第167話 巨人の脅威


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 岐阜の昇泉と福井の琴峯の試合は前半に琴峯の長身FW室のヘディングで先制し、1点のリード。


「んーっと、琴峯で注意するのはあのでっかいFWに右ハーフで足速いのと…」


 スタンドで観戦している弥一が琴峯の要注意は他にいないかと探していたら、再び室へと高いボールが来ると今度は頭で落とし詰めていた琴峯選手がミドルシュート。


 これを昇泉のDFがブロック、ゴールラインを割ると琴峯がコーナーキックを得る。



 昇泉のエリア内で一際目立つ195cmという今大会最長身プレーヤーの室、キッカーは高いボールを蹴り室の頭に合わせて行った。


 マークするDFよりも更に高く飛び、室は高打点のヘディングを叩きつけるとGKの手を掻い潜りゴールネットへと吸い込まれる。



『琴峯またしても室が決めた!2ー0、圧倒的に高い室の頭!高校サッカーの空の王者は彼で決まりかー!?』



「おーし、行ける行ける!気を抜かずしっかり行けよー!」


 コーナーキックを蹴った彼がゴールを決めて室を中心に喜ぶ琴峯を引き締めさせようと声をかけ、手を叩く。




「3人目の要注意はあの人かな?良いキック蹴ってたし」


「ああ、キャプテンの森川幹太(もりかわ かんた)だね」


 短髪の茶髪、室と並ぶと小さく見えるが公式プロフィールでは180cmとOMFで大型に入るであろう3年キャプテンだ。


 技術が高い琴峯の中でも特に優れたテクニックを持っており正確なプレースキックにも定評がある。更に長身でフィジカルも強く中々厄介な中盤プレーヤーと言えるだろう。


 前線に絶対的な高さのストライカー、サイドに快足ハーフ、中央に総合力の高いゲームメーカー。


 琴峯は前線に中々のタレント揃いとなっていた。



 室の長身を主に活かしたサッカーで分かり易いが分かっていても室の高さの攻略は容易ではない。



 まだ試合は続いており此処から昇泉が逆転する可能性もあり2点のビハインドを背負う彼らは攻勢に出て行く。


 個人技で抜き去りにかかるが琴峯はこれを2人がかりで止めに行き相手の中央突破を阻止、中盤5人と4バックの布陣でゴールを固める。これは立見と同じ4ー5ー1の陣形だ。



 ボールを取ると森川へと繋ぎ、森川から室に渡るとDFが寄せに行くが最長身による室の長い腕がDFを近づけさせない。


 手足も長く日本人離れしており驚異的なリーチを活かしボールをキープすると、ヒールで後ろへと流す。そこに快足ハーフの巻鷹が走っており室に気を取られていた昇泉DF陣は巻鷹への対応が遅れてしまう。


 巻鷹は昇泉エリア内へと侵入、そのまま右足を振り切りゴール右へと蹴り込む。


 これに昇泉のGKが反応しており左腕を伸ばして左掌でボールを叩き落とすナイスセーブを見せる、溢れたボールをDFがクリアしに行くが巻鷹が50m5秒台の俊足を発揮し弾かれた球へと詰めておりクリアされるDFの足よりも早く右足にボールを当ててシュート。


 今度は豪快にゴールネットを揺らして琴峯が追加点を決めた。


 3-0と3点のリード、これで立見が琴峯と2回戦を戦う可能性がより大きくなって来る。




 巻鷹のスピードも厄介だがポスト役となった室、やはり大元は此処だろう。




「なんや、立見も見とったんか。て言うても次に当たる奴が決まる試合やから当然やろうけどな」


 試合を見ていた弥一、大門の耳に聞き覚えある関西弁の声に2人が共に声のした方へと振り向けばそこに立っていたのはグレーのパンツに黒いジャケットを着た美少年の姿。


 黒い帽子を深く被ったりと変装しているようだがそれが最神第一の八神想真だという事は夏の合同合宿以来の声を聞いて分かった。


「こそこそとスパイみたいだねー」


「ええやろ、スター選手みたいな感じで。失礼ー」


 弥一と話しつつ想真は大門の隣へと座り、大門は弥一と想真に挟まれる形で観戦となる。


「最神もこの試合に注目してるの?」


「来てんのは俺だけや、注目のでっかいストライカーの顔を生で拝んで損は無いやろ思てな」


 何処かに他の最神選手も居るのかと大門が辺りを見回すが想真は来てるのは自分だけだと目の前の試合を見ながら伝える。


 想真も琴峯のFW室に注目しているようで、シード校として出場し空き時間を利用して直に試合を見に来ていた。そうさせる程に室の注目度は高いらしい。


「巷やと照皇を超えるんやないかって声もある程でなぁ、195cmの高さなんぞ10年に1人の天才でも持っとらんし」


 高校サッカー界でストライカーと言えば照皇、想真だけでなく弥一や大門もおそらく真っ先にその顔が出て来る。


 そこに新たに現れたニューヒーローの素質を持つ注目の大型スーパールーキー室正明。



 期待通りの活躍を見せて今日既に2得点と1回戦で早くも実力を見せつけていた。



 そうこう言っている間に昇泉が反撃し、エリア外から思い切ったミドルを撃つとDFがブロック。それがコース変わりGKの構えていた正面から逸れてゴール右隅へと行ってしまい琴峯のゴールネットが揺れる。



 これで反撃の狼煙が上がったとばかりに意気消沈気味だった昇泉の応援団の声が大きくなり、3-1。2点差となり試合はまだ分からなくなって来る。



「あー、きっついなぁ。結構リードしとってもたった一度のゴールでバタついて守備崩壊とかサッカーでようあるからこれ分からんで、立見もせいぜい気ぃつけや?」


 アンラッキーな形で失点となった琴峯を見て想真は無失点を続ける立見に忠告するかのように2人へと目を向けて不敵に笑って言う。



「…」


 これに大門は他人事ではないと思っている、アンラッキーなのは何時か自分達にも降りかかるかもしれない。


 予想外の失点、何が起こるか分からないサッカーにおいて充分それが起こる可能性はあるはずだ。



 立見も何時そうなるのか、大門がそう考えている間に弥一の方は試合を見ていた。





 その弥一が見てる前で琴峯はやり返すとばかりにリードしているにも関わらず貪欲にゴールを目指し前に出る。


 森川、巻鷹と繋いでいき巻鷹は室へと向けて右足でパスを送るが今度は高いボールではない。


 室の胸辺りに行く低めのパスだ。



 勢いあってスピードあるボールだが室はこれを胸で正確にトラップ、直後に右足を一閃。



 先程相手にやられた豪快なミドルをやり返すような室のミドルはゴール一直線、低い弾道で飛んで行く。


 正確な胸トラップからのミドルはこの日最もゴールネットを激しく揺らしていた。



『室のミドルが炸裂ー!この試合ついに3点目!今回の選手権ハットトリック第一号は室正明だ!脅威のスーパールーキーの出現だー!』


『あのスピードのパスを鮮やかに胸でトラップしてコントロールからの右足…いやぁ今年の高校サッカーは凄いのがどんどん出て来て豊作ですねー』



「お前1人で3点かよー!」


「この美味しいとこ総取りめー!」


「い、いやいや先輩達のアシストあってこそですって…!」


 仲間から祝福を受けながらも室は照れた感じで謙遜していた。




「頭だけじゃない…あんなテクニックも持ってるんだ」


 大門が目の当たりにした室のゴール、豪快なシュートが目立つ中で注目したのは巻鷹のシュート並に速いパスを正確に胸トラップでコントロール。そこからすぐに右足でのシュート、そう簡単に実戦で出来る事ではないプレーを室はやってみせた。


 高さだけが室の武器ではない、それは今のプレーで充分過ぎる程に伝わる。




 試合はこのまま4-1で琴峯が勝利。


 次の立見の相手は大型ストライカー室の居る琴峯と確定した。





「いやー、厄介なFWやった。注目のストライカー見れたし俺は行くわ、お先ー」


 室のプレーを直に見るという目的を達成した想真は席を立ち、2人へと挨拶した後にその場を後にしようとしていた。



「ねえ大阪のリベロさん」


「ん?」


 そこに弥一の声がかかり想真は足を止めて弥一の方へと振り向く。





「準決勝の立見VS最神楽しみにしてるよ♪」


「!」


 弥一は明るく笑って準決勝の事を持ち出した、これに大門は驚き想真も目を見開く。



 今目の前で次に当たるであろう2回戦の相手となる脅威のストライカーを見たにも関わらず弥一は勝ち進めば準決勝でぶつかるであろう最神、彼の目はそこを向いていた。



「は、こっちも楽しみにしといたるわ大晦日。大会最小の小人が大会最長の巨人にどう挑むか見ものや」


 それだけ言うと想真は足を止めず今度こそ会場を後にする。







「…まさか弥一から見れば琴峯、室はたいした事ないってなってる?」


 何であんな事言ったのか、2回戦の相手をちゃんと理解してるのかと思いつつも彼から見れば相手ではないとか思っているのではと大門は弥一の顔を見て聞く。


「いやー、あんな195cmの高さあって上手いトラップから豪快なシュートをドッカンとぶちかませるのを侮るなんて誰もやんないと思うよー」


「ええ!?でもさっき準決勝って!」


 侮るなんて有り得ないとばかりに弥一は明るく笑ったまま言うと大門はそれに驚きながら先程の想真との会話を持ち出す。弥一は準決勝に行くつもりでいる、なら何か勝算でもあるのかと。


「そりゃあ負ける気無いから、向こうも負ける気無いだろうし順当に行けば当たっちゃうでしょ?だから準決勝楽しみだなぁって」


「そ、そうなのか…」


 負ける気は無い、だから勝ち進めば最神とそのうち当たるから言っておいただけだと当たり前のように言う弥一に大門はとても彼のようにはなれそうに無いなと感じた。





 その時大門のスマホにメッセージが送られ、これに大門が確認すると彼の深刻だった表情は明るくなって行った。


「どうかしたのー?」


「桜見が決勝戦勝った、全国優勝だよ!」


「え、マジ!?」



 都大会を勝ち抜き鹿児島の全国大会へと出ていた桜見、大門のスマホに映し出されていたのは優勝トロフィーを持って満面の笑みで映る桜見イレブン。スコアは1-0とウノゼロで決勝を制した。


 その後に大晦日で行われる立見の2回戦を皆で見に行くと続いており、年内最後の試合は彼らもスタンドに来る事が確定したようだ。


「…これは、格好悪い所見せられなくなったな」


 彼らの活躍を嬉しく思う大門、全国の頂点に輝いた彼らを立見の勝利で祝いたい。自然とその想いが出て来て大門の力となってくる。





「んじゃ大晦日、いっちょ巨人討伐と行きますか♪」


 今年最後の立見の対戦相手となる琴峯、今大会最長身のストライカー室。


 それに対して今大会最小の身長である弥一はどう挑むのか。

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