3-2
シオンも部屋へ戻るよりも、少し外でゆっくりしたかった。
どこか一人でぼんやりと出来そうなところ…とシオンは今日見て回った箇所を思い出していた。
あの丘くらいしか思い浮かばないが、ルカが考え事をしたい時に使うと聞いたので遠慮した方が良いだろうか。
となると、商店が集まっていた所にあった広場か…。
確かベンチもあったな、とそちらへ足を向ける。
その途端に、ルカが帰って来る姿が目に入った。
「おや?お買い物ですか?」
「いや、広場でぼんやりして来ようかと思ってたところだ。
シオンの言葉に面白そうに口元に笑みを浮かべた。
「そういえば、ルカは一人なのか?家族は…?」
「物心ついた時には、もう親はいませんでした」
「じゃぁ、その時からずっと一人で?」
「いえ…少しの間、一緒に居てくれた人はいたのです、親とも兄とも思っていた大切だった人です。
…でも、今は一人です」
そう穏やかにルカは笑って言った。
「それが俺と同じ姓のガイル、か」
ルカは俯いて、ええ、と頷いた。
--------------
その夜。
寝付けないシオンは外へ出た。
別段、真夜中に出歩くなとは言われていない。
が、なぜか咎められるような気分になる。
知らず知らず、シオンは町の入り口の丘へ向かっていった。
月の光が冴え冴えと渡り、深い青い色の景色を作り出している。
シオンもが丘へと着くと、そこにはすでに一人の影がいた。
ルカだ。
最初に会った時のように丘から海を見渡している。
カサリ、と、シオンが草を踏みしめた音が響いた。
その音に、ルカが必要以上に反応を示し振り返った。
…なんだ?!
振り向いたルカから、ほんの一瞬だけ、殺気とすさまじいまでの恐怖が発せられた。
「……なんだ…あなたでしたか」
大きく安堵のため息をつきながら、ルカは言う。
「ああ、すまん、驚かせたか」
「はい、心の底から驚きましたよ」
ルカは、いつもよりも明るく穏やかな声で答えた。
「しかし…あんなに驚くとは」
シオンが呟くと
「すみません…狼がいるのかと思って…」
ルカは、微笑みながら答えた。
「狼?」
「ええ……小さい頃、闇の中で狼に襲われたことがありまして。
それが心の奥底で嫌になるほどの恐怖心となっているんですよ」
暗い所ではは、ああいう場合、反射的に怯えてしまう、とルカは付け加えた。
「ふぅん……。で、それなのに、こんな夜にも墓参りか?」
「……あの子たちから聞いたのですか?」
ルカは、苦笑いを含んだ声で「違いますよ」と言った。
「ちょっと見守りを」
「見守り?」
こんな夜中にか?
とシオンはいぶかしむ。
「海賊は夜だろうが昼だろが来ますから」
と言うルカ。
納得できるような、できないような理由である。
「海賊、ね…そういえば、最初に俺に確認していたものな」
というシオンに、ルカは申し訳なさそうな顔をした。
「確認だけですよ。
この島では、あなたを客人として迎え入れています。
その客人に手を出すことは、いかに国軍と言えどもこの島では許されないことなんです」
「ずいぶんと大仰だな…何か理由があるのか?」
「うーん、そうですね、財宝があるんですよ、とてつもない」
「それだけで、国軍の手出しを払いのけられるのか?」
胡散臭い、という目でルカを見ると、明るく笑った。
「まあ、たとえ話です。
それくらい大事なものがこの島にあるという事です。
そして島に訪れた人が町に害をなすとみなした時には、全員で排除します」
「じゃぁ…おれが最初にここへ来た時に客と認めらえてなければ…」
「昨日のうちに、まるめて捨てられてますね」
ルカは地平から目を離した。
「この島の人達はそれなりの対応や対処ができるように自分たちを鍛えています。
最初にサザビィさんのところに行って、もしあなたが略奪をしようとでもしていたら、多分本当にそうなっていました」
……ああ、だからか…だから、あんな子ども達でさえ、あんな訓練をしていたんだ…
「しかし、たとえ島中が束になって来ても、簡単にはつかまらないぞ」
そのシオンの言葉に、ルカは、にっと笑った。
「そうでしょうね、あなたは相当に強い…。けれども至るところに罠があるとしたら?」
「……それは…ああ、油断ならないな」
シオンは思わず苦笑した。
でしょう、とルカも笑う。
ふと、昼でここでやっていた稽古を思い出した。
「そういえば、お前、剣、そうとう強かったな。
あんな練習ではなく、本気で手合わせはできないのか?」
「私はあなたの相手をできるほどの腕ではないのですよ」
苦笑しながら言うルカに、そんなわけないだろう、とシオンは返す。
「じゃぁ、たとえば、お前と本気で試合したいと思ったら、この町を襲えばいいのか?」
シオンの言葉は、無論、冗談だった。
ルカもそれは承知であるはずだ。
「………やってみますか………?」
間をあけて答えたルカの声は背筋が凍るほど冷たかった。
その影は月を背にしていて何の表情も見えない。
軽口への返しにしては、非常に強い圧を感じた。
「…冗談だ、すまねぇ」
その静かな気迫に、シオンは素直に謝った。
ルカはふっと息を吐いた。
「ええ、わかっています」
もう一度シオンを信じているというと、すっと一歩横に動きルカは立ち位置を変えた。
影になっていた表情が見えるようになる。
いつもと同じ穏やかだ。
「そうじゃなくても、私ではあなたの相手になれません。
私は刀剣に拒絶反応があるんですよ。
触るのもそうだけれど、見るだけでも苦手なんです」
「そんなもの、あるのか?」
「はい、どうもダメなんです」
ルカは明るく笑い右手を月にかざした。
指にはめている青い石が、夜空に溶けこみそうに見えた。
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