第135話 起死回生のカウンター


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 時は少し巻き戻り前川のロッカールーム、前半は全体を通し真島のペースを握られ思うように行かず我慢の時間帯が続いてしまう。


「前半押し込まれる展開が続く中で真島相手に0-1…あの1点は相手が巧かったとして、まだ点差は1点だ。もう少し左右に揺さぶって緩急の攻撃に行こう」


「そうだな、攻め急いで攻撃の組み立てがシンプル過ぎて読まれやすくなってたか…。駄目だな、焦らないようにとなっても焦ってしまうもんかな」


 ドリンクを飲んで喉を潤しながら島田と細野は攻撃について他の攻撃陣も交えて前半を振り返り、後半に向けての修正点を話し合う。


 点を取られてリードを許す今日の試合、ゴールを許した岡田と河野が責任を感じるように島田と細野も1点も取れていない事に責任を感じていた。自分達が先制出来ず思うように攻撃出来ない事で守備に負担をかけ過ぎていると。



「鳥羽には俺が引き続きマークする、他はそれ以外だ」


 タオルを肩にかけ、椅子に腰掛ける河野も休憩して身体を休める守備陣と守備の打ち合わせ。真島で要注意の鳥羽には引き続き河野がマークを担当する事になる。


 もう1枚増やすべきではという意見もあったが鳥羽に行き過ぎたら他がフリーになってしまう恐れがあると河野は首を横に振った。



 そして岡田はこれ以上得点はさせないと後半に向けて闘争心を高めていた。


「大丈夫です、鳥羽が来ようが俺は止めますから。2点目取られたらその場でサッカー辞めてやる覚悟でやりますよ!」


「いや、それマジ困るから止めとけ」


「あ、はい…」



 河野達前川の守備陣へ岡田は気合の表れか、後半に向けての意気込みとして強く言い切るが河野はそれに対して冷静にツッコミを入れる。


 気合が空回りした様子の岡田に河野はその肩に自身の右手を置いて彼の目を見た。


「来年の前川を引っ張ってもらわなきゃならないんだからな、お前には」



 岡田は2年、まだ来年もインターハイや選手権に挑む事は出来る。だがこの選手権で河野達と挑めるのは今回が最後、来年には彼らはもう卒業していて岡田がチームを引っ張るのはほぼ確定だろう。


「これが最後みたいに言わないでくださいよ、此処で最後の試合にはさせませんから」


 この真島戦が河野達の高校サッカーラストゲームとなる事は避ける、時間が迫り河野がフィールドへと戻りに椅子から立ち上がり歩き出すと岡田もその背中を追いかけるように彼も後半戦のフィールドに向かう。









 一方の真島ロッカールームではリードしているものの点差はたったの1点、こちらも気は緩めず真島の監督から後半に向けての作戦が伝えられる。


「前半良い守りをした。後半引き続き細野を好きにさせなければ勝利は見えて来る、気を抜かず各自プレーしていこう」



 前川の攻撃で厄介なのは細野、彼のアシストから前川のゴールは生まれているパターンが多く彼を徹底して封じ込めるのは真島としては当然の判断だ。


 細野を封じる事は同時に島田を封じる事にも繋がって来る。



「このまま1-0で逃げ切れりゃ良いけどな」


「そうさせますよ、鳥羽先輩の決めた貴重な1点を無駄にはしませんから」


 椅子に座る鳥羽の近くで真田はドリンクを飲んでおり、鳥羽のゴールを無駄にはしないと1年の彼が意気込む様子を鳥羽から見て実に分かりやすく伝わった。


「(相手さんもこのまま黙っちゃいないだろ、取れるなら2点目取っとかないとな)」


 明確な根拠は無い、ただの勘ではあるが鳥羽は前川がこのまま終わるような相手ではない。確実に勝つなら1点では足りず、2点目を狙いに行く必要があると考えを纏めると右手に持っていたミネラルウォーターのボトルを一口飲んでからテーブルへ置き、椅子から立ち上がり後半のフィールドへと歩いて行った。










 後半戦が開始されると真島がボールを持ち、細かく繋ぐ。


 リードしてる彼らが焦って攻める必要は無い。


 このまま攻撃に時間をかけてじっくり攻めて行き前川に攻撃を許さなければこのまま1-0で試合は終了、真島の勝ちが決まる事になるだろう。



 一方リードされている前川としては早くボールを取って攻めに転じたい、しかし焦って飛びついては真島の思う壺。飛びつく所を間違えて守備に綻びが生まれれば隙を突かれ決定的となる2点目の危険が出て来るかもしれない。



 しかし先に動き出したのは真島の方だった。



 鳥羽が河野のマークから逃れる為か中盤の方まで下がり、パスが来たボールを綺麗にトラップすると左サイドの谷口が一気に上がって行く動きが見えた。


「右上がって来てるぞ!」


 その動きに前川ゴールを守る岡田は見えており指示をすかさず飛ばす。


 岡田の指示の後に反対の右サイド、山本が上がる動きを見せた。



 左の谷口に岡田、更に守備陣の意識が向いている間に鳥羽は右サイドの空いているスペースへと左足でスルーパス。


 それと同時に鳥羽は中央からゴールへ向かって走り出す。


『鳥羽から出されたスルーパスに右サイド山本走る!』



「(右はデコイ(囮)かよ!)


 岡田が気付いた時にはもう鳥羽からパスが出た後だった。


 サッカーにはデコイランというものがあり、これは攻撃側が相手DFを引き付ける囮(おとり)の事を指す。


 左の谷口が走り注目を集めさせて意識が弱まった右の山本へと送りチャンスを作り出すのに真島は成功する。



「(ヤバい!!)」


 これに走りに行ったのは前川DF山口だ。


 彼が山本に近い位置に居るので出されたスルーパスへと山本に遅れてスタートしていた。


 山本から見て山口が迫るのは確認され、彼が来なければこのままボールを取ってドリブルでエリア内へと飛び込むつもりだったがその選択は厳しい物へと変わる。


 ボールに追いつく山本、トラップして足元にボールを収めて山口が接触して来る前に右足で低いクロスを上げた。



 ゴール前に走る鳥羽、それに河野も追って行くが鳥羽の方が速い。このまま右足でゴールを奪う、来るボールに対して瞬時に鳥羽はゴールのイメージを描きつつ向かって行く。



 その前に飛び出す影があった。



 クロスが来ると先読みしてたかの如く動いていた岡田が低いクロスに飛び出して手を伸ばし、ボールを腕の中に収めていく。



『GK岡田、山本のクロスに対して大胆な飛び出しで阻止!』


『これは良いです…っとボールすぐ出しましたよ!?』



 そこから次に至るまでの岡田は行動が速く、低く正確なパントキックで前線の島田へとパスを送る。


 この時田之上が島田の背後に居てパスを受け取った島田に後ろから迫り、このカウンターを阻止しようとしていた。パスを受け取った島田を潰そうと。



 だが島田はそのパスを受け取らない。


 これに田之上が驚いている間にスルーしたボールを追って田之上を追い越し、島田が全速力で前へ流れるボールへと追いかける。


 田之上も追いかけて行く中で田山は飛び出す。


 このまま待ったら島田に追いつかれ1対1に持ち込まれる、自分が出なければならないと判断していた。


 実際走る島田のスピードは速く田之上の走る速さを上回り島田の方がボールに近い。



 前に出て田山はボールをクリアしに向かう、島田から見てもその姿は見えた。その後ろからは気配を感じ、田之上が追いかけて来ているのだと頭より先に体の方がそれを教えている。


 2人とも大柄であり囲まれればそこからゴールを決める事は困難だ。


 田山もボールに近い、だが島田はその前に浮き球のボールへと右足を当ててボレーシュートに行く。



 エリアを飛び出していてキーパーの特権である手を使う事は許されない、田山はこれに体で止めようとするがボールは彼の右を通過。



 このままゴールへ向かい真島ゴールネットを揺らし、前川がキャプテン島田による同点弾で試合をふりだしに戻す。




『前川同点ーー!後半の5分に島田、GK岡田からのパスをそのまま叩き込んだ!』


『こちらも鳥羽君の1点目に負けないスーパーゴールですね!岡田君の低空パントに島田君の対応と日本の高校生のレベルも此処まで上がって来ましたか、これがまだ予選というのが信じられませんね!』




「うおお!やった!やったー!」


「お前最高だわー!」


 何度もガッツポーズして喜ぶ島田に細野が後ろから抱きつく。



 前川の同点ゴールにスタンドが揺れて歓声が大きく湧いており、会場のボルテージは一気に高まっていた。



 真島が優勢で試合を進めていたがカウンターの一撃で試合の行方はこれで分からなくなる。


 1-1で勢いに乗る前川が逆転か真島がもう一度突き放すのか。

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