第24話 #24


            *


今日見ていた夢の影響で、当時ハルカさんと友だちになった日のことを思い出していたこともあり、私は無性にハルカさんの声が聞きたくなってスマホの画面を開いた。電話をかけると、いつものように2コール目ぐらいで電話がつながった。


 『もしもしー?』

 「あ、もしもし! ハルカさん、お疲れ様です。急に電話かけてしまってごめんなさい」

 『全然大丈夫だよ。もう今は仕事終わって帰る準備してたとこだったから。なんかあった?』


 ガサガサとビニールを触る音が聞こえ、ガヤガヤとスタッフの人たちだろうか。たくさんの声がハルカさんの声と重なって聞こえている。これは大丈夫な気がしなかったりするから聞くのはやめておこう。


 「いえ。ただ特に何かあったわけじゃないんですけど。もしお時間があれば一緒にお食事でもどうかなぁと思いまして」

 『え、行く。絶対行く! 今すぐにでも飛んで行きたい!』


だんだん強く。えっと、クレシェンドだっけ? 音楽の授業で習った記号のようにハルカさんの声は徐々に大きくなり、その飛び跳ねている声色にはまるで歌を歌っているみたいなリズムがあるように聞こえた。いつもはハルカさんから誘ってくれるから今日は私から誘ってみた。こんなに嬉しそうにしてくれるなら、何だか私まで嬉しくなってくる。


 「良かった。じゃあ時間と場所を決めて集まりましょう。ハルカさん、今はまだ職場ですもんね」

 『うん、職場だけどすぐに向かえるよ! 本当に出来ることなら今すぐにワープしたいもん!』

 「そ、そうですか。じゃあハルカさんもすぐに動けるとして場所は私が決めちゃっていいですか?」

 『もちろん! 何か食べたいなーって思うものがあったの?』

 「はい。最近よくSNSで見る韓国料理店に行きたいなと思いまして」

 『うわぁ、すっごくアリ! 雫ちゃん、ナイスチョイスすぎるって!』

 「あ、ありがとうございます。店の位置情報を送るので、そこで現地集合ってことでいいですか?」

 『かしこまりました! 秒で片付けてそっち向かうね!』

 「はい。多分私の方が早いと思うので駐車場で待ってますね」

 『ありがとう! じゃあまた後で合流しましょう』

 「はい。よろしくお願いします」


私よりも若々しい声で話し終えたハルカさんは、終始楽しそうにしてくれていた。かれこれ8年くらいの付き合いになるけれど、彼女はいつだって明るい。泣いているところなんて、あの時に見た綺麗な一筋の涙以来見ていないし、何なら悲しそうにしているところを見た記憶がない。常に太陽のような笑顔を私や先生に向けてくれるのがハルカさんだ。2人で食事に行くのは半年ぶりくらいだろうか。少しだけ緊張しているのは私だけの秘密にしておく。普段よりも心臓が強く脈を打っているのはその緊張からか、はたまた楽しみにしている胸の高鳴りからか、私はいつもより深呼吸をの回数を多くしながら目的地の韓国料理店へと車を走らせた。


 「あ、来た。あれかな」


駐車場に入ってくる黒い大きな車。ヘッドライトが不自然に黄色く、車高を低くしているのは旦那であるダイキさんという方の影響らしい。それにしても、いつ見てもいかつい車だ。すぐにハルカさんの車だと分かった。運転しているハルカさんと目が合うと、彼女はブンブンと腕が取れそうな勢いで笑顔で私に手を振っている。軽く頭を下げて私も控えめに手を振った。ハルカさんがスムーズに私の隣に大きな車を停めたのを確認して私は車のドアを開けた。


 「お疲れ様です。すいません、急に電話しちゃって」

 「お疲れ! いやいや! むしろ電話ありがとう。すごく楽しみなんだけど。久しぶりに雫ちゃんとのディナー!」

 「そんなに楽しみにしてくれているのは素直に嬉しいですけど、ちょっと恥ずかしくなってきちゃいます」

 「あはは。そういうところも可愛いぞ、雫ちゃん!」

 「可愛くないです。そう言ってくれるのはハルカさんだけです」

 「またまたー! 近くにいる凄腕の先生が言ってくれるくせに?」

 「凄腕の先生はそんなこと言わないです。ほら、行きますよ」

 「あ、はぐらかされたー!」


お酒が入っているのかと思うくらいへらへらと笑いながら歩くハルカさんの背中を押しながら私たちは店の入り口へと近づいていく。近づくにつれ、焼き物の香ばしい匂いが私の食欲を刺激した。


            *


 「お待たせしました、待ってていてもらってありがとうございます」

 「何言ってんの。乾杯するに決まってるでしょ。久しぶりの再会なのに。はい! 右手にジョッキ持ってね!」

 「はい。準備出来てます」

 「おっけー! じゃあ久々の再会を祝して! あと、雫ちゃんから誘ってくれたことを祝してっ! かんぱーい!」

 「乾杯! って何ですか、その一言付け足したやつ」


がちんとジョッキ同士がぶつかり、その下にジンジャーエールとウーロン茶が混じり合うように飛び散って溢れた。ハルカさんはそんなことを気付く様子もなくジンジャーエールの入ったジョッキを口元で傾けて、勢いよく喉を鳴らしていく。私も同じようにウーロン茶を体の中へ流し込む。ハルカさんと同じくらい勢いよくウーロン茶を流し込むと、お腹の中へ直接それが届いたみたいに体の真ん中が冷たくなった。


 「あぁー美味しっ! 酒もいいけど、こうやってソフトドリンクを飲みまくるのもいいよね。何なら私、ジンジャエールで酔える気もするし」

 「酔えませんよ。人間には。それに私たち、車でここに来てるんだから酔っちゃいけませんよ。明日から刑務所生活になりますよ」

 「あはは。相変わらず真面目だなぁ、雫ちゃんは!」

 「真面目ですよ。何歳だと思ってるんですか」

 「雫ちゃんよりも圧倒的に歳上な私の方が明らかに子どもっぽいもんね。まぁでも若くなるのならそれもアリだなぁ!」


仕事中のハルカさんと今みたいなオフの時のハルカさん。それはまるで人格が変わったみたいに極端な違いがある。本人が言ったようにアルコールが入っていなくても全然違う。まぁ酔っ払った時のハルカさんはこんなもんじゃないけど。運ばれてきたトッポギはその色を見ただけで辛さが伝わってきそうな気がした。


 「あーいいね! 久々の韓国料理! 普段はカロリーの低くて健康的な食事しかしてないから絶対今日の夜お腹の調子バグるわ」

 「それ分かってるなら絶対食べる量、コントロールするべきですよね」

 「それでも食べてしまうのが韓国料理でしょうがっ!」


ビシッと効果音が飛んできそうなほど力強く箸を持って私にそれを向けるハルカさんのドヤ顔を久しぶりに見た。お互いに「いただきます」と合わせてそれに手を伸ばす。もにもにとした食感と一緒に案の定、ピリピリとした辛さが伝わってきた。ただ、私の予想していたよりかは辛さは大人しく、思った以上に美味しさが勝った。


 「美味しい。もっと辛いのかと思ってましたけど、すごく食べやすいてすね」

 「ほんとだね。これなら一生食べてられそう」

 「ここでずっとトッポギ食べてたら勿体無いですよ。チヂミやビビンバも後から来るのに」

 「そうだそうだ! いっぱい頼んだもんね。お腹のスペース空けとかないと。私、油断してるとすぐお腹詰んじゃうんだよね。んでその後、食べ過ぎたことを後悔する。これが最近のお決まりの流れね」

 「まぁ分からなくはないです。美味しいものって、つい食べ過ぎてしまいますもんね。私もお腹がはち切れそうになったことあります」

 「へぇー! 計画性完璧な雫ちゃんもそういうおっちょこちょいなところあるんだね! ちなみにそれは何を食べてた時?」

 「回転寿司です。食べたいと思っていたものが流れてくると、つい手を伸ばしてテーブルに並べてしまうんです。それで食べ進めていくうちに、並べていた寿司を食べられない事態になってしまって。悔しい思いをしたのは1回や2回ではないですよ」

 「雫ちゃん、めっちゃ可愛いことしてるじゃん! 意外だなぁ、そういうとこ。今度食べに行く時は絶対回転寿司にしようよ」

 「え、別に良いですけど。絶対、ハルカさんは私のそういうとこを見たいだけでしょ?」

 「あはは! バレたか!」

 「いや、バレバレですから」

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