異国にて

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異国にて

 爆撃音の音量は耳を圧迫し、鼓膜に苦痛をもたらした。

 LEDランタンが照らす薄暗い地下室には、灰色の都市迷彩を施した戦闘服姿の男たちがいた。

 彼らは、自動小銃アサルトライフルや機関銃、手榴弾などの武装で身を固めていた。30代、40代の男たちは、それぞれの銃器の点検を行う。

 彼らの目は鋭く、油断なく周囲に向けられている。

 その中で、まだ子供とも言える年齢の少年が一人混じっていた。

 アジア、ヨーロピアン、アフリカンと人種も様々だが、少年は日本人だ。

 少年はAK-47のバナナ型箱型弾倉に7.62x39mm弾を一発ずつ装填していた。

 現在世界に1億丁以上あるAK-47の信頼性は高く、どんなことをしても動く動作性能は、もはや伝説級だ。

 少年は弾倉マガジンの装弾数30発に対し、すでに25発を入れ、底部からのバネの強さに装填作業の大変さを実感していたが、少年は弱音を口にすることなく、黙々と作業を終わらせた。

 腰のマガジンポーチにはすでに5個の弾倉マガジンを収めている。

 30発目を入れ込むと、少年はAK-47に弾倉マガジンを静かに叩き込み、棹桿コッキングレバーを引いて離すと弾倉マガジン内の弾が薬室チャンバーに装填された。

 これで安全装置さえ外せばすぐに射てる状態になった。

 銃口の下部にはステンレススチール製の銃剣バイオネットが装備されており、緩みがないかチェックをした。

 少年の額に汗が浮かび、髪の毛を伝って流れ落ちた。彼は袖口で汗を拭い、息を吐いた。

 そして、腰から水筒を取り出すと、喉を鳴らして一気に飲んだ。

「マサユキ。準備は良いか?」

 少年・真之に声をかけたのは、大柄な黒人だ。

「はい」

 真之は答える。

「爆撃が終わったら掃討戦になる。気を抜くなよ」

 隊長の言葉に、真之は頷く。

 真之が、この国に両親と共に来たのはまだ小学生の時だった。英語は小学生の時から勉強をしており、つたないながらもある程度の会話ができており現地での生活に支障はなかった。

 しかし、突然の内戦によって両親とは生き別れとなる。

 泣きながら彷徨っていたところを、この傭兵部隊に拾われたのだった。

 それから数年、真之は生き残るために必死で訓練を積んだ。

 国外への脱出ができないというのもあったが、行方不明になった両親を残して日本に帰国することはできなかったからだ。

 そんな状況の中で、生きるためには戦うしかなかった。

 それが、こうして日本を離れて異国の地で戦っているのが理由だった。

 やがて、爆発音が止んだ。

 同時に、地下室の入り口付近にいた男が声を上げた。

 それは、攻撃開始の合図であった。

 男たちの顔に緊張が走る。

 彼らは、敵勢力圏に深く入り込んでいるため、どこから狙われるか分かったものではない。

 そのため、常に緊張感を保っておかなければならないのだ。

 真之もまた、AK-47を手に市街地へと出た。

 破壊された廃墟の中を進むこと数分、銃声が鳴り響き始めた。

 敵が発砲しているのだ。

 銃弾が頭上を通過するたびに、心臓が縮み上がるような恐怖に襲われる。

 それでも、歩みを止めることはできない。

 今足を止めれば、位置を発見されてしまう。

 そうなれば、死ぬしかない。

 だから、前進するしかないのだ。

 その時、視界の隅で何かが動いた。

 反射的にそちらへ銃口を向ける。

 そこには、一人の少女が瓦礫の中に立っていた。

 年の頃は7歳前後だろうか、人形を手に泣き叫んでいる。

「隊長! 民間人がいます!」

 真之の声に、隊長が振り返る。

 すると、彼は苦虫を嚙み潰したような表情を作った。

「出るな。行けば殺されるぞ」

 少女は、その場に崩れ落ちると、大声で泣き出した。

 少女にとっては、ここが世界の果てなのだ。

 その少女の姿を見て、真之の胸は痛んだ。

 少女の姿に真之は自分と同じ姿が重なった。

 それと同時に、自分に対して怒りが込み上げてきた。

 どうして、こんなことになったのか?  なぜこんな殺し合いをしなければならないのか? こんなことが許されるはずがない。

 そう思った瞬間、頭の中で何かが切れたような気がした。

 気が付くと、真之は走り出していた。

 後ろから、隊長の制止する声が聞こえたが、彼は止まらなかった。

 AK-47を構えながら、少女に向かって走る。

 乾いた破裂音が真之に向かって響き渡る。

 真之はAK-47を敵に向けて躊躇うことなく引き金を引いた。敵の兵士が倒れるのを見ながら真之は少女を抱き上げる。

 そのまま、全速力でその場を離れた。

 いくつもの銃撃が飛び交う中、真之は走り続ける。

 その間も、腕の中の少女は泣き続けていた。

 この子だけは守らなければならない。

 それだけしか考えられなかった。

 走った後、崩れた民家に逃げ込んだ。

「もう大丈夫だよ」

 真之が少女に声をかけたが、少女の目からは光が失われようとしていた。真之は少女を抱える手が濡れていることに気づく。

 見ると、腹部から血が流れていた。

 そう悟った時、涙が溢れ出してきた。

 自分が泣いていることに気が付いた時には、嗚咽を漏らしていた。

 涙を流してもどうにもならないことは分かっている。

 しかし、止められないのだ。

 ふと、少女が何かを言おうとしていることに気づいた。

 耳を近づけると、微かな声が聞こえてきた。

 その言葉を聞いたとき、涙がさらに溢れ出した。


 お母さん。


 少女は、そう言って息を引き取る。

 これが真之の日常であった。

 数年後、内線は終結した。

 だが、真之の両親は亡くなっていた。

 自分を拾ってくれた傭兵部隊の男女は養父母となり、真之を日本へと帰国させた。

 生きるために人を殺した。

 自分は何のために生きているのだろう?

 そんな疑問が頭の中を駆け巡る。

 船の上から離れていく異国の地を真之はいつまでも見つめていた。

 これで普通になる。

 海外旅行に行って帰るように。

 この後普通に生き残って普通に帰ってきた。

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