第四章・聖女の証

第24話・黒幕

 カーネリアとシオンは、ただ黙々と通路を進んでいた。ループしていたものより幅は広いが、代り映えのしない通路。淡く光る壁に照らされ、カーネリアの瞳が一瞬赤く染まって見える。


「その髪と瞳の色、まるで魔女みたいね」

「生まれつきだからしょうがない。それにしても、魔女とは存在したのだな」


 カーネリアの言葉に、シオンを乗っ取っているなにかはきょとんと彼女の顔を見つめた。


「当たり前じゃない。だから『聖女システム』があるんでしょ?」

「聖女、システム? 遺跡の、魔力供給体のことか?」

「それも、だけど。あれ? もしかしてこのシステム、ちゃんと伝わってないの?」


 まさか、と首を傾げるシオンを見、カーネリアは思案した。自身の考えと、魔女と聖女について伝わっている一般常識、どちらを伝えるのが得策かとシオンの反応を見ながら選択する。

 結局、カーネリアは後者を選んだ。一般的に伝わる、魔女の災厄と、それに対抗するための聖女のちから。いまは惰性で続けられてると言ってもいい、魔力供給の儀。平和な世にあって、結界などなくてもいいと言い出している国もあるということ。


「聖女に関しては、いまではこんな程度だ。ちからを持つものが選ばれるのだけは確実だから、どこの国でもポジションとしては上らしいがな。あいにく、私はそういうことには疎くてね」

「平和な世の中で羨ましいわ。三賢神がシステムを生み出したときは、生きるだけで必死だったのに」

「三賢神……? 誰だ、それは」


 それは、本心から出た質問だった。なぜなら、カーネリアの膨大な知識の中にも存在しない名前だったからである。

 シオンは一瞬訝し気に顔を歪めたが、すぐににこにこと読めない笑顔を貼り付ける。


「まあ。一番大事な情報が伝わっていないのね。それなら、システムが伝わっていないのも道理ね」


 大袈裟に肩をすくめ、ため息をつく。


「この世界を創造神から任された、火の賢神。水の賢神。風の賢神の三柱が三賢神。かれらが聖女システムを作り、災厄の魔女が復活しないように監視しているの」

「柱……神、だと? まさかお前や、その賢神とやらを生かすために、いまの時代の聖女たちは魔力を送っていたのではあるまいな?」

「それは違うわね。わたしは、魔女が復活しないように、封印が解かれないように常に魔力を送り続けるのだと聞いたわ」


 封印ねえ、とカーネリアは顎に指をかけて相づちを打つ。


「……言われてみれば、『魔女は封印された』と伝えられているだけで、いったいどこに封印されたのか、どんな手法を用いたのか、そういう具体的なことはどこにも残っていない」


 つまり、いま伝わっている歴史は、お前たちによっていいように歪められたものか、とカーネリアはつまらなさそうに吐き捨てた。否、本当につまらなかったのだ。


「死んでからも未来の心配とは恐れ入る。私たちはそこまでされるほど、手がかかる存在ではないと思いたいがね」


 そんなぼやきを聞き、シオンは軽く鼻で笑った。


「平和ぼけした頭で、よぉく考えるのね。本当にそう言えるのか。ここまでたどり着くのすら困難な、この時代の人間に」

「お前の話を聞く限り、平和ぼけさせたのは、お前たちなのではないか? 歴史を隠蔽したり、システムを作ったりと過保護にしなければ、それなりに順応しただろう」

「……そうでしょうね」


 そう言ったシオンの言葉には、いままでにはない棘が含まれていた。おや、と不思議に思うも、彼女はそのまま口を閉ざしてしまったので追及はあとにする。それ以前に、はっきりとさせたいこともあった。


「ところで。お前はいったいなんだ? 色々と昔のことも知っているようだが、魔女の時代の生き残りか?」


 いや、とカーネリアは顎に手を添えるとにやりと笑った。


「生き残り、ではないのか。なにかに寄生せねば、存在できぬようだからなあ」


 シオンも、にこにこ笑顔を貼り付けて、さらりと答える。


「いいえ、生き残りよ。これは身体を捨てた、進化した姿」

「進化、ねえ。魂さえ残っていればいい、とか言い出すやつが時たまいるが、そういう類いか? 身体を変えて生き残るなら、自分である意味がないと思うがね」


 生まれ変わり、とやらと変わらんじゃないか、とカーネリアはのたまう。まるっきり信じていない口調に、シオンも苦笑を浮かべた。


「あなたね。あなただって『聖女』を継ぐものなんでしょう? それだって、ある意味では『聖女』の生まれ変わりと言えるのではなくて?」

「それは違うだろう。私が持っているのはちからだけだ。それも多分、初代とは違うちからだよ。聖女として選ばれる基準は、の生まれ変わりであること、ではないからな」


 そうだろう? とカーネリアは紫の瞳を細める。


?」


 シオンはなにも言わず、ただ微笑みだけを返した。否定は、ない。


「さあ、ここが目的地よ。どうぞ、おはいりになって?」


 彼女が軽く押しただけで、扉は二人を受け入れるように簡単に開いた。









「ジーク!」


 少し走った先に、ばらばらになって壊れた機械の残骸があった。そこに、見慣れた巨大モルモットがいるのを見つけ、エルは叫ぶ。


「なにができるか分からないけど、俺も行く!」

「エル~!」


 モルモットは半ば泣きながらエルに向かってジャンプする。一瞬、大聖堂でのヒップアタックの威力が頭をよぎり、うっかりエルは避けてしまった。完全に抱き着くつもりでジャンプしていたジークは、ぼよんとお腹から床に着地する羽目になる。


「なんだよ、感動の再会じゃねーかよー!」

「ごめん、ジーク結構重いから」

「まッ! おれさま、適度な運動と身体にいい食事を心がけてる優良モルモットなのに!」

「いや、単にデカいから」

「それはおれさまのせいじゃねー!」


 いや、あんな怪しいキノコ食べたのお前じゃん、という突っ込みは胸中にとどめておいて。

 完全にばらばらになった残骸を見やる。ここまできて、とうとう使えなくなったから捨てていったと考えるのが妥当だろう。

 元々、そういうものだとは思うのだけど。


「……なんか、寂しいよな」

「なにが?」

「いや……この使い捨てって感じが、さ」

「エル~。お前、こいつにぶん殴られたの、もう忘れたのか」


 呆れた顔で見上げ、モルモットは鼻を鳴らした。まさか、同じような虚しさをカーネリアが感じていたなどとエルが思うはずもなく、結果、彼は曖昧に笑ってみせる。


「そういうわけじゃないけど。ま、分かんないなら分かんなくてもいいよ」

「あ、いまちょっとバカにしたな? おれさま、分かるぞ」


 歩き出したエルに、ジークはちょろちょろとまとわりつく。啖呵を切った手前、一匹で飛び出してきてしまったが、結局寂しかったのだ。追ってきてくれたことが嬉しくてたまらないのだが、あまりにうろうろするのでエルは歩きながら蹴飛ばしてしまいそうで気が気ではない。仕方なく、ジークの頭を押さえると「隣歩いて」と頼み込む。


「カーネリアさん、なんで一人で行っちゃったんだろうな」

「おれたちなんて邪魔なだけだ、とかさっき言ってなかったか?」

「いや、さっきは……。うん、まあ、言ったけど」


 あの発言は嘘ではないし、いまだってそう思っていないかと言われれば、どこかでそう思っている。彼女に、自分たちが必ずしも必要だとは到底思えない。

 それでも、行くと決めたのは。

 自分が、なにもできていないからだ。

 カーネリア付きであるにも関わらず、まわりに助けられてばかりだと気付いたからだ。

 なにもできないのではなく、なにもしていない。なにができるかなど、やはり分からない。


 二年前。

 王室に乗り込んで、中にいる人物に剣を突き付けるなど、いま考えればなぜできたのか不思議で堪らない。新米で褒められて調子に乗って、手柄を立てたかった――その結果がいまだ。

 なにをすればいいのか分からず。カーネリアの役に立つこともできず。ジークにも啖呵を切られるような、情けない自分。恥ずかしくてしょうがなかった過去の自分より、いまのほうがずっと情けないではないか。

 調子に乗って突っ走れるぐらいの、バカができるぐらいの勢いが、昔はあったのだ。


 だったら。

 突っ走るのは、いまだ。

 襟を正して、きりっと前を向く。整った容姿が味方して、たったそれだけで纏う空気ががらりと変わる。

 自分にはなにもない。家柄も、剣の腕も平凡。それでも、自分は、王国ただ一人の聖女付き騎士だ。

 エルドレッド・ハーミットにあるのは、この称号だけだ。

 ならば、それだけでもまっとうしよう。

 たとえ、形だけでも。なにもできなくとも。

 カーネリアに本気で拒絶されるまでは、彼女の側に。

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