睡魔



《安全柵の後ろ側にお下がりください》



「…………」



いつも浴びている朝の日が、刺す様に目に当たる。

眩しい。

電車が待ち遠しくて仕方なかった。


時間の流れが遅く感じる。

通学中にいつも聞いてるラジオすら、今は苦痛に感じる。



「……? 気のせいか……」



そして、今日はどこか視線を強く感じる。

しかし、気にする余裕は無い。


止まった車両の中。

椅子に座って、俺は目を閉じた。





「……!」



電車、揺れる車内で目が覚める。

気が付けば学校の最寄り駅だ。


しかし未だ眠たい。

当たり前だ、朝5時までアニメ見てたんだから。


『大マジですかっ王子様!?』。


あそこまで沼るとは思ってなかった。

あの冒頭から主人公が牢屋に入れられ、そこから謎の協力者との脱獄編が始まって。


そして実はその協力者が一人の王子様で。

主人公のしたたかさに惚れた第一王子と、仲の悪い第六王子の争いが始まって――



「……卑怯だろ、あんなの……」



ふらふらと通学路を歩きながら呟く。

もう頭が回らない。

学校に着いても、自分の机で寝る事しか考えられなかった。



「「「……」」」



今日も相変わらず向けられる視線は全く気にならない。

なれない、というのが正しいかもしれない。


ある意味助かるな――そう心の中で呟きながら、腕を枕に目を瞑る。





「はい、それじゃチャイム鳴ったし止めようかな。宿題次の授業までだからね~」

「せんせー休憩1分過ぎてるよー」

「はいはいごめんね~」


「……」



気合いで目を開きながら、一限突破。


すぐさま机に倒れ伏す。

眠たい。身体が重い。

普段は健康的に過ごしているからか、身体が悲鳴を上げている。


まだ、昼休みまで三時限あるなんて嘘だろ?





「やべっお前らすまん! チャイム鳴ってるし号令は無しで!」

「せんせー休憩5分過ぎてるよ!!」

「マジすまん。ここで切ると次が面倒だから! 宿題無しにするから!」



「…………」



三限終了。

こんなにも、チャイム後の授業に嫌悪感を抱いたのは初めてだ。



「っ」



倒れ伏す。

頭痛くなってきた。


眠たい。

寝たい。寝たい。

今すぐ帰って横になりたい。


……でも無理だ。父さんに顔向け出来ない。

昼休み――ココで寝るしか無い。



「!」



いいや。

あるじゃないか、横になれる場所!





「じゃあ今日はココまで~昼食い過ぎて午後寝んなよ~」


「!!」



四限終了後、俺はすぐに鞄を持って教室を出た。

校舎を駆け下りて――下駄箱を出て、グラウンドへ。


降り注ぐ日の光が、気にならないその場所へ。



「やっぱり気持ちいいな、ここ」



その大木の下は、広い影。

気温も丁度良い。

地面も芝生が生えていて、寝転んでもあまり汚れない。


今すぐにでも寝転がりたい、が――



「!」

「おはよう柳さん、ちょっと今この場所借りても良い?」



昨日と同じように、現れた彼女。



「」コクッ

「ほんと!?」



流石に彼女の場所だから、嫌そうな雰囲気をだったら止めようと思っていた。

ただ、見た感じ大丈夫そうだ!



「やった、ありがとう!」

「ッ」

「? じゃあ失礼して……」



彼女は、礼を言うと顔を背けてしまった。

必死過ぎてちょっと引かれたかも、でも今はそれどころじゃない。


アラームをセット。

鞄を枕の要領で芝生に置いて――寝転がる!



「……最高……」



寝転がれる事がこんなに気持ちいいなんて。


心地良い芝生の冷たさ。

風と緑のBGM。

たまに差し込む、暖かな日光。


目を瞑った瞬間にはもう、睡魔が身体を包み込むのを感じて――








《――「陽は偉いな、ちっこいのに服まで畳んでくれて」――》



暖かい。

頭を撫でられる感覚。

遠い記憶。


甘え方なんて分からなくなってしまった。

父さんにすら本音で話せない。

きっとこの世界の中で、本当の自分が分かる者は誰も居ない。


……自分にすら、それは分からないんだから。

ただ分かるのは、今髪に当たる優しい感触が心地良いだけ。



《――「で、それは何の歌?」――》

《――「たいよーの歌!」――》

《――「ははっ陽にはピッタリだ」――》



心地良いそれを感じながら、口ずさむ小さい自分自身。



《――「♪……」――》



懐かしい響き。

暖かい日の光が、柔らかく俺を照らしている。



《――「本当に、陽は歌が上手いな」――》



頭上からの声。

そういえば、俺は子供の頃から歌うのが――



——ピリリリリリ!



「……っ」



ああ。うるさいな。

なんで邪魔するんだ。

触れていた手も消えてしまったじゃないか。



——ピリリリリリ!


……というか、さっきまでの手は誰だ?

……そもそも今は家に一人だろ?

……いや、おかしい。今俺、学校じゃなかったっけ――



「っ!!」



目が覚める。

広がるのは、大木と影。


『ンニャ』


そして猫。

校舎の時計は、もう授業まで7分を切っていて。

昼ご飯を忘れたのを今思い出した。    



「……そりゃ、もう居ないか」



柳さんは既にいなくて。

一人っきりのこの場所は、ほんの少し広く感じた。




柳視点




チャイムが鳴り、先生の授業は終わる。

第四限の終了。

すなわち昼休みだ。


「」ジー


昨日と違い、彼は彼女の視線に気が付く事は無かった。

その代わり、先生の終わりの挨拶と共に席を立っていた。


そんなに急ぎの用事でもあるのかと、考えながら彼女も席を立つ。



「ヒメっち、もうモーニングコールはせんで」

「朝日君が居たから良かったけど、授業おサボりになるとこだったんだからね!」


「ごめんなさい」ベコッ


「分かったらええんやで」

「もう。心配したんだから」


「で……今日も朝日様がおるってことはないやろけど」

「そもそもどうして居たんだろ……?」


「たまたま(目逸らし)」


「ほんまか?」

「たまたま」シラッ

「……なんか怪しい——もう、お昼寝もほどほどにね! ヒメちゃん!」


「」グッ



親指を立てた彼女を見てから、二人はそれぞれの場所へ。

一人は漫研部室。一人は自習室。


柳は当然、昨日と同じ場所へ。





「……」



グラウンドに出た彼女は、日差しを手で防ぎながら歩いていく。


あの場所を見つけたのは夏休みの手前のこと。

教室のクーラーが故障した結果、なんとか涼む場所を探して見つけたオアシス。


少々教室から遠いのがデメリットだが、その代わり人も来ない。

休憩といえばスマホを取り出す今じゃ、グラウンドに出て遊ぶ者なんて希少だ。

グラウンドの隅、わざわざ涼みに来る酔狂な者など居ない——と、柳は少しニヤつきながら思う。



「!」



だが、今日“も”少し違う様だ。

鞄を下ろし、座り込む影。


反射する“褐色”の輝き。



「ッ」



彼女は、小走りでそこへ向かった。





そして、数分後。

一人はパソコンを開き、一人は鞄を枕に昼寝中。

おかしな状況がそこに広がっていた。



「……」



カチャカチャと音の打ち込みを続けていたが、気になって朝日に彼女の目は行く。


《——「ちょっとこの場所借りても良い?」——》


もともとここは自分の場所なんかではない。

律儀に聞かなくてもいいのに、と思ったその後。



《――「やった、ありがとう!」――》



普段と違う顔に面食らった。

大人っぽい静かな笑みとは違う。

まるで綿菓子の様に、フワっとした子供のような笑顔。


あんな表情されたら——小遣いでも渡してしまいそう。

そんなことするまでもなく寝てしまったけれども。



「……」



柳は起きないようにゆっくり近づく。

やはり熟睡している様で、全く起きる気配がない。


酷いくまだった。

休憩中も常にずっと机に突っ伏していたのを見ていた。


昨日同様にここへの誘導セットを持ってきていたが、全く意味が無かった。

普通に散歩の有意義さを知ってしまった。

歩く事は、記憶力の向上にもメンタルバランスの安定にも貢献するらしい――きっと明日には忘れるだろうが。



「……」



彼の綺麗な髪が、たまに差し込む光を反射する。

通り抜ける風は、それを揺らす。


思わずそれに手を伸ばしていた。

彼女の弁明をするとすれば、本当に彼女は何も考えていなかったのだ。


吸い寄せられる様に――

気が付いたら既に、そこにあった。



「っ」



もう遅い、手は既にそこに。

さらさらと触り心地の良い髪。


そしてあろうことか、その手を彼は触れていた。


逃さないようにではなく。

あくまで、触れるだけ。



「」ワタワタ



慌てふためく柳……彼女は、異性の手を掴んだことなどほとんど無い。


昨日の膝枕は、本当に記憶がないので彼女の中でノーカウントとなっている。していたという事実は鈴宮達から聞いたこと。

99回と呟いた時、彼はあまり満更でも無さそうだったので……期待はしているが。


今はそれどころじゃない。

平静を保とうと奮闘するが、いっこうに落ち着かず。



「んん……」

「!」



穏やかな彼の表情。

“もっと撫でて”というように、朝日の手は柳の手を優しく抑えたまま。


恐る恐る髪を撫でると、彼は気持ちよさそうに目を細めた。


なんともいえない感情が、彼女の中で爆発する。



《――「俺、脱ぐよ」――》



あの時の凛々しい姿とは対照的で。

遊び疲れて眠る子供の様な、無防備なそれ。



「……っ」



分からない——何も。彼のことはほとんど知らない。

同じクラスメイト、それだけ。

たまたま同じグループになって、たまたまカラオケで助けてくれて。


願わくば。

“もう一度、歌声を聞きたい”と思う人。



「朝日、陽――」



静かに、そんな不思議な彼を呼ぶ。

もう少しだけ。もう少しこのまま——



——ピリリリリリ!!!



「!?」



突如鳴るアラーム。

彼の携帯から。

校舎の時計は、授業開始10分前だった。



「っ……ん……」

「!!」ビクッ



その音で目が覚めたのか、もぞもぞと動き始める彼。

急いで彼女は手を戻して、そこから離れる。



「……ッ」



そのままパソコンと本を回収。

自分は何をやってるんだと。

まるで酔いから覚めたかのように、これまでの自身の行動に疑問が沸いて。



「」ペコ



逃げる様に。

とりあえず一礼して、その場から去ったのだった。

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