第30話 全国への誘い


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 遠い1点。


 高く硬い王者の壁。



 今その壁をついに切り崩した。



 日本のサッカー王国と言われ静岡を代表する高校サッカー界の王者八重葉、その王者から2軍主体といえどキャプテン大城が守るゴールから弥一と大門による奇襲のロングパス。そこから豪山が大城と競り合い引き付け、成海がセカンドボールを拾って優也が快足を活かし空いていた裏のスペースへ走り込み成海が咄嗟にスルーパス。


 見事に通りGKとの1対1から股の下を通すシュートで優也が最後に決めてくれた。



 予期せぬ立見の善戦、そして決まった1点に立見の生徒達ギャラリーから歓声が上がる。





「や、やった!1点返せた!あの八重葉相手に!」

「く、苦し…!」

 1点が決まり立見ベンチではテンション上がった幸が隣に座っていた摩央のジャージの襟を両手で掴みガクガクと揺らしている。


「(後半は完全に立見のペース…!得点を入れた歳児君の活躍も凄い、けど今日の王様は間違いなく……)」

 冷静ながら追い上げムードの立見に京子は心が熱くなってきた。前半こそほとんど八重葉のペースだったがこの後半は完全に立見のペースで試合が進んでいる。


 京子の視線の先には大門と共に喜ぶ弥一。あの小さなDFが居てこそであり、彼がいなければ一体あとどれぐらい差をつけられた事か。






 この1点で勢いに乗る立見、八重葉のキックオフから再開すると豪山や成海達が前線からプレスをかけていく、これはハイプレスというものでボールが自軍に入ってくる前に距離を詰めて相手のミスを誘いボールを奪いに行く守備戦術だ。相手ゴールに近い場所でボールを奪えればそのまま得点チャンスにもなる。


 弥一にペースを狂わされ、まさかの1点を立見相手に許し、今バタバタして落ち着かない状態の八重葉にはこのプレッシャーは効くだろう。



「落ち着け!」

 大城が一喝しつつボールを一度大きく立見のゴールへ蹴り出す、守備が落ち着かず不安定なので此処は一旦プレーを切って流れを断ち切り落ち着かせる狙いだ。


 大城の蹴り出したボールは右のタッチラインを割って立見ボールとなる……。





「(プレーは止めさせないっと!)」

 しかしこれを読んでいた弥一は先回りしており大城の蹴り出したボールは外に出る前に弥一がこのボールを取る。そのまま近くに居た影山へとパスを出すと弥一は後ろからコーチング。



「敵さんマジ焦ってるから押せ押せでもう1点行けるよー!」



 もう1点、もしかしたら行けるかもしれない。弥一に後押しされるように豪山や成海を中心とした前線選手達は八重葉側のフィールドを駆け上がり右サイドDFの田村も積極的に上がる。





「(マジか、この後半。完全に立見ペースだ…!)」

 帽子の男子はこの光景に驚いていた。


 何時もどおり八重葉の圧勝で終わる、3-0になった頃にはその通りになったと思った。


 だが今は1点を返され2点差にされて立見の勢いに2軍の八重葉が押されている。



 弥一がもし最初から試合に出ていたら、そうなったらまた違った展開になっていたのかもしれない。



 成海が遠めから左足のシュートをマークされながらも撃つ。


 グラウンダーに飛ぶミドルシュートをDFがこれ以上得点はさせまいと必死のブロック、ボールは溢れて豪山の近くへと流れると豪山は大城より速く反応しボールに追いつく。




 これを豪山は胸でトラップ。


「(このワントラップでシュートか!?)」

 大城は身構えて飛び込まず豪山の動きを見る。胸トラップから右か左足でシュートか。



 豪山は胸でトラップして浮いてる所に左足でシュートに行く。


 これに大城も動く。




「(俺ぁこういう事も出来んだよ!)」

「!」


 左足でシュート、そう見せかけて左足で右へと軽く流してボールは右に転がる。豪山のキックフェイントで左に釣らせ、本命は右足のシュート。


 豪山は今度こそ右足を振り抜く。



「うおっ!」


 だが大城はこのフェイントにも機敏についていき、豪山の右足から繰り出された強烈なシュートを身体で受け止めて弾き、再び溢れたボールは八重葉DFによって大きくクリアされた。



 2失点は許さない王者としての気迫の守備が豪山のキックフェイントからのシュートをもストップさせ、勝った瞬間だ。








 そしてアディショナルタイムも経過し、審判の笛は吹き鳴らされ試合は終了となる。






  八重葉3ー1立見


 照皇2

 大城1    歳児1









「駄目だったなぁ……」

「けど…俺が入れた訳じゃねぇが、1点を王者相手に返せたのはデカい収穫だよな。後半は間違いなく俺らだった」

「だな、彼の力が何より大きかった」

 やるからには勝つ事を目指していた成海と豪山、しかし前半は王者のサッカーに圧倒され萎縮してしまう。ほぼ潰れかけた立見を蘇らせたのは間違いなく彼だ、と二人は揃って弥一の方を見ていた。


 弥一のあの言葉が無ければ、彼が出ていなければ立見はもっと大差を付けられて大敗していた事だろう。



「あーあ…やっぱ王者相手に3点のビハインドをそんな都合良く覆せる訳ないか、漫画やドラマやゲームじゃあるまいし」

「でもあの八重葉に1点を返せたよ?結構凄い事だと思うし彼らは攻撃だけでなく守備も一級品で…」

 試合が終わりスポーツドリンクをストローで飲む弥一、試合がこのまま終わって不満そうな顔をする弥一に1点取るだけで凄いと言う大門は上出来だと思った。


 3-0からの逆転劇、勢いとしては確かに1点返してあったのだが実際に3点差というのはあまりに重い。これが練習試合でなく選手権やインターハイだったら致命的な点差で終わっていた事かもしれない。


 本番の試合では3失点のビハインドのようなものはチームに背負わせない、たったの1点で相手に確実にトドメを刺し試合を決める。


 そういうウノゼロ(イタリア語で1-0を意味する)が弥一としてはそれが理想的だ。



「皆お疲れー!後半凄かったよ、1点取ってひょっとしたらもう1点って思ったら本当にそうなりそうになったりと!」

「ラッキー先生、エキサイトし過ぎだって」

 ベンチへと戻ってきた選手達を出迎える幸は興奮気味に試合を振り返り、成海が落ち着くように言う。どっちが顧問なのかこれでは分からないぐらいだ。









「3-1、勝ちはした…と思っているかお前達?」

 八重葉のベンチでは監督が険しい表情で選手達の前で腕組みをしていた。


「後半は完全に押されていた、主にあの24番にかき乱され過ぎだ。見かけに騙されて読まれるような甘いパスを出しすぎだぞ!」

 監督から見ても弥一が王者を翻弄しているイメージが強く、インターセプトが目立ったのは選手達が弥一の小柄で子供な姿に油断し過ぎてパスが甘くなったせいだと思っている。



 まさか弥一が心を読めるサイキッカーだとは誰も微塵も思わないだろう。



 八重葉の選手としては弥一を甘く見たつもりは最初はあったかもしれない、だが終盤ではむしろ警戒していたぐらいだ。


 特に照皇の場合は最初から最後まで弥一を甘く見たりはしてないだろう。


 照皇が相手を甘く見るような事などしないのはチーム内で有名だ、練習だろうが加減無しで行くので相手するDFやGKは毎回苦労している。



「試合前にもいったが格下だからと相手を甘く見るな!驕るな!それは最も相手に付け入る隙を与えるからな!今日の1失点はその代償だと知れ!」


 勝ったチームとは思えず監督からの説教を受ける八重葉イレブン、立見側のベンチとはまるで正反対だ。





「(やーれやれ、今戻るのは賢くねぇな。俺までおっさんの雷に巻き込まれちまう)」

 帽子の男子はなるべく遠くへと離れようと草の上から立ち上がる、そしてこっそりと立見のベンチの方にまで移動。


 彼の場合は余分のカステラをくすねていたりしているのでバレたら雷程度では終わらないかもしれないが。










「よ、良いもん見せてもらったぜおチビちゃん」

「あ…帽子の人」

「それかよ俺の呼び方」

「だって名前知らないし、僕にそういう呼び方だから」


 一人ベンチから離れ、マイペースにドリンクを飲む弥一へと話しかける帽子の男子。ずっと座っていたので立ち姿は弥一から見て新鮮に思える。


 帽子の男子の身長はかなり高いようで大門ぐらいあるかもしれない。



「まさか本当に出て0に抑えちまうとは。お前の事は覚えとくわ」

「そういうそっちの事は教えてくれないの?」

「俺のこと知らねぇの?なんだ、マコに比べて俺の知名度まだまだかよー」

 今回で八重葉にとって弥一という存在は覚えられた事だろう、それはこの帽子の男子もそうだ。弥一は見上げて彼について聞こうとしていた。

 一緒に菓子を食べたりしたがまだ名前も何も知らない、弥一にとっては正体不明の八重葉の一員というままだ。




「そこの、24番」

 そこに別の声が聞こえ、弥一は振り返る。その先には後半に退いた照皇の姿があった。


「や、監督の雷は落とされ終わった?怒る声がこっちにも聞こえてきてたよー」

 マイペースに笑い、手にスポーツドリンクのペットボトルを持つ弥一の姿は子供みたいであり先程まで王者相手に翻弄し今日のキングと言っても過言ではない選手とは思えない。





「全国に出て来い、次は俺が勝つ」

 冷静な照皇がハッキリと弥一に対して向けられた言葉。


 弥一が出てから照皇は得点どころかシュートも1本も撃てなかった。試合は八重葉が勝ったが後半だけ見れば照皇の完敗だった。


 その彼が弥一を意識し、次は全国。今日みたいな練習試合ではない大きな大会で再び戦うことを照皇は望んだ。



「おいどうしたよマコ、何時もはクールなお前がそんな挑戦状みたいな言葉飛び出すなんて」

「そろそろ戻った方が良いぞ。カステラや菓子の間食がバレる前に」

「見てたのかよ、ったく…」

 照皇の肩に肘を置く帽子の男子、このやり取りを見る限り二人は結構仲が良さそうだ。照皇をマコと呼ぶ程で付き合いは長いのかもしれない。



「じゃな、こいつが誰かと戦いたいと願うのマジで超レアだからよ。全国出て来る前に敗退してガッカリさせんなよー?」

 照皇が自分のベンチへ戻ると帽子の男子もそれに続いて歩き、そのまま弥一へと軽く手を振る。



 弥一が今回照皇を止め切った事、それが照皇にとって火がつく切欠となりライバルとして強く弥一を意識する。その気持ちから全国へ来いという言葉が出た。



 弥一としても照皇の言葉があろうがなかろうが全国には行くつもりでいる。それも無失点のままで。






「(って最後まであの帽子名乗らなかったし、マジで誰?スマホで軽く調べれば出て来るかな)」

 結局照皇と親しそうな帽子の男子が何者なのか最後まで分からなかった弥一、後でスマホで調べるかと自らも立見のベンチへと戻って行く。




 3-1で立見は八重葉に敗れたがそれ以上にこの試合で弥一という存在が両者に強烈なまでに印象に残った。


 王者との試合を大きな経験とし、立見サッカー部は初の公式戦に向けて動く。

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