第245話 フランスに向けて動き出す
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「え~、3人は次の試合終わったらもうそのままフランス行きですか~?」
桜王との準々決勝を終えて何時も通り試合翌日は完全休養を取り、その次の日に再び何時も通り部活が再始動となっている立見。薫が監督になっても此処は変わらず薫も「疲れは徹底的に取った方が良い」とこの日程に反対は無かった。
午後の練習の合間休憩で部員達へとドリンクを振舞っていた彩夏はそこで弥一と大門から次の準決勝が終わると、すぐにフランスへ移動しなければならない事を聞かされてのんびり口調ながら驚いている。
「そうそう、元々イタリアに留学してた弥一はともかく俺は海外初めてだからパスポートの用意とかあって忙しかったよ」
大門は今回のフランスが初めての海外、家族旅行も国内で何時も済ませていて彼の人生で海外に行った事はこれまで一度もなかったのだがUー19に選ばれた事により海外に行く準備を色々としなければならなかった。
「まあ移動となると大変だねぇー、時差あったりフランスまで結構な時間かかるし」
日本とイタリアを行き来した経験を持つ弥一は日本から欧州への長距離移動を知っている、東京の空港からフランスのパリまで行くとしたら直行便で約14時間はかかると言われ半日以上は空を飛ぶ機内で過ごさなければならない。
大変なのは海外との試合だけではなく、気候や移動に時差との戦いでもある。歴代の日本代表はそうした試合以外の見えない過酷さと戦ってきた。
「準決勝まで戦って休む暇なく長時間移動は辛い…分かりました~、ちょっと待っててくださいね~」
そう言うと彩夏はスマホを取り出して電話をかける。
「あ、お父さん?あのね~」
「お父さんがファーストクラス用意してくれるそうです~♪」
「え!?」
何時ものマイペースな口調で代表2人に伝える彩夏、これに大門は驚いて持っているドリンクを落としそうになってしまう。普段飛行機に乗らない大門でも飛行機のファーストクラスがいかに凄いのか知っていた。
ゆったりくつろげる広い座席、高級感溢れる専用ラウンジ、リッチな機内食と最上級のおもてなしを受けながら飛行機の旅を楽しめる、それが飛行機のファーストクラスだ。
「ただでさえ日程が厳しいというのに窮屈な空間で長時間移動をして立見どころか日本サッカー期待の宝が壊れては一大事だ!となってお父さんの方でフランス行きのチケット3枚抑えてくれると、それはもう張り切ってましたね~」
黛彩夏は日本の大企業、黛財閥社長の娘。父親はサッカー好きで立見の強力サポーターとなっており、サッカー部の専用寮がスムーズに出来たのもそのおかげだ。
そして彼もまた選手権で立見の歴史的瞬間を目の当たりにし、魅了された1人である。
「ファーストクラスって一体どれぐらいするんだろう…?」
「これぐらいみたいだよー」
贅沢な飛行機の旅は一体どれぐらいの費用がかかるのか、大門が気にしていると弥一はスマホで調べたファーストクラスの値段が載った画像を見せる。
それを見た瞬間、桁違いの金額に大門は固まってしまう。
「あ…あの、彩夏さん?今から一番安いクラスに変えるとかそういうのは…」
「ああなったらお父さんは止まらないですよ~」
50万程するサッカーマシンをポンと用意した彩夏も相当だったが社長の父親はそれ以上だ、流石にそこまでしてもらうのはと大門は断って一番格安の飛行機で行こうとしていたが、彩夏からもう変更は無理だと告げられる。
「この期待はサッカーで応えて返そうよ、休憩終わりだから練習戻ろうー♪」
「お、おおー…」
それだけ期待してもらっているのであれば万全のサッカーで応えようと、ファーストクラスの金額に固まる大門に弥一は軽く背中を叩いた後に練習へと戻り大門もそれに続いて行った。
一方もう1人の代表組である優也は薫から呼ばれており、その前に立っている。一体自分にどのような事を言って来るのかと、優也は黙って薫からの言葉を待っている所だ。
「歳児、次の試合で田村に代わりスタメンで右SDFをやるつもりはないか?」
「!」
薫から開いた言葉、それを聞いて優也は目を見開く。本来のFWや前の攻撃的位置ではないDFのポジション。次の準決勝では田村はイエローカードの累積により出場停止、その代役として優也に声がかかった。
「積極的に守備を行い一生懸命走り、更にそのスピードも立見1だ。スタミナも高く冷静、守備技術で荒い所はあるがお前なら務まると私は思う」
「…」
「FWに拘り続けるか新たな可能性に賭けるか、無理強いをするつもりは無い。FW1本に拘るのも一つの道だ」
あくまでこれを決めるのは優也だと薫は彼自身の判断に任せる。
優也が思い浮かぶのは桜王の冬夜、幼馴染にしてライバルの彼は元々FWをしていて桜王ではSDFに転向。元々のFWとしての能力、陸上で鍛えた走力を兼ね備え攻撃的な快速SDFとして活躍。
その後に出て来た顔は立見の後輩達、そしてUー19で同じポジションを争うライバル達。
立見で自分と似た位置に居るのは氷神兄弟、彼らは揃ってスピードとテクニックの両方を兼ね備えておりすばしっこく身軽な能力を活かしたプレスは相手からすれば非常に厄介。
中学サッカー界の覇者は伊達ではない。
代表では室や照皇と数々の優秀なストライカーが居て今の所はその中で1番優秀な成績を収めているのは照皇、それはこの前の大学生との練習試合で証明されている。
FWとして結果を残している一方で優也は無得点だった。
このままFWを続けて彼らのレベルを超えられるのか、一つの壁に当たってしまっている所に薫からのSDFをやってみないかという提案。
「やらせてください、SDF」
優也は新たな可能性を見つけようと自ら次の試合にSDFとして出る決意をし、薫へと頭を下げた。
その後目的地に向かって走る優也に一切の迷いは無い。荒いと言われた守備を鍛えようとチームで1番上手い守備をする人物の所までやって来ると優也は声をかける。
「弥一、お前の守備技術を教えろ」
高校1のDFと言われる者と同じチーム、その利点を存分に活用しようと弥一に優也が教わりに来たのだ。
急に自分の所へやって来て優也の真剣に頼む様子、これに弥一はなんとなく察した。
「いいよ、その代わりー…」
深くは聞かず弥一は了承するがその後に何か言おうとしている、弥一の事だからスイーツか飯でも奢ってとか言う気かと優也が内心で予想しつつ彼の次の言葉を待つ。
「守備に関しては僕、超スパルタだから覚悟しといてね?」
そう言うと弥一は不敵に笑っていた、人一倍無失点に拘り追求し続ける弥一が守備で加減など有り得ない。それは同じチームで1年以上の付き合いになる優也も分かっている事だ。
「そのつもりでこっちも声をかけた」
上等だとばかりに優也の方も言葉を返せばこの日から準決勝に向けて弥一が優也にマンツーマンで守備の指導が始まる。
「もっと速く体寄せてー!」
「攻撃から守備の切り替え遅いー!スイッチ素早く入れて戻る!」
優也に対して手加減無しで弥一は本気の守備を教え、優也もそれに応えて懸命に動き続けて汗を流していく。
「最近神明寺先輩と歳児先輩、2人で練習してるの多いなぁ」
「フランスに向けての秘密特訓とかかな?」
「良いなぁ~、神明寺先輩とマンツーマンのトレーニング~」
「僕も指導してほしい~」
1年達が2人の姿を見て話す中で詩音と玲音の2人は弥一と優也の特訓を羨ましそうに見ていた、2人はレギュラーメンバーと全体練習行きだ。
6月の中旬、週末の土曜を迎えて東京総体予選の準決勝が今日行われる。
この試合後に弥一、大門、優也の3人がフランスに旅立つとあったせいかスタンドは超満員。彼らへの注目だけでなく今回の相手の影響もあった。
立見と同じく今大会優勝候補の一角と言われる超攻撃サッカーでお馴染みの西久保寺、去年とほぼ同じメンバーがいずれもスタメンに選ばれておりチーム力は今季の真島、桜王を超えるという前評判だ。
事実上の東京決勝戦と言われており注目の試合となっている。
「君が立見の監督となったのを知った時は正直腰を抜かしそうだったよ、薫」
「それで抜けるような腰になる程に引退して衰えたのか学よ」
「酷いなぁ」
フィールドでは両チームがアップでそれぞれ動き、一方でベンチ前では立見の薫、西久保寺の高坂と両指揮官が挨拶を交わしていた。
互いに同い年で薫と高坂は高校時代からの友人、その薫からの言葉を受ければ高坂は頭を右手で軽く掻いて苦笑。
「明君、調子良いみたいだね。桜王戦で見事なゴールを決めたり守備でも貢献してたし、やっぱり天才の存在が影響しているのかな?」
「さあな」
薫と話す中で高坂の視線の先には一緒にアップをしている弥一と明の姿、明の開花は弥一が影響しているのではないかと高坂は見ていた。
「(この試合の後にフランスか、悪いけど神明寺君。君にはこの試合で負けてから行ってもらうよ)」
相手はUー19代表が控えている、だが高坂は弥一と立見に華を持たせる気など欠片も無い。
自慢の教え子達が彼らをすんなりフランスに行かせないだろうと高坂の目はリラックスしつつ和気あいあいとアップをする西久保寺の教え子達へと向けられる。
今回立見は万全ではない、チーム不動の右SDF田村が今日の試合で欠場。間違いなく大きな痛手であり彼の欠場は西久保寺の勝利の可能性を高める事だろう。
フランス国際大会への挑戦の前に弥一達の東京総体予選ラストゲーム、本戦への出場権を争う真剣勝負の時はもう間もなくだ。
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彩夏「何か相手の監督さん、高坂さんと話してましたけど名前で呼び合ったりして実は学生時代お付き合いしてたとかですか~?」
薫「そういうのを期待してるなら悪いが無いぞ」
彩夏「え~、実はお互い密かに想い合っていたとかそういうのは~」
薫「無い無い、そもそもあいつ当時から奥さんとなる相手と付き合ってたんだからな」
摩央「(居づれぇ…)」
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