10-2

……ああ、イヤな感じだ……

ルカは口を歪めた。

思い出したくなくても、思い出してしまう。

ただ、闇に目が慣れているので、あの時ほどではないのだが。

それでも、思い出してしまう。

そして、まもなく降るであろう、雨のことを考え眉をしかめた。


光りのない夜の闇の中、アンスティスはルカの方へと近づいてくる。

老人は、もうイヤだ!!と喚きながら、船へと戻っていく。

エレノアは、背にしていた細長いものを、手にした。

「……これが何だか、おわかりですか?」

エレノアは、その細長いものを、すっと抜いてみせる。

闇夜でも、光る白刃。

「ただの剣、だろ?」

アンスティスは、事も無げに答える。

「はい…9年前に、あなたがこの島へ置いていった剣です」

「9年前…?まったく覚えていないな」


ギリっとルカは一度唇を噛み、アンスティスを睨んだ。

「私は、この剣で、大切だったウーシェを切りました」

ルカの言葉に、アンスティスが不気味に笑った。

「ふん、それを持つ手がずいぶんと震えているが、扱えるのか、お前に」

「問題ありません」

「で?その刀で、オレを切ろうって言うのか?」

ルカは剣を構える事もせず、何も答えなかった。


そんな2人の影を黙ってみていたシオンがある事に気がついた。

……さっき倒れたはずのルイの体がない…… 

よくよく見ると、レンたちもいない。

……まさか、な……


「おい!!お前等!!!」

アンスティスが誰かに呼びかける。

すると、どこに隠れていたのか、数人の影あっという間に現われ、ルカを囲み銃を向けた。

「こいつらは、オレの船の幹部たちでね、あの薬は飲んじゃいない。」

ルカは、3人を一通り見て、そうですか、と呟いた。

「おい、そこのお前」

アンスティスはシオンに呼びかける。

「動くなよ」

にやり、と笑ったアンスティスの声が響く。

自分の環首刀に手を置いたシオンは、それでも腰を低く、すぐに飛び出せるように身構えた。


カン!

という何かの軽い音がした。

その音と同時にルカがすばやく身を沈め、海賊をかいくぐり、周囲でまだ動こうとしていた海賊を叩きのめす。

銃を向けていた3人は、飛び出してきた何かに銃を叩き落された。

それと同時にシオンも飛び出し力任せ動いている者たち打ち倒した。

海賊たちは倒れこそしなかったが、ふいをつかれ、よろめいた。


ルカは、再びアンスティスの正面に立った。

その両脇に、3つの小さな影。

倒れていたはずのルイの影もある。

「さっきのは死んだふりか」

シオンの呟きに、ルカは、はい、と頷いた。


「一か八かでしたけれどね、ルイだったらやるだろうと思いナイフを投げました」

脇で受けとめて、左胸を下に倒れる。

そうすると夜の薄暗さもあり、本当に刺されたように見え、あとは隙を見てリアやレンが手伝って、みつからない様によける。

ずいぶんと無茶を…。

先ほどのルカらしからぬ態度と、胸のナイフへの微妙な違和感の正体はこれだったのか。


ルカはすっと刀の切っ先をアンスティスに向け。

「私はあなただけは許せない……。

あなたが、9年前にここへ来なければ、私はウーシェと、今でも一緒に暮らしていたはずだった」

その言葉と共に、ぽつぽつと雨粒が落ちてきた。

……雨だ

瞬時的にシオンに緊張が走る。


アンスティスは、その場から動こうとせず、口を開いた。

「で、敵討ちってわけか?自分で斬っておいて逆恨みか?それに、お前がこのオレに勝てるとでも思っているのか?」

「できます。あなたは、私が、ここで倒す」

そう、一言、一言、はっきりと言うと、エレノアは再び薬のビンを取り出した。

そして、飲もうとする……

シオンは、はっきりと嫌な予感がした。


飲ませてはいけない!!!


そう思ったから、叫んでいた。

「ルカにあの薬飲ませるな!!!」

きょとんとした3人にもう一度叫んだ。

「何でもいいから取り上げろ!!」

有無を言わさないシオンの声に気おされて、レンが投げつけた小石が見事に瓶に命中する。


「っ!!……何を」

エレノアは、シオンを見た。

雨に濡れ、髪からしずくが滴ってきているようだが、顔色までは見えない。


……何かがおかしいと思ったんだ……何で、こいつ、こんなに動けるのか……


「……真に無慈悲な将軍なら、兵士を捨て駒にするため飲ませる、か…

お前、その薬の完成版を自分で飲んだだろう……」


シオンの言葉と共に、稲光が走る。

その刹那、はっきりと見えたエレノアの顔は、死人のように青く、しかし、目だけが異常な輝きを持っている。

雨に濡れたその姿は、まるで幽鬼のようだった。

皆が息を呑む。


……確かに、どんなに苦しくても、たとえ普通じゃ倒れてしまうような時でも、倒れてはならない、それはわかる、が…


「お前は自分が捨て駒になる気かっ!!??」


シオンの叫びにルカは一瞥もしなかった。

ただ、アンスティスを見据えたまま言った。

「私は捨て駒ではありません。……死ぬわけにもいきません。私は生きて…そして、この島を守るんです。ウーシェが守ってくれた、この命で、ウーシェが守ったこの島を、守っていくんです。……この島の皆と一緒に。」

「だからって、先生!!」

リアが叫ぶ。

「心配いりません。少しだけ、調合し直して、効き目を半分ほどにいてありますから」

そういう問題ではないだろう。


「ルカ……お前は、皆と一緒に、って言ったけれど、

じゃぁ、なんで皆の助けを借りない!!」

シオンが、怒鳴った。

エレノアは、そっと、笑った……哀しげに、ため息をつきながら。

「言ったでしょう…これは…私の問題なんです…私は、この男を許せない、その感情だけでここで戦っています。そのことに皆を巻き込むわけにはいきません……」


矛盾しているルカの言葉。

どう言ったら通じる?

お前のそのやり方は間違えていると。

島の皆と一緒と言いながらも、一人で全てを行おうとしている、今の状況がおかしいと。

なぜお前ほどの人間がわからないんだ…。

いや、わかっていてなお、意固地になって……。


「幹部達や、まだ闘おうとする海賊たちのことは、まかせます」

そう言ったのち、やわらげた視線を3人に向けた。

「大丈夫、私は死んだりはしませんから。だから…そんな顔をしないで」

3人は、どうして良いのか、わからないといったように、よろよろと数歩後ろへ下がった。


しかしルカの体温はほとんどなくなっている状態だった。


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