両性天使は俺にだけ愛を囁いてくれるようです

鳶雫

一階 天使

(1)

初めての高校生活に期待して、胸を躍らせて迎えた入学式から数週間、一人で家の扉を開ける。中学校までのイメージを払拭したくてあえて少し遠くの高校を選んだというのに。顔が怖いという理由で友達はおろか、碌に話すらできない。そもそも谷古宇(やこう)という珍しい苗字のせいで噂がすぐに広まってしまうのだから。

「はぁ…ただいま」

誰もいなんだけどね。2Kのアパート借りてもらったけど…友達なんていないし、虚しくなるだけなんだよな。皆はどうやって友達を作っているんだ?顔か…?!顔なのか!俺の顔が怖いのがいけないのか?

薄い眉毛に切れ長の目。いかにもヤンチャそうな顔。見た目だけで判断されたらやりようがない。冷蔵庫を開けて飲み物を取り出し、それを一気に飲み干す。無駄に広い部屋を見回しながら椅子に腰かける。

「うわ…?!なんだ?!」

窓が…光ってる?!え、そんなに天気良かったっけ?うん、快晴ではあるけどおかしいか。落ち着け……落ち着け。ん~…?人?いや?!羽が生えてる?

ゆっくりゆっくり照らされた光の中を人が降りてくる。ついに、地面に着地したかと思うと笑顔でこちらを見つめる。

「こんにちは、谷古宇肇(やこうはじめ)さん」

「……?!」

肩まで掛かる髪の長さで綺麗なブロンドの毛色。整った優しそうな顔立ちに純白のワンピース、背中からは羽が生えている。装いは天使そのものだ。

うわ…怖いけど、綺麗な女性?だな…。ていうか、何?何で名前を知っているんだ?母さんと父さんが送り込んできたコスプレ女性?丁度海外に行ってるし…。

「なるほど、綺麗だと思ってくれて光栄です!」

「え?声に出て…?!」

「いや、読めますよ?私は天使ですから」

いや…読めますよて。人間じゃない事を認めているって!それって…なんだ?なんて表現したら……。取って食われるか?!あぁ、読まれるのか。

「そうです、言いましたよね?後、私の事を妖怪みたいにしないでくださいね?」

「は、ははは……そうですよね?」

「私が降り立ったのは…あなたに惚れてしまったからです!」

はは…は?人間と友達になる前に、天界から来た人が彼女になると…?いや、うん?理解が追い付かない。そもそもなんで俺?俺なんか顔が怖くて、友達もいなくて、何も取柄なんかありゃしないのに。

「それはですね、私を助けてくれたからですね」

「えぇ?人間?天使?助けた事なんてないですけど…。」

「姿が違ったので。猫を助けた事ありましたよね?真っ白い毛の。」

ああ!あれか!純白で可愛い顔をした猫が道端で倒れていたことがあった。俺自身も綺麗すぎて野良な訳ないと思ったけど…。皆見て見ぬふりで通り過ぎてたし、気味悪がられて可哀そうだったからなぁ…。

「じゃあ…もしかして?」

「はい!その時の猫が私です!」

お約束通りの展開なんだ、これ。それで、天界から俺の家に直接降りるんだ?少なくとも…猫が訪ねてきてから展開してほしかった。

「それだと…鶴の恩返しみたいじゃないですか?」

「あ~…確かにそうかも?」

「後は…心に触れたら温もりを感じた、それが主な理由ですね」

話終えた天使は微笑んで俺を見る。そんな事を言われた事は一度もなかった。勝手に第一印象から決められる言葉、「怖い」。この言葉以外を聞いた事がなかった俺は、少しだけ泣きそうになった。純粋に嬉しかった。

でも、なんでそもそも天界から降りてくることになったんだろう?天界の方がきっと暮らしやすいだろうし…。

「少し長くなりますけど…説明しますか?」

「じゃ、じゃあ。」

まず初めに、天界には神という存在と神に仕える天使が存在している。天使から神になるためには、九個の段階を踏まなくてはならない。さらに、九個の段階を踏み、すべての事象を理解することが条件。

そして今回、俺の所に降り立った理由が、人を導く位を与えるからしっかり導いてこい。それができれば飛び級で神にすることを許す、という口約束が理由だったらしい。

「へぇ…すごい」

「それでですね…ここからなんですよ!」

「う…うん。」

人間なんて…と思いつつ天界から様子を見ていたら俺を見つけたらしい。何故こんなにも優しい人が虐げられて生活しているのか?という疑問から観察を続けて、猫になって助けてもらい、惚れて今に至る、らしい。

なんかいい事したけど…どうすればいいんだろう?俺なんか何もできないし…邪魔でしかないんじゃないだろうか?導かれるって言ったって、高尚な事だって出来やしないだろうし。

「大丈夫ですよ?最終的には私が天界に連れ去らせていただきますので!」

「サラッと怖い事言ってない?!」

「怖いですか?永久的に一緒に居れますよ?」

「う~ん…まぁ未練もないしいいか!」

コミュニケーション、優しさ、俺自身。すべてを拒否されているのに、何を努力すればいいんだ。頑張って…頑張って、頑張って。友達はできなかった。諦めるか、今ここで。

「諦めないでください!一緒に頑張りましょう?とりあえず、高校生活を豊かにすることから始めましょうね!」

「…泣いてもいい?」

「ええ、任せてください!」

天使は手を広げて、こっちを向いている。俺はその胸を借りて…駄目だ!邪な事に支配されるかもしれない…。良くない!そういうのは!自分の袖で涙を拭う。天使は口を尖らせて「後少しだったのに…」と面白くなさそうに呟いた。

「そういえば…名前は?」

「私に名前はないですよ?」

「……え?!じゃあなんて呼べば?」

「つけてください、貴方につけてもらえたら嬉しいですね!」

うわぁ…一番やばいの来た。俺、ネーミングセンス皆無なんだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る