第13話

めいさんは、結んでいたヘアゴムを取りました。全く違う人であると思わせるほどに印象が変わっていました。今、目の前にいる女性が、知っているのに知らない人であるという状況に、なかなか理解が追いつきませんでした。理解することを拒んでいただけかもしれません。


涼さんも同じような様子でした。そんな私たちを無視するかのように、彼女は口を開きました。


めい「キャラ違いすぎて驚いたでしょ?今の私が、本当の伊丹 めい」


一織「えっと、じゃあ、私が昨日会ってからのめいさんは…」


めい「あれ?あれは演技よ。上手かったでしょ?私、結構演技には自信あるの」


涼「めい、聞きたいことがあるんだ」


めい「お、涼なんかカッコイイじゃん。いつもよりキリッとしてるよ。どうしたの?」


涼「なんでそんなことをする必要があったんだ?」


めい「あー、それ聞いちゃうかー。ちょっと答えたくないかなー。あ、じゃあ私からも質問させてよ」


涼「…なんだよ」


めい「私の癖になっている動きはなんでしょーか」


涼「…分からない」


めい「お、これは私の勝ちね。じゃあ、正解発表。正解は、『右手をおさえること』でしたー」


あ、そうなんですね。気づいていませんでした。


………え?


一織「右手を…おさえる…?」


めい「ん?どうかした?」


一織「めいさんのその癖って、もしかして」


めい「…この癖は、私の堕落の象徴。私は、この呪いから逃れられないの」


一織「堕落の象徴…?」


めい「キミには馴染みがないよね。簡単にまとめてあげると…」


一織「いえ、そのことは想像できるんです。ただ、そのことをどう受け止めたらいいのか、分からなくて…」


めい「そんなの、わざわざ考えないでよくない?だって、事実だし。そもそも、あんな理由もなさそうにゆるふわ系っぽく話してた怪しさはすごかったよねー」


怖いです。どこからどこまでが本当の彼女なのか、分からなくなります。初対面の相手にこんなことを考えるのも変だとは思いますが。


しかし、めいさんが抱えている呪いは、間違いではないでしょう。そう思い込んでいました。合っていたからといって嬉しくはないですが、今までのことを思い返すと、想像には容易いのでした。


それに、それまでの様子から、彼女のことを疑っていたことも事実です。正直、ゆるふわ系だなんてものではない話し方ではありました。だから、可愛いと思っていた一方で、警戒していたのでしょう。


しかし、そんなことを考えることはやめて、本来の目的を済ませようと、彼女に質問をしました。


一織「めいさん、嘘をつかずに答えてください。あなたは、今回よりも前にこの研究所に来たことがありますか?」


めい「あるけど、それがどうしたの?」


一織「あなたは、今回の事件のことを知っていましたか?」


めい「え、どうしたの?そんなことを聞いてさ」


一織「あなたは、あなたは、この事件を起こすきっかけを作ったのではないですか?」


めい「………」


めいさんは口を閉ざしていました。しかし、やがて、重くした口を開きました。何か、本当は迷いが生じていたのでしょう。


めい「一織ちゃん、残念だけど、それは違うよ。確かに、私はここに来たことはあったし、キミが持ってきた資料も知ってる。でも、私が計画したものではないの」


一織「じゃあ、そんなことをする人が他にいるというのですか?」


めい「いるよ。いるから、こんなことになってるんだよ」


一織「誰ですか。誰が、こんな事件を起こそうと企んだんですか!」


めい「吉崎 彩月。これは、あいつが用意したものだよ」


涼「ちょっと待て、そんなことをあいつが…」


めい「何も知らないなら、涼は黙っててくれないかな」


涼「………分かった」


彼女は、涼さんをあっさりと黙らせてしまいました。そして、話の続きをしました。


めい「私も、彩月から教えてもらって、どうすればいいのか分からなかった」


一織「教えてもらった?」


めい「そう。彩月は、最初から、特定の人物のみを狙って計画を立てたんだ」


涼「特定の人物って、一体誰なんだよ?」


めい「それは言えない。ただ、一応言っておくと、被害者の一人である師走 大雅はターゲットの一人。そして、まだ計画は終わっていない」


涼「じゃあ、吉崎が倉庫で死んでたのは?」


めい「あれは、私にもよく分からない。もしかすると、彩月自身が死にたがっていたのもね」


涼「そんなこと、どうして黙っていたんだ!」


めい「そんな大した理由はないの。ただ、疑いをかけられるのがごめんというだけで」


感情的になっていた涼さんも、めいさんには敵いませんでした。しかし、その程度では涼さんも折れることはありませんでした。彼は、何かを感じ取っていたのでしょうか。それとも、最悪な結末を避けるために必死だったのでしょうか。私には関係のないことですし、分かるはずがなかったのです。

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