放たれた弓矢、遮断の天秤

 サマザーが白い星素の斬撃に触れて、鮮血が飛び散る。それでも、身体を半分にされてないのを見るに、作戦は上手くいってる。

 倒れていくサマザーの後ろから朔月が飛び出す。が、脚に疲労が溜まっていたのか、体勢を崩して失速する。

 乙女座が刀を構え直そうとするのがスローモーションで見えて、心臓が波打つ。コイツ、自分の家族を斬り殺す気か?


 朔月が死ぬ。


 そんな状況で私は、ガス欠で再生能力を失い、乙女座に蹴り飛ばされて折れた左腕の激痛に悶えているしかなかった。そう思っていた。


 朔月が死ぬ。


 私は無意識に立ち上がっていた。でも無駄だ。朔月と乙女座まで距離がありすぎる。間に合わない。


「楽器を演奏する吹奏楽部とか、文化祭で舞台上で演劇する演劇部とか……後は、弓道部とか?」


 これは……こないだみんなで夜桜荘を散歩して、学校の隣を通って、サマザーから部活について教えてもらった時の言葉だ。何で今になってこんなことを思い出したんだろう?

 というか、そうか。キュードーって、弓道のことか。そう、そうだ。私、弓道部だった。


 朔月が死ぬ。


 気付けば私の手には、随分と巨大で頑強な弓が握られていた。いつも使っていた弓道の弓とはかけ離れた代物だったけれど、私には何故だかそれが弓だと理解出来た。そして、今の私にとっての矢の番え方も。


 手に光が集まる。赤い星素は矢となった。それを、弓に番える。ああ、懐かしいな。こうしていると、嫌なこと全部を忘れられるから、落ち着くんだ。


 時間が止まったかのような感覚の中、射る。真紅の矢は少々派手で落ち着かないけれど……狙い通り乙女座の腕に刺さった。


 瞬間、矢が強い光を放ち爆裂した。爆発に耐えきれず、乙女座の刀が彼女の手から離れる。刀は光を失い、ただ地面に叩きつけられ、カンと高い音が響いた。


「朔月、走れぇッ!」


 喉が痛い程に叫ぶ。朔月は体勢を立て直して走っていき、やがて大きく振りかぶって姉を平手打ちした。


「よし……!」


 別にこれで勝った訳じゃないし、これから殺されるかもしれない。けど、私は満足した。手に持っていたデカくてゴツい弓は形を失い砂のように風に解けて、やがて何かと共に消えた。


    ◇


「となるとサクラ、アヴィオールは射手座だったのか」

「ええ、あの弓矢とあの威力……射手座の候補として能力をデザインされたのは間違いないでしょうね」


 乙女座……満月さんの襲撃で被害を受けた人々への復興支援手続きのデータを整理しながら、私はフュンゼの質問に返答する。


「成る程な。映像だと、確かに骨のような物質で弓を形成しているように確認出来る」

「竜座じゃなくて、その……竜骨座だから何か理由があると考えて気にしていたのだけれど」

「私に気を遣わなくていい。あれを使った反動も問題ない」

「……ええ、ありがとう」


 曲がってきた背筋を伸ばすために、大きく伸びをする。疲労が心地良い痛みに変換されていく。

 満月さんの襲撃による被害は相当なものだったが、彼女自身が私財を投げ打ってくれたお陰で想定より遥かに早く街を元通りに出来そうだ。満月さんは週に1、2回は夜桜荘を訪れて、住民に謝罪を行っている。酷い罵倒をされることもあるけれど、彼女は何も言わずにそれを受け入れているようだ。


「満月さん、大丈夫かしら……」

「自分を殺しかけた女の心配ですか、さん」

「レーズン、いい加減に機嫌を直してちょうだい?」


 あの日、私はレーズンの手を取って逃げることを一瞬だけ考えた。でも、そうしなくて良かったと思っている。

 逃げ出していればアヴィちゃん達が死に、私はそれを一生後悔して……そんな私を見てそれ以上に後悔するのはレーズンだろうから。

 それでも、私を想ってそんな逃げ道を用意してくれるのが彼女の素敵なところだ。


「私は普通ですよ? レイノース――」

「レーズン、今夜はあなたが作ったロールキャベツが食べたいわ」

「……はぁ〜、ワガママだなあ、サクラは」

「ふふ、お願いね」


「じゃあ定時で上がるからね〜」と言いつつ帰り支度をするレーズンを見て、私は作業の速度を早めた。


    ◇


 ──私は常に飢えている。

 お腹が、じゃない。頭がだ。


 人の声を音楽と一緒に耳に流し込んで。

 大量の本から知識を目に取り入れて。

 あとついでに、手錠で拘束したり首を絞めたりして興奮を覚えながら。


 兎にも角にも、私の脳は常に情報量を求めている。情報の質も伴っていると更に有り難い。

 つまり、恒星教団最高幹部・黄道十二星座が召集される「家族会議」は、天秤座である私、ディグスノア=ストライブにとって全く嬉しいものではない。

 ましてや、今月に入って10回目の家族会議だ。世迷言、理想論、弟への狂愛、非星素適合者への敵意……本日の献立も同じだろう。


 それでも、私はこの会議に参加しなくてはならない。それは、私が天秤座を押し付けられているからでも、欠席を後ろめたく感じるからでもない。万が一、教団の計画に進展があった場合に、その情報を逃す訳にはいかないからだ。

 何故ならば、私の目的は――。


「さあ皆、家族会議を始めるよ」


 教祖様の宣言で、世間話にも劣る会議が開始する。恒星教団教祖兼幹部「黄道十二星座・山羊座」イオン・ヘブンズウォーズ……12歳程度の少女の姿に自分を作り変えた、齢50を超えた男性。初めてこの情報が頭に入った時は感動したものだが、今やこの甲高い声を聞くだけで虫唾が走る。


「満月、最近お小遣いを使いすぎじゃないかな?心配だなー」


 どんなにくだらない話題でも、私の脳は情報を欲して耳を傾けてしまう。今日の前菜オードブルは「弟への狂愛」になりそうだ。

 剣川満月……弟のことしか考えていない所謂ブラザー・コンプレックスでありその極地。彼女の弟への束縛と依存は常軌を逸しており、友人を作ることも許可されていない。気の毒なことだ。


「ごめんなさい教祖様。その、弟と喧嘩をしてしまって……弟の友達のものを壊してしまったんです。それの弁償に使っています」

「あー、ってことは夜桜荘地域でのビル群倒壊は満月の仕業か! 温厚な満月がそんなに怒るなんて朔月に彼女でも出来たのカナ? なんちゃって!」


 ほう、それは妙だ。実に不可思議だ。

 満月の弟に友人がおり、それを満月が許可している?

 そんなことは、通常ならば起こり得ない事象だ。会議での席が隣だから拷問の如く彼女の弟について聞かされるが、「弟と目が合った教団員に対して何らかの危害を加えた」というエピソードだけで37個が存在する。そんな彼女が友人を認めて多額の弁償まで行う可能性は、限りなくゼロに近い。


 ならば何故考えを改めたか?

 状況を推察するに、抗争の果てに満月が弟を連れ帰るのを断念した。

 信じ難いが、彼女は戦って、その上で諦めたのだろう。単純な殺傷能力なら教団で五本の指に入る剣川満月が、だ。


 十二星座われわれが星素を利用した武器を持っただけの『デブリ』や通常の『星座入り』との戦闘で遅れを取る筈がない。文字通り瞬殺という結果のみが待つ。

 裏を返せば、夜桜荘には

 ……今日は当たり回だ。ここに来て良かった。


「満月、家族喧嘩も程々にね? 家族ルールその3は覚えているカナ?」

「はい、家族ルールその3『決して星素適合者かぞくを殺めてはならない』」


 大袈裟に頷く教祖様を早々に視界から外し、満月に弟と何があったのかを教えてもらう約束を取り付ける。頭の中で明日の予定を組み直していると、手をぱんと叩く音が聞こえた。


「そうそう、私たち黄道十二星座……まだ何人か欠けてるけども、その空席が1つ埋まりそうなんだ! メアリー、説明をお願いしていいカナ?」

「承りましたぁ」


 顔には出さないが、この時、私は動揺していた。教祖様の秘書である蛇遣い座メアリーの声と、スクリーンに映る文字と図に集中する。


「これはここ数ヶ月の月一定期検診結果なんですけどぉ、ヘラクレス座のエリナ・ディアードさんの星素量が指数関数的に増加してますねぇ」

「うんうん、チョベリグだね! エリナは真面目で明るくて良い子だし、能力的にもにピッタリだ」

「英雄と箱舟ではぁ、英雄に軍配が上がりそうですねぇ?もう片方はもう死んじゃってるかもしれませんけどぉ」

「メアリー、冗談はよしこちゃん。アヴィオールだって何処かで絶対に生きてるさ」


 エリナが射手座を任されたとして、これで残る空席は蟹座と蠍座の2つ……そして最悪なことに。


「そして蠍座に関しては、ストライブが覚醒させてくれる未来を私の妻が視ているから、実質あと蟹座だけだね」

「ストライブさぁん、誠に残念……ごほごほ、喜ばしいですねぇ?」

「ああ、とても光栄だよ。君たちが人類救済に躍起になっても何の成果も出せないのに、私は不本意にも関わらず教祖様のお手伝いが出来てしまうのだからね」


 そう言って、私は鼻で笑う。巨大なラウンドテーブルのあちこちから、私に対する侮蔑と敵意を感じる。不快な情報群だ。

 まあ、彼らの怒りも当然だろう。教団の目的である「非星素適合者の絶滅」……その阻止こそが、私の目的なのだから。


「あまり調子に乗んなよストライブ……! オレはテメェなんざいつでも半殺しに出来んだからよ」

「同感。エル、ストライブ嫌い」


 ほら、すぐこれだ。私は大袈裟に溜め息を吐いて肩をすくめた。


「やれるものならやればいい。大好きな教祖様の前で戒律違反を厭わないならね?」

「ぶっ潰すッ!」


 動き出した獅子座レオ魚座エルを教祖様が手で制する。両者共にピタリと静止した。教祖様大好き組の彼らは私と会話する度にこうなる。


「こらこら、喧嘩は良くないよ?レオとエルは落ち着いて。ストライブだって分かってくれる日が来ると私は信じてる。モチのロン、私の目的の邪魔はさせないけどね」


 教祖様に頭を撫でられる、悍ましい感覚。反射的に振り払うが、私の手はただ星素の塊を透過するのみで意味を為さない。顔を上げると、彼は10m以上離れた位置に立っている。私と目が合った彼は、にこりと笑う。


「旧人類滅亡の日……『フォトンベルト計画』の発動は近い」


 教祖様は牡羊座の席まで歩いていくと、幾年も眠り続けている彼の妻の頬を愛おしそうに撫でる。


「ファイナ、君が望む世界まで……あと少しだ」

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