきまでの手は誰だ?
……そもそも今は家に一人だろ?
……いや、おかしい。今俺、学校じゃなかったっけ――
「っ!!」
目が覚める。
広がるのは、大木と影。
『ンニャ』
そして猫。
校舎の時計は、もう授業まで7分を切っていて。
昼ご飯を忘れたのを今思い出した。
「……そりゃ、もう居ないか」
柳さんは既にいなくて。
一人っきりのこの場所は、ほんの少し広く感じた。
☆
柳視点
☆
チャイムが鳴り、先生の授業は終わる。
第四限の終了。
すなわち昼休みだ。
「」ジー
昨日と違い、彼は彼女の視線に気が付く事は無かった。
その代わり、先生の終わりの挨拶と共に席を立っていた。
そんなに急ぎの用事でもあるのかと、考えながら彼女も席を立つ。
「ヒメっち、もうモーニングコールはせんで」
「朝日君が居たから良かったけど、授業おサボりになるとこだったんだからね!」
「ごめんなさい」ベコッ
「分かったらええんやで」
「もう。心配したんだから」
「で……今日も朝日様がおるってことはないやろけど」
「そもそもどうして居たんだろ……?」
「たまたま(目逸らし)」
「ほんまか?」
「たまたま」シラッ
「……なんか怪しい——もう、お昼寝もほどほどにね! ヒメちゃん!」
「」グッ
親指を立てた彼女を見てから、二人はそれぞれの場所へ。
一人は漫研部室。一人は自習室。
柳は当然、昨日と同じ場所へ。
☆
「……」
グラウンドに出た彼女は、日差しを手で防ぎながら歩いていく。
あの場所を見つけたのは夏休みの手前のこと。
教室のクーラーが故障した結果、なんとか涼む場所を探して見つけたオアシス。
少々教室から遠いのがデメリットだが、その代わり人も来ない。
休憩といえばスマホを取り出す今じゃ、グラウンドに出て遊ぶ者なんて希少だ。
グラウンドの隅、わざわざ涼みに来る酔狂な者など居ない——と、柳は少しニヤつきながら思う。
「!」
だが、今日“も”少し違う様だ。
鞄を下ろし、座り込む影。
反射する“褐色”の輝き。
「ッ」
彼女は、小走りでそこへ向かった。
☆
そして、数分後。
一人はパソコンを開き、一人は鞄を枕に昼寝中。
おかしな状況がそこに広がっていた。
「……」
カチャカチャと音の打ち込みを続けていたが、気になって朝日に彼女の目は行く。
《——「ちょっとこの場所借りても良い?」——》
もともとここは自分の場所なんかではない。
律儀に聞かなくてもいいのに、と思ったその後。
《――「やった、ありがとう!」――》
普段と違う顔に面食らった。
大人っぽい静かな笑みとは違う。
まるで綿菓子の様に、フワっとした子供のような笑顔。
あんな表情されたら——小遣いでも渡してしまいそう。
そんなことするまでもなく寝てしまったけれども。
「……」
柳は起きないようにゆっくり近づく。
やはり熟睡している様で、全く起きる気配がない。
酷いくまだった。
休憩中も常にずっと机に突っ伏していたのを見ていた。
昨日同様にここへの誘導セットを持ってきていたが、全く意味が無かった。
普通に散歩の有意義さを知ってしまった。
歩く事は、記憶力の向上にもメンタルバランスの安定にも貢献するらしい――きっと明日には忘れるだろうが。
「……」
彼の綺麗な髪が、たまに差し込む光を反射する。
通り抜ける風は、それを揺らす。
思わずそれに手を伸ばしていた。
彼女の弁明をするとすれば、本当に彼女は何も考えていなかったのだ。
吸い寄せられる様に――
気が付いたら既に、そこにあった。
「っ」
もう遅い、手は既にそこに。
さらさらと触り心地の良い髪。
そしてあろうことか、その手を彼は触れていた。
逃さないようにではなく。
あくまで、触れるだけ。
「」ワタワタ
慌てふためく柳……彼女は、異性の手を掴んだことなどほとんど無い。
昨日の膝枕は、本当に記憶がないので彼女の中でノーカウントとなっている。していたという事実は鈴宮達から聞いたこと。
99回と呟いた時、彼はあまり満更でも無さそうだったので……期待はしているが。
今はそれどころじゃない。
平静を保とうと奮闘するが、いっこうに落ち着かず。
「んん……」
「!」
穏やかな彼の表情。
“もっと撫でて”というように、朝日の手は柳の手を優しく抑えたまま。
恐る恐る髪を撫でると、彼は気持ちよさそうに目を細めた。
なんともいえない感情が、彼女の中で爆発する。
《――「俺、脱ぐよ」――》
あの時の凛々しい姿とは対照的で。
遊び疲れて眠る子供の様な、無防備なそれ。
「……っ」
分からない——何も。彼のことはほとんど知らない。
同じクラスメイト、それだけ。
たまたま同じグループになって、たまたまカラオケで助けてくれて。
願わくば。
“もう一度、歌声を聞きたい”と思う人。
「朝日、陽――」
静かに、そんな不思議な彼を呼ぶ。
もう少しだけ。もう少しこのまま——
——ピリリリリリ!!!
「!?」
突如鳴るアラーム。
彼の携帯から。
校舎の時計は、授業開始10分前だった。
「っ……ん……」
「!!」ビクッ
その音で目が覚めたのか、もぞもぞと動き始める彼。
急いで彼女は手を戻して、そこから離れる。
「……ッ」
そのままパソコンと本を回収。
自分は何をやってるんだと。
まるで酔いから覚めたかのように、これまでの自身の行動に疑問が沸いて。
「」ペコ
逃げる様に。
とりあえず一礼して、その場から去ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます