10. 来る
春の夕暮れがやって来る。古城に終わりがやって来る。
城の崩壊は速まり、止まらなくなって、廃墟は間もなく瓦礫となった。温室に崩落の兆しは現れず、建物は不動のままだったが、内部の植物がざわめき始める。巻かれ続け、止められていた
蔦が伸び、木々が伸び、花が咲いては散り、競争に負けた草が枯れていく。生い茂る草木は瞬く間に温室を支配し、窓の外にも枝葉を伸ばす。夕日を滑らかに照り返す、
春夕の影に溶けて沈んでいった冬の残滓、欠片たちの眠りを妨げるものは、何も無い。遥か
光を灯し続ける人々が、葉陰に隠れ朽ちた亡骸を見つけることは、当分ない。見つける頃には、二人が誰かも分からなくなっているだろう。
***
【以下、とある娯楽雑誌の記事より抜粋】
――年に発見されて以降、十数年にわたって学術調査が行われてきた――城にて、新たな発見が成された。瓦礫や植物によって探索が困難だった城の奥、温室があったとの記録が成されている場所にて、魔女伝説とも関係が深いと思われる女性の遺骨が発見されたのである。
元より古城の温室は、この国最古の温室として有力視されており、学者たちも長らく調査が可能となる日を心待ちにしていた箇所である。記録では魔女と称されていた司祭的存在が滞在していた場所だったことも明らかとなっていたため、彼女にまつわる遺物の発見が、オカルトファンたちからも期待されていた。そして実際、魔女と思われる女性の遺骨が、草木に埋もれる形で発見されたのである。
魔女の葬儀方法についても記録が残っているが、草木に埋もれさせる葬送は前例が見つかっていない。そのため、今回見つかった遺骨の持ち主は何かしら特別な地位にあったか、特殊な事情を抱えていた可能性があるという。まだ調査は始まったばかりのため、彼女に関する情報は少ないが、これから徐々にその姿が解明されていくことだろう。
また、魔女と思わしき女性の遺骨に加え、温室の奥部にて別の遺骨も発見されている。こちらは男性のものと判明しているが、温室に入ることが可能な男性は限られていたという記録が発見されているため、この男性の素性は全く不明である。しかし、双方の遺骨はどちらも頭部と胴体が離れているという関連があったため、何らかの共通点があったのではないかと目されている。オカルトファンを中心に提唱された説は、恐ろしい儀式の生贄となった説だが、この城で行われていた儀式にそのような内容のものがあったという記録などは見つかっていないため、完全な俗説扱いとなっている。
今回発見された男女二名の遺骨は、未だ謎多き――城の新たな姿を見せてくれるかもしれない、物言わぬ証人である。遥か長い時を旅してきただろう彼女らがもたらす情報は、歴史のロマンに魅せられた我々に何を教えてくれるのだろうか。次に彼女らの続報を聞く時、私はどんな記事を書けるのか、楽しみは増え続けるばかりである。
〈春夕の影 終〉
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