第45話

 面接の二人目は、マルクが嫌いだと言い放った女だ。

 茶髪をハーフアップにし、紺色のリボン型ヘアクリップで留めている。

 毛先を巻き、薄化粧を施している女は白黒でまとめたオフィスカジュアルな装いで入って来た。

 女性らしさが全面に出ており、可愛らしい。

 薄化粧であるにも拘わらずここまで可愛らしく仕上がっているので、土台がサツキとは違うのだろう。

 これで安物の化粧品を使っていたら敵だ、とサツキは鋭い目で観察した。


「転職理由は?」


 クリスが先程の男の時と同じく淡々と質問をしていく。


「今の職場での仕事はお茶出しだけで、他にすることがなくてぇ」


 質問しているのはクリスだが、女の視線はマルクに注がれている。

 マルクは女と目を合わせることなく、指を机に置きリズムよく叩いている。

 そのリズムが煩わしいとサツキは顔を顰めるが、マルクが苛立っているサインなのか暇のサインなのか分からない。この場で本人に注意することは当然できないし、クリスは気にしている様子もない。


「うちの会社はただの運転手じゃないけど、大丈夫?」

「今勤めている会社は車で通勤しているので、大丈夫ですっ」

「給料は高いけど、その分危険も多いよ?」

「軽自動車を持っているので、大丈夫ですっ」


 ちらちらと隠しもせずにマルクを視界に入れ、クリスなんて眼中にないようだ。

 サツキよりも年下の女は仕事よりも色恋に夢中で、クリスの質問に少しずれた回答をする。使えないことが分かり切っている女に何度も質問しなくてもいいのでは、とクリスを横目で見る。


「はー、うっぜ」


 クリスが話している途中、マルクは大きく息を吐いて嫌悪を出す。

 コートの内ポケットを漁ったかと思いきや、大きな銃声を上げて女は椅子から転げ落ちた。


「あー、すっきり」


 便所で用を足したように言い、銃を仕舞う。

 クリスは口を開けたまま頬をぴくぴくと動かし「防音だけれど、だけれど…」とぼそぼそ呟き、サツキは倒れた女を引き摺ってオフィスのデスク下に隠す。床に付着した血痕を拭こうとオフィス内を探すが、布巾が見当たらないので常備しているハンカチで拭きとる。

 他人の血が染み付いたハンカチをポケットの中に入れるのを躊躇うが、放置するわけにもいかないので仕方なく突っ込む。


「マルクさん、嫌いなのは分かりますが勢いで殺すのはどうかと思います」

「腹が立ったんだから仕方ねえだろ。馴れ馴れしく視線を寄こす方が悪い」


 戸惑いを見せず血を拭き、マルクに意見するサツキをクリスは目をマルクして眺めていた。

 想像していたよりも二人の関係が良く、マルクがサツキを脅している様子はない。やはり自分の見る目は正しかった、サツキを引き入れたのは間違っていなかった。他の人事に言ってやりたい。マルクの専属をしているこの運転手は自分が採用したのだと。


「クリスさん、死体はデスクの下に隠したので、もう一人の面接が終わったら回収班に連絡します」

「よろしく」


 何事もなかったかのようにまた三人並んで椅子に座る。


「色恋に夢中の女を割り出すために、面接官はイケメンを投入するのもアリなのでは?」

「同じことを思った。でもこればかりは、人手不足な上に顔立ちの良い奴なんてなかなかいないんだよ」

「マルクさんレベルの顔は見たことないですが、探せばそれなりの人はいると思いますけど」

「他部署にはいるけど、人事にはいないから。異動なんて簡単にできないし、こればかりは仕方ない」


 他部署にいるイケメンが気になる。マルクよりもイケメンなのか、いやマルクより顔の良い男はいない。贔屓目なしにしても、憂いを帯びている綺麗な顔立ちで肌も陶器のよう。

 そんなマルクは二人の会話を気にすることなく、テーブルに足を乗せて怠けていた。


「マルクさん、今から面接なので足は降ろしてください」

「あ?」

「今から来る人にとって、私たちは会社の入口です。入口が汚いと、引き返されてしまいます」

「汚い会社なんだから間違ってねえだろ」


 そう言われるとそうだ。そもそも汚いことをしている会社なのだから、入口が汚くともそれが真実。

 サツキが黙り込んだのを察して、マルクは鼻で笑った。


 女性が鳴らすヒールの音が聞こえ、サツキは姿勢を正す。せめて自分くらいは綺麗な入口を作ろうと思った。

 履歴書の顔写真では髪が短く、顔の骨格がしっかりしているので男性と言われても頷いてしまう容貌だ。柔道や剣道をやっていたわけではないようで、元警察官でもない。履歴書を見る限り、ごく普通の会社員だ。


 三人がいる場所へ足を踏み入れ、その容貌をサツキが視界に入れた瞬間、またもや銃声がした。

 まさに早業。


「…マルクさん今度は何が嫌だったんですか」


 その場に倒れ込み、まだ息がある女の頭にもう一発撃ち込むと、マルクは先程と同じくコートの内ポケットに仕舞った。


「クソみたいな目をしてたんで腹が立った」

「どういうことですか…」

「これで終わりだな?帰るぞ」

「あ、回収班に連絡を入れないといけないので待ってください」


 回収しやすいように死体二つを同じ場所に転がしておかなければならない。回収班に連絡も入れなければならない。

 立ち去ろうとするマルクだが、サツキはその場に留まる。

 クリスは呆れて言葉が出ず、やっと出てきたのはため息だった。暗殺班は自己中心的な振る舞いが目立つ。自分の感情一つで人間の生死を決める。今回も、ただ面接をするためだけに入ってきた人間を、腹が立ったという理由だけで撃ち殺した。

 もう二度と、面接の場に人殺しは同席させない。

 眉間を片手で軽く揉み、後始末をしようとするサツキに声をかける。


「あぁ、やっておくから帰っていいよ」

「当たり前だろ。早く行くぞ」


 クリスは、さっさと帰れと気持ちを込めて二人に手を振る。

 三人の中で一番下っ端の自分がやるべきことだったが、ここへ来たのはサツキの仕事のためではなく人事の仕事を手伝うため。自分が全部やることもないか、と会釈をしてマルクの後をついて行った。

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