第14話 #14
「え!? ほんとに!? 師匠、これ、僕にくれるの?」
「あぁ、あげるよ。斗和、そういうの欲しかっただろ?」
ポケットから取り出したそれは、僕が去年ぐらいから欲しくなっていたワイヤレス型のイヤホンだった。しかも、そのイヤホンケースは僕の好きなマンガとコラボした限定版のものだったということで、僕は自分史上一番と言っていいほどの舞い上がりっぷりを心の中で見せている。多分、声もいつもより大きくなっている。
「師匠! これ、どうやって手に入れたの!?」
「何ですか、先生。大きな声を出して。ご近所迷惑ですよ」
そうだよね。案の定、僕は声が大きくなっていた。眉間に皺を寄せながらリビングに戻ってきた雫さんは僕の手元に視線を移すと、僕みたいに驚いた様子でそれを見つめていた。
「そ、それ……! カケルさん、あのワイヤレスイヤホンですか?」
「うん、そうだよ。これね、ちょっとした裏ワザを使って手に入ったんだよね。だから、大切にしてくれると嬉しいけど」
「も、もちろん大切にするよ! するに決まってんじゃんか」
「はは。それなら良かったよ。あ、ちょっと印象薄くなってるだろうけど今着ているのもプレゼントだからね。おれのお古で申し訳ないけど。けど丁寧に使ってたから、ほとんど痛みとかは無いからね」
「マ、マジか……! ありがとう、師匠……」
「ふふ! 良かったね、斗和さん」
「リッカちゃん……。うん、ありがとう。すごいびっくりしたけど」
師匠の方を見ると、師匠も何やら安心したような様子で息を大きく吐いていた。なるほど。これはサプライズだったのか。僕に気づかれないようにこんな粋なことを考えてくれていたということだけですごく嬉しいのに、こんなに素敵なプレゼントもあるなんて。僕は何て幸せ者なのだろう。
「良かったですね、先生」
雫さんも優しい笑顔で僕に微笑みかけてくれる。
「うん。今日、帰らなくてよかったね。雫さん」
「そうですね。いい日の終わりにこんな素敵なことが起こるなんて驚きです」
「師匠、ほんとにありがとう。師匠の誕生日も盛大にお祝いさせてもらうから楽しみにしててね」
「はは。そういうのは隠してサプライズをするべきだ。おれ、斗和や雫ちゃんに家へ招待されたらその時点で身構えちゃうから」
「あはは。そうですね、先生は人にそういうことするのは絶対苦手だと思います」
師匠と雫さん、同時に茶化される僕。まぁ確かにそういうことを今までにしたことがないけれど、今日僕がサプライズされた気持ちを師匠にも味わってもらいたいという気持ちが一番に胸の中で大きくなった。もちろん、それはリッカちゃんの誕生日を祝う時だって同じだ。
「でもありがとう、斗和。気持ちだけでも嬉しいよ。さ、時間も遅くなってきたからお風呂に入るよ。オジサンたちは後で仲良く入るからさ、一番風呂はお嬢さん2人に譲るよ。な、斗和」
「うん、そうだね。行っておいで、2人とも。時間とか気にしなくていいからね」
「え? 言ったね? 斗和さん。そんなこと言われたら私、陽が昇るまで雫さんとお風呂入ってるけど?」
「リッカちゃん、そんなに長湯したら風邪引いちゃうよ」
「アハハ! 冗談だよ! 相変わらず雫さんは真面目だなぁ! じゃあ、そうと決まれば行こう! 雫さん! バスタオルとパジャマは私の部屋にあるからね」
女子高生に翻弄される雫さんは、まるで慌ただしい妹を見守る姉のように優しく笑いリッカちゃんのあとをついていった。リッカちゃんは僕らが泊まっていくことを心から喜んでくれているようで僕まで嬉しくなった。
「じゃあ斗和。オジサンたちはあっちで晩酌でもするか」
「風呂に入る前に酒飲んじゃまずいでしょ。いくら酒に強い師匠でも。それならお風呂あがりにしようよ」
「大丈夫だよ、アルコール弱めのやつがあるからさ。それに、酒が入った方が喋れる話もあるかもだろ?」
「そんな話あるかなぁ?」
頭の中を考えても出てこないけれど、せっかく師匠が誘ってくれるならと僕は促されるまま師匠の後ろをついていき冷蔵庫から師匠が用意してくれたアルコール度数の低いチューハイのプルタブを勢いよく開けて、さっきまで使っていたグラスを再びテーブルの上に持ってきてそれに注いだ。師匠の分も入れ、それを師匠の手元に置いた。
「ありがとう、斗和。じゃあ、改めて。今日もお疲れ」
「お疲れ」
かちんと鳴らしたグラスの音が、話合いの開始を合図するようなゴングの音に聞こえたのは多分僕だけだろう。
✳︎
「ぶっちゃけ、どうなの?」
「どう? って何が? 師匠」
「雫ちゃんだよ。いい子じゃんか」
「雫さんがどうしたの?」
何かを勘繰るような顔をしていた師匠の問いかけの答えが分からなくて聞き返した僕を見つめる師匠は、驚いている様子で目を丸くしている。
「え? と、斗和は雫ちゃんのこと、どう思ってんの?」
「え? 頼れる助手だと思ってるよ。ずっと前から。何で?」
「何でって……。可愛いじゃん。すっごく。気になったりしないのか?」
「雫さんは雫さんじゃん。仕事仲間であってそれ以上でも以下でもないよ?」
僕は心の中で思っていることを師匠に伝えると、師匠はしばらく口を噤みじっと僕の顔を見つめた。その後、軽く笑いを溢してから手元にあったポテチに手を伸ばしてそれを口に入れた。
「そうだね。斗和は純粋だもんな。いつだって。うん、昔から」
「純粋? って?」
「それがお前のいいところでもあるよ」
「いや師匠、ちょっとよく分かんないんだけど」
「はは。大丈夫だよ。分かんなくても。分かんない方がお前らしくて良い」
「いや、そう言われると俄然気になるんだけど」
テンポよくチューハイとポテチを口に入れていく師匠は、僕の質問をひらりひらりと躱しながらへらへらと笑っている。
「斗和、店に来てくれるお客さん、だいたい何人ぐらいになった?」
「何? 急に。まぁそうだな……。常連さんはだいたい50人くらいはいてくれてると思うけど」
「そのお客さんの中で、一番大切な人って絞れるか?」
「いやいや。絞れるわけないじゃん。全員大切なんだから。50人いたら50人全員が僕の大切なクライアントだよ」
「だよな。そこが斗和らしさってことだよ」
「ん? ごめん師匠。ほんとに全然分かんない」
弱いお酒だと聞いてたのに僕もお酒が回って頭の中が正常に動いていないのか、師匠の言葉を理解しようとしても全くと言っていいほど理解できない。
「まぁおれも、斗和のそういうとこ、すごく好きだからさ。これからも斗和は斗和らしく、過ごしていってくれたらおれはすごく嬉しいし、これからはもっと常連客を増やしていってほしいって思ってるよ」
「……まぁそれは僕も常日頃思ってるけどさ……」
「ちなみに斗和。バレンタインデーになったらその日、いくつチョコやプレゼントもらえる? もちろん義理のものは省いてな」
「えぇ、どうだろ。けっこうもらえるよ。あ、でもバレンタインなのにチョコよりも色んな物をプレゼントしてもらえてる。ネックレスやピアスみたいな装飾品からバッシュとか服とか。ゲーム機をもらった時もあるな……」
引き出しを漁るように頭の中に残る記憶を思い返していくと、これまでに施術のお礼にとクライアントたちにたくさんのプレゼントをもらった。今言ったものもあったし、手作りで作ってくれたクッキーやケーキをもらったこともあったっけ。あぁ、この前のクライアントの京子ちゃんからは今もこうして腕にはめているこの銀色のブレスレットをもらったっけ。
「……マジか、斗和。お前、アイドルよりアイドルみたいなプレゼントもらってんじゃん。モテモテじゃん!」
「モテモテじゃないよ。いつもお世話になってるからってみんな、お礼としてくれてるんだ。まぁ僕としてはひとつひとつ絶対無くせない大事なものばかりだけどね」
そんな話をしていると、風呂場から湯気と一緒に満たされた表情で出てきた雫さんとリッカちゃんが2人して同じように顔を赤くして出てきた。父さん、牛乳瓶一本! と高らかに叫ぶリッカちゃんのそれは風呂上がりの彼女のルーティンらしい。そういうところは全く父親には似ていなくて少し笑えた。
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