第137話 試合がしたくてしょうがない彼


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 肌寒い季節となってきた10月、特に下旬付近まで迫ると冬の訪れが近いと思わせる程の寒さとなり、この月にしては暖かめな気温が続いていたがしっかり季節は変わるんだと寒空の下で歩く人々は思うかもしれない。


 今まで猛暑が敵となっていたがその脅威もほぼ無くなった中で立見サッカー部は練習に励んでいた。



 セットプレーの練習へと入りレギュラー組とサブ組で分けられ、レギュラー組が攻撃側。サブ組が守備側となり右コーナーの方に弥一が立っており彼がキッカーのようだ。


 より攻めなければならない状況、例えば仮にリードされていて点を取りに行く時更に攻撃のバリエーションを増やしておきたい。


 その時はDFも攻撃参加が求められてこういうセットプレーの時に高さあるセンターバック等の頭が立派な武器となるが、一際小柄な弥一ではその高さは無いに等しい。


 高さが無い代わりに弥一にはずば抜けた技術力がある、ならその彼がキッカーを務めるのが良いと今回任せた訳だ。



「いっくよー」


 エリア内に居る者達へと弥一は合図すると短い助走から左足の親指付け根付近でボールを捉え、ゴール前へ飛ばす。


 インフロントキックと呼ばれる蹴り方だ。


「わっ!?」


 ボールはそのまま近くに居る川田の頭上へ行くかと思えば途中でグンっと曲がり手前のゴール目掛けて向かって行った。この鋭い曲がりに川田も競り合うDFも驚いてしまう。


「うお!」


 急なコーナーからの直接狙うボールにGKは左手で弾く。


 弾かれて溢れた球は豪山の足元に転がり、これに対して豪山は右足でボールを流し込みゴールネットを揺らした。



「弥一、直接は聞いてないってー!」


 さっき弥一と川田は軽く作戦を決めており、それで行こうとなっていた所にこれだった。エリア内に居る川田の文句が飛ぶ辺り打ち合わせの時と違う事は明らかだ。


「ごめんー、昨日の試合思い出してちょっとやってみたくなっちゃってさぁー!」


 右コーナーから弥一は川田へと声を出して謝り、昨日の鳥羽のスーパーゴールを真似てやってみたかったという欲が出てしまった事を正直に言う。


 最も鳥羽の時はセットプレーではなく試合の流れの中で角度の無い位置から決めたのだが。


「(やっぱただの女の子好きじゃなかったなぁ、鳥羽さんは凄いや)」


 最初会った時は女子を口説く軟派な男というイメージが強かったが鳥羽のストライカーとしての力は間違いなく高い、昨日の試合で改めて彼が東京No1ストライカーというのを証明していた。


 その彼の代名詞である鋭く曲がるカーブのキック、それを昨日は角度の無い位置から決めてみせる。


 弥一はさっき近い位置から自らも狙って撃ったが角度の無い所から決めるのはハッキリ言って高難易度だと感じた、大抵はDFかキーパーに当たるか取られるかのどちらかだろう。



 それだけあのゴールは凄い物だった。



「おーい、時間が勿体無い!続き行くぞー!」


「あ、はーい」


 エリアの僅か外に立つ成海に言われると弥一はボールを持ち、再び右コーナーへセット。


 今は出来る事をする、このコーナーキックのキッカーもフリーキックの更なる技術向上やバリエーションを増やす事に繋がって行くと弥一は今度は右足のインフロントキックでゴール前へとボールを蹴り上げた。








 何時もの部活と比べ授業は弥一にとって大変な物である事は秋になっても変わらない、弥一が授業で活躍するのは外国語の時ぐらいだが今日はそれも無く普段よりも時間の経過が遅いと感じながらようやく昼休憩を迎える事が出来た。


 何時ものサッカー部1年男子の面々と木の下で昼食、元々は優也の場所だったのだが彼はすっかり普通に皆と昼食をとっている。


「あ~、癒される美味しさ~♡」


 今日の購買で弥一は本日限定の苺クリームパンを購入する事が出来た、爽やかな苺の酸味とクリームの甘さが絶妙なマリアージュとなり、その美味しさが弥一を幸せの世界に誘い授業の疲れを忘れさせてくれる。


「さっきえぐいキック蹴ってた奴と同一人物と思えない」


「今に始まった事じゃないだろ」


 大盛りサイズのハンバーグ弁当を食べつつ川田は目の前でパンを美味しく食べる弥一に高難易度のキックを蹴った時の姿を重ねていた。


 サッカーが上手く真剣にやる一方で休む時はとことん休み美味しい食べ物が大好き、そういう奴だと弥一の事を理解している優也は気にせず塩おにぎりを食す。



 摩央の方は昼の焼きそばパンをかじりながら主務としてスマホ片手に試合の予定をチェック、3回戦を勝ち抜いた立見は準々決勝に向かう。


 今回立見の居るブロックには桜王、真島といった東京トップクラスはいないが難敵である音村学院が立見と同じブロックであり決して彼らの道も楽という訳ではない。


 音村に限らず此処まで勝ち残ってる高校となれば全員が強者だ。



「次の相手は、空川学園か…前回負傷欠場してたエース戻って来たから今度は万全だよな」


 トーナメント表の画像を見れば準々決勝で立見が当たるのはインターハイの予選でも当たった事のある空川学園と分かり、摩央は前回の試合で空川がエースを欠いている状態だった事を思い出す。


「空川のエースってどんな人ー?」


 苺クリームパンをペロリと平らげた弥一は摩央へと空川のエースについて尋ねる。


「三船新吉(みふね しんきち)、ポジションはFWだけどGK以外のポジションをこなせる器用さがあって足元の技術が高い万能プレーヤーだ、八重葉で言えば村山に近いタイプだな」


「村山さんに近い…何か相当強いイメージだねそれは」


 横で多くのパンを食べつつ大門も摩央の話しを聞いていた、村山も相当な優れたプレーヤーである事は大門も知っており三船がそれに近いとなるとかなり厄介な選手というイメージだ。


「ていう事は空川はもう前回以上に強いはずだからこれ気を引き締めないといけないな」


 既に弁当を食べ終え、ペットボトルのお茶を飲んで一息ついていた武蔵。前回の予選では立見が勝っていたがそれはエース不在、三船がいない間に勝っただけに過ぎない、つまり今回は苦戦が予想される。



「へえー、どういう人か面白そうだねそれ♪」


 まだ見ぬ未知の相手に心躍る物があるのか弥一はスマホに映る空川の試合を見ながら楽しげな顔。


 此処に来て弥一はエンジンがかかっており、更に昨日の真島VS前川戦を見た影響もあり試合がしたくてしょうがない。



 無論負けるつもりもゴールを奪われるつもりも彼には無いが。










 おまけSS



 弥一「はいはい、やって来ましたよー!弥一のワンポイント講座のお時間でーす♪」


 摩央「どうでもいいという方は此処で周れ右しても全く問題ありません」


 弥一「酷いよそれ!?」


 大門「まあまあ、今回の内容は何かな?」


 弥一「今日は本編にもあったインフロントキック、これについてだねー。何それ?と思う方々へ説明するとサッカーのキックと言っても色々な蹴り方が存在してね、インフロントキックもその一つでこれは足の親指付け根付近で蹴るキックと言われてコーナーキックやフリーキックによく使われるんだ」


 大門「他にもロングキックとかにもね、このキックの特徴はカーブをかけやすいというのがあってフリーキックの名手はこのインフロントキックを上手く使う事で壁の外からゴールを狙うという技が出来ると言われてるんだよね」


 摩央「弥一とか鳥羽さんは相当上手く使ってるだろうけどな、じゃなきゃあんな有り得ないぐらい曲がったりはしないだろ」


 弥一「このインフロントキック以外にも相手の頭上を越すチップキック、力強いシュートをドカンと蹴るインステップキック、他にもヒールキックとかトゥキック、インサイドやアウトサイドと足の爪先や土踏まずや外側を使ったりとキックの種類はまあ色々あるねー。ドリブルのターンやパスも色々あるしただ蹴るだけじゃないんだなこれがー」


 大門「キックを覚えるとプロの試合とか見た時にこれはあのキックだ、ってサッカーを楽しむ幅がまた広がりそうだね」


 弥一「あと、他にもこれ教えてほしいとかあったら講座でやるかもしれないから気軽に声かけてねー♪それじゃ、今日の弥一のワンポイント講座は此処まで!またねー♪」

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