第182話 日本の天才とイタリアの天才
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
イタリアで当時のジョヴァニッシミにて圧倒的な強さを誇り試合で勝利を重ね、その世代で最強と噂されていた。
並外れたサッカーセンスとテクニック、魔法の足を持つと言われる異次元の魔術師サルバトーレ・ディーン。
静かに忍び寄りボールを奪い取り相手の攻撃を摘み取る小さな狩人(リトルハンター)神明寺弥一。
他にも多くの実力者が揃い、彼らのチームは最強の称号を欲しいままに不敗神話を築き上げる。
「暴れ回ったもんだな、あの頃。いくつゴールを決めたりアシストしたのか細かい数字はもう覚えてない」
「キミが出ていた時とか大抵大量点が入ってたもんね、相手チームが可哀想なぐらいだったよ。一種の虐めかって感じ」
「相手が弱かったからそれだけの点差がついた、それだけの事さ」
自分達が居た頃のチームについて車内で弥一とディーンは振り返っていた。
当時無敵を誇っていたジョヴァニッシミのミラン、特にディーンが出場している時は手がつけられない圧倒的強さであり相手の想像の上を行くプレーをして幾多のDFやGKを欺き、チームにゴールと勝利をもたらし続けた。
「試合よりお前と競っていた方がまだ面白かった」
「あはは、こっちは死ぬ程苦労してたんだけどねー」
当時日本にて全国大会3連覇小学生時代に成し遂げ、イタリアへと渡って来た弥一。
サッカーの本場でもやれる自信はあったが所属したそのクラブで神童と名高かった当時のディーンに練習の中で何度も抜かれ、欺かれていた。
彼の想像もつかないテクニックに翻弄されたのもあるがイタリアサッカーは日本とスピードが違う。
走るスピードとかボールを蹴った時のスピードとかではない、状況判断の速さにチェックをかける時の一歩踏み出す動き出しの速さ、更に技術もトラップがまるで足元に吸い付くように正確であり、そこからパスに蹴り出すまでもまた速い。
ディーンのみならず本場の選手達はユース世代からそれらを磨いていき、弥一の居た柳FCも強豪だが更に彼らは上であり次元が違う。
だがそれでも弥一は喰らいついていく、正確なトラップする技術を真似してイタリアの天才であるディーンの技を盗もうとしていた。
サッカーを始めたばかりな最初の頃と同じだ。
DFとしてプレーするが同級生に通じなくて上手く行かず壁にぶつかっていたあの頃、本場のカルチョを物にする為に同年代の一流達と日々行われるサッカーは間違いなく弥一を更に成長させてくれた。
最初はついていけなかったスピード、心を呑気に読んでいるだけじゃ遅いと感じ素早い状況判断を意識しフィールドをより見渡して視野を今よりもっと広げていく。
素早い状況判断からの動き出し、正確なトラップ。最初に脅威と感じていたのを弥一は次々と自らの物にしてチームメイトから注目されるようになる。
そしてディーンと練習で張り合い、抜かれてばかりの弥一だったがディーンのパスやドリブルを止められるようになれば周囲からどよめきの声が起こっていた。
競い合っていく日々の中で2人は友人関係となり、ディーンにとって弥一は同年代で数少ない自分とサッカーで張り合える人物だ。
「強く上手いだけじゃない、良い奴もいっぱい居たなぁ。ランドのジョークとか面白かったしリカルドは美味いパン屋教えてくれたし」
当時のチームメイト達の顔を弥一は思い浮かべる、ディーンと共に攻撃で引っ張りチームのムードメーカー的存在である陽気なランド。最後の砦として立ち塞がり抜群の反射神経とリーチを兼ね備え、弥一とゴールを守ってきたチームの守護神リカルド。
他にも色々な仲間と巡り会え、弥一は彼らと共に楽しくサッカーをする事が出来た。
「ああ、ランドとリカルドならプリマヴェーラの方で活躍してるよ。流石にまあ、ディーンみたいに一気にプロ契約とまでは行ってないけどね」
車を運転するマルコの方は現在の2人を知っており弥一へと伝える、あれから彼らも元気そうで何よりと弥一は陽気に笑うマルコと同じく笑う。
「すっごいなぁ、その年でもうセリエAって」
「まだスタート地点に立っただけさ、大事なのは此処からだ」
腕を組んで目を伏せるディーン、彼の様子からして超一流クラブに在籍して浮かれている様子は無い。
「お前も知っているだろヤイチ、そのセリエAを含めて今のイタリアサッカーが危機だっていう事に」
「ああ…そうだね」
「…」
車内の陽気だった空気は変わる、弥一だけでなくマルコも陽気な笑みは消えていた。
世界最高のサッカー国際大会であるワールドカップ、かつてイタリアは4度の優勝を成し遂げておりイタリアの強さを世界に広め頂点に君臨した経験と実績を持つ。
だが予選でまさかの敗退、それも一度だけでなく二度も味わっており母国ではアズーリに泥を塗った、恥を知れ、世界の破滅だ、等と酷評や罵声の嵐が当たり前のように飛んでいた。
ただでさえ厳しい本場のファン、彼らからすれば続けての敗退は到底許されない出来事だろう。
それを知った時は日本人である弥一もあのイタリアが、と信じられない気持ちだったがディーンやマルコはそれ以上の計り知れないショックと衝撃のはずだ。
「2大会連続でワールドカップを逃してイタリアサッカーは地の底まで落ちた、二流国だとまで言われるようになりセリエAの価値まで下がって来ている、これ以上そんな事言われるのは我慢ならない…!」
忌々しそうな顔でディーンは苛立ちを隠そうともせず語る、腕を組むその手も震えていた。
ワールドカップ出場を逃しセリエAでも観客の数が減り人気は低迷しておりスター選手が他のリーグに行っているという事もあって遅れをとっていた。
低迷するカルチョ、その復活を強く望むディーンはそれに身も心も人生すらも捧げている。心の底から聞こえる声は大きく、弥一にハッキリと伝わっていた。
「本気で彼はイタリアを蘇らせようとしている、その為ならどんな過酷な事もこなす覚悟でね。僕もその心意気に惚れてついて来たんだ」
最強のイタリア復活を本気で望み動くディーンの姿、それに惹かれてマルコは彼の専属トレーナー兼マネージャーとなってイタリアを蘇らせる同志として働く。
ディーンならばそれをやり遂げられる力や才能があると信じて。
「とてつもないなぁ、まるで世界の危機を救う勇者みたいだよ」
「本当ならその仲間としてお前をイタリア帰化で誘いたかったんだけどな」
そのディーンは弥一を高く買っており、可能だったら弥一がイタリア国籍を取って共に代表でまた戦いたいと望んでいた。それが現実的ではないと分かっていようが。
「少なくとも日本は…お前の価値を理解してないように思えた、専門家が偉そうに語ってたのを聞いたけど誰もお前を分かっていない三流だ。イタリアだったらヤイチはもっと理解されて活きるはずなのに」
先日聞いていた高校サッカー特集、その中で立見について専門家が話しているのを聞いたが思ったより弥一が高く評価されていないようにディーンには感じた。
立見は弥一が居てこそあの強さなのだと。
「んー、僕の事を高く評価してくれるのは嬉しいけどねディーン。僕は日本人である事を放棄する気は無いよ」
此処で弥一はディーンに対して小さく笑みを浮かべて答える。
日本人がイタリアに帰化するには10年以上イタリアに居住していなければならない、それだけでなく色々他にも条件は必要であり帰化はほぼ不可能。
最もどちらにしても弥一は日本人であり続ける事を選ぶ。
「だとしたら、お前はいずれ俺の前に立ち塞がる敵になる。イタリアと日本の代表戦で」
「気が早いなぁー、そっちは確実に声かかるだろうけど僕の方はそんなお呼ばれ無いからねまだ」
弥一が日本人としてあり続けるなら何時かはそうなると確信してるかのようにディーンは弥一の目を真っ直ぐ見て言い切る、その弥一もマイペースに笑いつつもディーンの目から逸らさず見返していた。
日本とイタリア、共に蒼きユニフォームで若き天才の2人が代表として袖を通し身に纏い戦う時はそう遠くはないかもしれない。運転するマルコはそんな予感がなんとなく伝わる。
「じゃ、楽しいドライブだったよディーン、マルコ♪」
結局あれから一回りし桜見の駅前へと戻って来て車から降りた弥一、2人へと乗せてもらった礼を明るく笑い伝えた。
「ヤイチ」
「うん?」
その弥一へとディーンは声をかける。
「選手権、優勝して来いよ」
かつてチームメイトだった友へのエール、言葉少なめだが弥一には充分伝わりディーンの言葉が終わると共に車の窓は閉まりそのままマルコの運転により走り去って行った。
異国の友からの応援を貰い弥一は帰宅し、明日の試合に向けて休息に専念。
夕飯は久々にパスタでも食べようとイタリアで過ごした思い出に浸りつつ、美味しいパスタを夜に弥一は味わって英気を養い早めに休んでいた。
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