第11話 ウィルの来訪
王都に戻ったアランは、家族の住む屋敷ではなく、ロシュフォールド家が所有する別の屋敷で暮らし始めた。
中心部から少し離れた場所に位置する、二階建てのこぢんまりとした家である。
といってもそれはロシュフォールド家の他の屋敷の面積と比較しての話で、世間的には十分すぎるほどの広さだったが。
実際、アランとグエル二人で暮らすには手入れが大変で、引っ越してから連日、アランもブラウスの袖をまくって荷物の片づけに奮闘していた。
その日も朝から夕方まで、部屋の中を本を抱えて行ったり来たりしていたアランだったが、突然たまりかねたように大声をあげた。
「ウィル、邪魔だ。手伝う気がないなら帰れ」
アランの冷たい視線の先には、一人の美しい青年が長い脚を組んでゆったりと椅子に座っていた。
「相変わらずつれないな、アラン。ひと月待っても顔を見せない親友をわざわざ訪ねてきたのに。王国広しといえども、この僕にそんな冷たい仕打ちをするのは、君とロザリーくらいのものだよ」
そう言ってウィルは華やかな笑みを浮かべた。
本人の自信に違わず、この笑顔を見れば高確率でたいていの人間が胸をときめかせるだろうが、幼少期からのつき合いであるアランに効き目はなかった。
「いいからさっさと帰れ。自分の立場を考えろ。おまえがふらふら遊び歩いていると、俺がいろんなお偉方から小言をくらうんだぞ」
「そう堅苦しいことを言うな。二年ぶりの再会なんだ。片づけはそれくらいにして祝杯でもあげようじゃないか」
「あいにくだったな。うちに酒は置いてない」
「なるほど。それでは堅物の親友殿を私の行きつけの店にご案内しよう」
ウィルは脚をほどいて立ち上がると、アランの腕をつかんで歩き出した。
「あ、こら。引っ張るんじゃない」
本を抱えたままアランは抗議したが、国王の甥であるウィリアム公子の耳にはまったく届かず、アランは半ば引きずられるようにして夕暮れの街へ出かけた。
アランがウィルに連れていかれたのは、王侯貴族ご用達の高級飲食店が軒を連ねる大通り……ではなく、そのエリアに隣接する繁華街の大衆食堂だった。
店内は仕事終わりの労働者たちでごった返し、長テーブルの空いている席をどうにか見つけて、アランとウィルは腰を下ろした。
アランが戸惑っている間に、ウィルは近くを通りがかった店員に飲み物と料理を流れるように注文した。
「こういう場所にはよく出入りするのか?」
周囲の喧騒に負けじと、アランはいつもより声の大きさを三割り増しにしてウィルに尋ねた。
「たまにだよ。おっと、そんなに目くじらを立てないでくれ。息抜きにはちょうどいいだろう? それより君の話を聞かせてくれ。遊学中に運命の出会いはあったのかい?」
興味津々といった様子で体を乗り出してきたウィルに対し、アランは半目になった。
「そんなわけあるか。おまえじゃあるまいし。俺は勉強しに行ってたんだぞ」
ウィルはこれ以上ないというくらい目を丸くした。
「そうなのかい? 君が帰ってくるなり家を出たのは、てっきり女性を呼び寄せるためなのかと思ったんだけど。伯爵家では上から下への大騒ぎだったと僕の耳にまで噂が聞こえてきたよ」
「おいウィル。その話、誰から聞いた?」
「そんなの別にいいじゃないか」
「まさか俺がいない間に、またうちの使用人に手を出したんじゃないだろうな」
ははは、とウィルは笑ってごまかした。
アランがさらに追及しようとすると、ドン、と飲み物のジョッキが目の前に置かれた。
「お待たせしました」
すぐ横から店員の声がした。
「お、料理がきたね」
ウィルが助かったとばかりに安堵の表情を浮かべた。
気勢をそがれたアランだったが、隣で料理の皿を次々と並べていく店員の横顔を何気なく見上げて、思わず腰を浮かした。
「エレノア?」
料理を運んできたのは、あの痩せっぽっちのエレノアだった。
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