第90話 プロからの教え
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「疲れ難い走り方…?」
部室内で部員達がざわついている、太一の言う疲れ難い走り方。そんな魔法のような走りがあるのかと。
「分かりやすく説明する為に外へ出ようか」
そう言うと太一は部室の外へと出て部員達も続き、皆でサッカーフィールドまで歩いて大勢によるぞろぞろとした大移動となった。
「じゃあ、そうだね…試しにキミ。軽く走ってごらん、普段通りに」
「あ、はい」
フィールドの中央で太一と部員達が向かい合うと太一は一人の部員へ走るように声をかけた、その相手は武蔵だ。
普段通りに、そう言われて武蔵は軽く走る。大体20mぐらい走ると太一から「ストップ」の声がかかり、武蔵はそこで足を止めた。
「うん。捻れてる」
「え?ねじ……?」
太一から言われた言葉に武蔵は理解が追いついて来ていなかった、身体を捻って走ってるつもりはなく本当に何時も通り腕を振って足を動かして走ったつもりだ。
「キミが今行ったのは、ピッチ走法だね」
「はい、コーチから日本人に適した走りだと教わっていて」
武蔵は走りについて当時のコーチから教わっており、海外の選手に比べて背が低く足の短い日本人向きの走法だと言われピッチ走法を彼は今走った。
「確かにサッカーでもその走りをする選手、プロは多くほぼ主流だ。ただ、疲れないかな?」
「疲れは…しますね、続けて走ってると」
高校1年の武蔵だが今の走りを長く続けると疲れは出て来る、それは身体が高校サッカーに馴染めず体力がまだまだというせいだろうと彼自身は思っている。
「こうやって腕を振るって走る時に例えばこの右腕を振ってる時に自然と左足が出て来る、こういう左右交互の動きをする走りは捻れが生じてスタミナの消耗が大きくなりやすいんだ」
太一は先程武蔵が走ったフォームを真似て部員達へと説明、疲れるのは体力不足という訳ではない。走り方によって体力を奪われているのだと。
「ピッチ走法は確かに日本人向けで良い走りだ、ただ…サッカーのフィールドで70分、80分、90分と終始それが出来るのかとなってくる。強靭なスタミナを誇る者は1試合乗り越えるかもしれないが、サッカーの試合は1年で数多く様々な場所に移動しては行うという繰り返しだ。今は大丈夫でも次も超えられるとは限らない」
「サッカーの技術以上に大事なのは長い試合を乗り越えられる体力、俺はそう思っている」
プロとして1年の長いシーズンを戦う太一、その彼が大事だと思うのは体力だと語り部員達は真剣に話を聞こうと注目している。
スタミナが長く持たなければ優れたテクニックを持つ選手もその技にキレが無くなって鈍り、普段通りの動きが出来なくなってくる。90分という長い試合時間を常に戦うプロの世界では技術も勿論大事だが最後まで戦い抜けられるスタミナ。
これもまた欠かせない物だ。
「その為に身体の負担を最小限に抑えた走法、それが今日教えるナンバ走りと呼ばれるものだ」
「ナンパする人の走りを教えるんですか~?」
そこに彩夏からマイペースなのんびりした口調が聞こえ、思いっきり勘違いされている事に太一は肩を落とし部員の間に軽い笑いが起きていた。
「ナンパじゃなくてナンバね、バ」
太一が彩夏へと丁寧に訂正した後に部員の方へ改めて向き直った。
「走ると自然に先程言った腕、その反対の足が出て捻れが発生する。そうした事でかなりのエネルギーを消耗し、それが蓄積されて試合の終盤など特に辛くなりがちだ。ナンバ走りはその消耗を最小限に抑える、いわゆる省エネの走りだな」
そう言うと太一はその場で軽く走る、腕を振るい走っており先程の武蔵と変わらない。そして再び走り戻って来る。
「とまあ、こういうのが皆も知っているよくある走り方だ。だがナンバ走りは」
再び走り出す太一、すると腕を上下に振っていない。どちらかと言うと肘から先を上下に動かすような感じだ。
「こうやって腕全体を振るわず動かすのは肘から先まで、身体を捻らずに走る。これで無駄にエネルギーを使わず持続し走れて試合終了まで戦いやすくなる、ただ慣れない内はスピードも出ないと思うから日々の練習は必要だな」
「へえ~」
太一のナンバ走りを見た部員達、その中には早くも走りをその場で真似て軽く走る者も居た。消耗しない走り、そんな走りをマスター出来れば強豪校と比べ圧倒的に層の薄い立見にとって大きな強みとなるかもしれない。
「そしてそのナンバ走り、俺が見た限り既に出来ている者が二人。良い線まで行っているのが一人いる」
この中にナンバ走りがもう出来ている者が居て、それに匹敵する者が一人。部員達は誰なんだとそれぞれを見たりしてざわついている。
「神明寺弥一、歳児優也。二人はもうナンバ走りを覚えている」
名前を呼ばれた弥一と優也、その瞬間部員達の注目の的となった。
「ああー、僕元々日本の古武術、合気道習ってましたから。それでナンバ歩きを教わってそこから走りの方も覚えたんですよねー、うねらない、踏ん張らない、ねじらない、が古武術の動きですからねー」
「走りについては俺も陸上で研究していてその中でナンバ走りも見つけ、知っている。中距離、長距離を走るには良い」
弥一は幼い頃に習った合気道、優也は陸上一家で生まれ育ち走りについては色々知っており、この二人が立見でナンバ走りを知って習得していた。
「そして匹敵するのは、田村草太」
「え!?俺スか!?」
急に太一からフルネームで呼ばれた田村、呼ばれた弥一や優也と比べてかなり大きなリアクションを見せている。
「ナンバ、という訳じゃないがそれに近い独特な物があり消耗を抑えた良い走りをしている。何度も積極的に攻撃参加で上がれるのも納得だな」
「あ……う、うっす…」
プロから走りを褒められて田村は恐縮そうに頭を下げた。
「この走りを覚えてほしいが、何も常にこれで走れと言っている訳じゃない。瞬間的なスピードが欲しい時は今までの走り、ピッチ走法などが良いだろう。その走りが必要無い時は消耗を抑えるナンバ走り、つまり走法を状況に応じて上手く使い分けて行くんだ」
改めて太一の話が始まり、皆が真剣に耳を傾ける。ボールを使っての技術ではない走りの技術、試合をする上で絶対にするであろう走るという行動。
走る事そのものを改めて見直すのが闇雲に体力を鍛えるより効率的だと。
「キミ達はこれから全国、高校サッカーで最も過酷な大会に挑む身。日程の過酷さは予選の比じゃない、猛暑もあり体力はこれまで以上に消耗しやすくなるはずだ。俺も高校生の時に散々苦しめられたものだよ」
太一が彼らと同じ高校生の頃、インターハイに出場していたが連日の試合や暑さに苦しめられていた。その頃の太一はまだナンバ走りといった省エネの方法を知らず、がむしゃらに動いた若かりし頃だ。
同じ苦しみを彼らが味わう必要は無い。
「このナンバ走りを覚え、取り入れて無意識にこの走りが出来ていければスタミナの消耗はかなり抑えられると思う、更なるレベルアップに繋げてほしい」
その負担を少しでも軽くしようと自分の経験、技を教えようと太一による指導は続く。
おまけSS
弥一「始まりましたー、弥一のワンポイント講座のお時間でーす♪」
摩央「急に何だこれ!?こんなコーナー初めて見るぞ!やると聞いてもいないし!」
大門「ホント急だね…!」
弥一「まあサプラーイズ♪という事で、今日は今回出て来た話にあった「ナンバ走り」についてもうちょっと此処で説明しようとおもいまーす。ぶっちゃけ「何だそれ?」と皆さん思ったでしょー?」
摩央「正直走りについて、色々種類あったんだなって思った」
弥一「走りにも色々あるんだよー。同じく今日出た「ピッチ走法」というのは歩幅を比較的狭くして、その分足の回転率を上げる日本人に比較的向いた走法と言われ、他にも身長より大きく歩幅をとって大きな走りをする「ストライド走法」というのがあるんだ。こっちは豪山先輩みたいな身長でっかい人だったり足の長い人向けの走りだね」
大門「そしてそれに加えて今回のナンバ走りか」
弥一「ナンバ走りというのは江戸時代の日本で飛脚が走っていた走法と言われ、飛脚は1日で数十km、または何百kmも走ったそうだよ。いやー、凄いね!そんなスタミナあったら90分試合とか余裕そう!」
摩央「昔って、当然スマホ無けりゃタクシーとかそういう乗り物も無い頃だよな…江戸時代となるとやっぱ馬とか」
弥一「そして本編にもあった捻れの無い走りで体幹に捻れが生まれず、スタミナのロスが大きく減る省エネ走法とされてるんだよね。昔の日本人はすっごい効率的な事やってたんだなぁ」
大門「やはり先人から学ぶ事は多いものだね、他にも色々ありそうだから見習っていかないと」
弥一「ちなみにいきなりナンバ走りをしたからと言ってそれですぐ疲れず走れるって訳じゃないから、馴染み無い走りをして慣れてないだろうし。すぐの効果を期待して走るなら此処注意ねー」
摩央「何事も積み重ね、それが大事って訳か」
弥一「そうそう、努力は大事。継続は力なりってね♪じゃ、弥一のワンポイント講座、今日は此処まで、またねー♪」
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