第13話 お出迎え
アランがウィルを送り届けた翌日。
昼になっても天蓋つきの豪華なベッドで眠っていたウィルは、体にかけていた毛布を突然めくられ、うっすら目を開けた。
「誰だい、僕の眠りを妨げようとするのは」
「シリルです。起きてください、ウィリアム様」
「ひどいじゃないか。いつもは忠実な従者なのに、頭が割れそうな時に限って無理やり起こそうとするなんて」
「ごねている場合ではありません。もうすぐこちらにマリアンヌ様がいらっしゃいます」
「母上が?」
のっそり体を起こしたウィルの目の前に、湯気のたったティーカップが完璧なタイミングで差し出された。
中身はなんだかよくわからない液体だったが、黙ってそれを一口飲むと、ウィルの頭はようやく覚醒した。
「で、どうして母上がわざわざ部屋にいらっしゃるんだい?」
「それはね、あなたが夜な夜な出歩くせいで、昼間じゃないと面と向かって話もできないからよ」
朗々と答えたのは、部屋に入ってきたマリアンヌその人だった。
シリルが一礼して壁際まで後退した。
「母上」
ウィルは身支度する間もなくベッドから立ち上がると、はだけた胸元をさりげなく直した。
幸か不幸か、帰ってきてそのまま寝つぶれてしまったので、普段着のままの格好である。
「母上、ご機嫌麗しゅう。今日もお美しいですね」
「ちっとも麗しくないわ。誰かさんのせいでね」
美しい、の部分は否定せずにマリアンヌはちくりと嫌味を言った。
「昨日もずいぶん帰りが遅かったようだけれど、いったいどこに行っていたのかしら」
ウィルは笑顔のまま、何も答えなかった。
マリアンヌも慣れているのか諦めているのか、それ以上追及しようとはしなかった。
「昨日、宮中のお茶会に王女殿下がいらしていたのだけれど」
「ロザリーが? それはまた珍しいですね」
ロザリーことロザモンドは少々毛色の変わったお姫様で、貴婦人たちの集う場所に自ら積極的に参加することはまれだった。
「あなたに久しく会っていないから、近々ぜひ立ち寄って話し相手になってほしいとおっしゃっていたわ」
マリアンヌの言葉にウィルはおののいた。
あの怖いもの知らずの姫は、どうやらマリアンヌをウィルへの伝言係にしたらしい。
「つまり『来い』ということですね?」
「わかっているなら私にみなまで言わせないで。さっさと身支度を調えて御前に参上なさい」
ぴしゃりと言うと、マリアンヌはドレスの裾をひるがえして出ていった。
扉が閉まると、シリルはさっそく衣装ケースから参内用の豪華な服を取り出しにかかったが、見ていたウィルはそれを制した。
「服は昨日と同じようなので構わない」
「王宮に行かれないのですか?」
シリルの目は、マリアンヌ様に叱られますよ、と訴えていた。
一方、ウィルはロザモンドが話したいと言ってきた理由の察しはついていたので、今日はどこか別の場所へ避難しようと思案をめぐらせた。
夜なら女たちのいる花の館でもいいのだが、まだ営業前だ。
となると、やはり今日も親友殿のお宅にお邪魔するしかあるまい。
こういう時、一人暮らしの友人というのはいいものだな、と自分に都合のよいことばかり考えながら、ウィルはシリルを連れて屋敷の裏門からそっと抜け出そうとした。
ところが。
「ウィリアム様。お待ちしておりました」
門を出てすぐ、道幅いっぱいに大きな馬車が待ち構えていた。
声をかけてきたのは上等なお仕着せに身を包んだ御者で、馬車の扉を開けて中へ乗るようウィルに無言で促してきた。
馬車の扉に刻印されたバラの紋章を見て、ウィルは誰が馬車をつかわしたのか瞬時に悟った。
「どうして正面の車寄せじゃなくて、こっちに停めてるんだい? 通行の邪魔だろう」
ウィルが含みのある笑顔を向けると、御者は慇懃無礼に頭を下げた。
「申し訳ございません。ですが王女様が、ウィリアム殿下はきっと裏門を使用されるに違いないとおっしゃっていたものですから。お乗りいただき次第、すぐに移動いたします」
ウィルは大きなため息を吐き出すと、そばに控えていたシリルに命じた。
「予定変更だ。王宮へ行ってくるから後で迎えに来てくれ。それまで私の代わりにアランの所へ行って、祖父殿とゆっくり話でもしてくるといい」
ウィルが中に乗り込むと、馬車は王宮に向かってすぐに出発した。
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